第39話 不穏な空気

 陣内は、私の問いかけに答えず黙り込んだ。彼にしては珍しく、答えを用意して無いのだろうか?


 しばらく、沈黙が続いた。


 

「優佳里、陣内が言った事に対する可能性を考えて見なさい」


 沈黙を破ったのは、社長である私の父であった。

 しかも、発言しているにも関わらず、まだ、目をつぶったままである。


 私は、可能性を考えた。


「長く対立していた会社が急に協調する事は考えにくいわ。 どちらも財閥系でメンツを重んじるから、可能性があるとしたら、どちらかが敗北して従属したのだと思う。 話の流れからして、敗北したのは丸菱。 住菱は、最大手の商社になった丸菱に対し、何らかのアドバンテージを得たんだろうけど …。 あるとしたらエネルギープラントの権益か、それとも丸菱の株式くらいしか思い浮かばないわ」



「陣内、どうなんだ?」


 今度は、父は目をつぶったまま陣内に問いかけた。



「住菱グループの実質オーナーである菱友家は土地や有価証券以外に現金も含め、かなりの財産があります。 住菱財団という法人がありますが、ここでは菱友家の個人財産の管理も行っており、菱友 香澄の母の優実が理事長を努めております。 例の丸菱への資金援助は、この財団から行われており、その後、丸菱の株式の4割をこの財団が設立した青空ファイナンスが取得している事が分かりました。 また、丸菱には、菱友家の息のかかった役員がかなりの割合を占めているようです」



「つまり、丸菱は、住菱に首根っこを掴まれている状況なの?」



「少し、違います。 住菱ではなく、菱友家に首根っこを掴まれている状況なのです」


 陣内は、あり得ない事を言っていると自覚してか、少し呆れた顔をした。



「じゃあ私達の敵は、丸菱ではなく菱友家という事? いや違うわ、丸菱を倒すためには、菱友家にメリットを与え味方にする。 つまり、菱友家と丸菱を切り離す必要があるという訳ね」


 私は、社長である父を見た。

 父はいつの間にか、目を開いていた。



「そうだな。 菱友家と対立するのは賢くない。 丸菱の二の舞になってしまう。 要は、丸菱に代わって我が社が菱友家のパートナーになり得る理由を探すのだ。 陣内よ、菱友家を調べたか?」



「はい。 調べました」


 陣内は、父と私を力強く見た。



◇◇◇



 その頃、風間 涼介は、兄の涼平と話し込んでいた。涼介は、何やらご機嫌な様子である。

 

 いつも涼平は、弟をバカにしたような態度を取っていたが、今日は、なぜかフレンドリーである。弟をリスペクトしているようにさえ見える。


 弟の涼介は、最初こそ警戒をしたが、次期社長になれると思っているので、段々と態度がデカくなってきた。



「しかし、親父にも困ったもんだ。 浮気だけならまだしも、他所に子どもを作るとはな。 相続の事を考えると、親父を裸同然で叩き出す必要がある。 そうしないと、その子に財産が行っちまうからな。 涼介は、どう思う?」


 涼介は、父と仲が良い兄の言葉とは思えなかったが、その反面、兄も損得で動く単純な人間なんだと思い安心した。



「兄貴は、お袋と話したのか?」


 母と祖父から、次期社長にすると言われているだけに、兄の動きが気になった。



「ああ、少しな」



「親父が辞めた後の、社長の話でもしたのか?」


 

「そんな話はしてないが。 でも、そうだな。 親父を解任するしかないよな。 逆に聞くが、お袋は何か言ってたのか?」


 兄は、興味なさそうに淡々と聞いてきた。



「この場では言えないが、兄貴が信用できると思えたら話すさ」


 涼介は、恨みのある兄に対し不安を与えたくて、つい、含みを持たせてしまった。



「そうだな。 俺は、親父とツートップで立田を切り盛りして来た。 親父と同類に見えても仕方ないか。 次の社長人事を考えるとしたら、俺は外すべきだよな」


 涼介は、兄の話しを聞いて驚いた。そして、自分が優位に立っている事を確信した。



「プライドの高い兄貴にしては、なんか殊勝な事を言ってるよな。 でも、俺達に取って、親父を切る選択肢しか無いと言うのは共通認識だよな。 今後、親父の力は削がれる。 だとしたら、誰をリスペクトしたら良いか分かるだろ」


 弟の涼介の態度が、更にデカくなった。



「今だから言うが、涼介から話があった三笠との業務提携の件だが、親父が反対していただけで、俺は賛成してたんだ」



「えっ、そうだったのか?」


 涼介は、驚いて声が大きくなった。



「ああ、悪い話じゃないと思った。 でも、親父は頑固だろ。 分からないと思うが、俺も苦労していたんだ。 ところで、業務提携の件は、三笠の桜井社長も賛成しているのか? 娘の専務の独断って事はないよな」


 兄の涼平は、また、感情を込めず淡々と話した。



「当然だろ。 三笠の社長も承知の上だ!」


 涼介の話を聞いて、兄の涼平の眼光が一瞬鋭くなった。



「そうだったのか。 今からでも遅くない。 兄弟で、三笠との業務提携を進めるか?」



「いや、それは …」


 さすがに、涼介も警戒した。

 狡猾な兄に、次期社長の座を奪われる危険を感じたのである。

 


「まず、やる事は、とにかく親父の財産を剥がして叩き出そうぜ!」



「そうだな。 お袋のためにも2人で力を合わせるか!」

 

 兄の涼平は笑った。


 この時、兄の口元が微妙に歪んでいる事に弟は気づかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る