第18話 蔑むべき男

 風間は、以前のように私のそばに来てボディタッチをしようとした。

 それを手で払うと、彼は呆気にとられた顔をして私を見た。



「ちょっとやめて。 そこに座ってくれる!」


 私は、豪華なソファーの方を指差した。



「あっ。 ああ、分かったよ」


 今でも、自分に気があるとでも思っているのだろう。まるで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


 その後、彼はソファーに座り、周りを物色し始めた。



「なあ、優佳里。 それにしても、豪華な部屋だよな。 さすがは、三笠の専務が居る部屋だ! 俺なんか、この半分程度の広さでショボいんだ。 部屋だけでいえば、カサブランカのオーナー室の方が良かったぜ。 仮眠もできたしな。 立田は外食産業界では大手なのに、なぜか、社長や専務の部屋もショボイんだ。 俺が改善しなきゃな」


 ペラペラと無駄口を叩く風間を見ていると、幼稚で軽薄な感じしかない。

 とても、大会社の役員の会話と思えない。 

 なぜ、このような男に魅力を感じたのか、こんな奴と浮気をしてしまったのか、考えれば考えるほど、自分が情けなくなる。

 父は、風間が良いカモになると言った。

 私は復讐も兼ねて、この男を利用してやろうと考えた。



「どうした、優佳里。 そんなに俺の顔を見て、2人の夜を思い出してるのか? なあ、今夜、食事に行かないか? お互い、大会社の役員になったんだから祝おうぜ。 正直に言うと、お前のことが忘れられないんだ。 桜井に苗字が変わったってことは、井田と離婚したんだろ?」


 風間は、当然のような顔をして言う。誰のせいで、離婚したと思っているのか?

 もう、夫のことは諦めたが、風間への憎しみは、打ち消すことができない。

 私は、これまで抑えてきた怒りが込み上げてきた。



「そうよ、離婚したわ。 でも、女性は離婚しても直ぐには再婚できないのよ。 無責任なことを言わないで!」



「本当なのか? どの位の期間、結婚ができなんだ?」



「離婚してから、たしか100日間よ。 最近、離婚届を出したから、あと2ヶ月半は無理ね。 その間は、誘われても行かないからね」


 私が言うと、風間は不機嫌な顔をして反論してきた。



「何だ、2ヶ月半か。 何年もダメかと思って焦ったが、安心したぜ。 でも、結婚は後でも、交際するのは自由だろ」



「それは、気持ちの問題よ。 私は、井田に対して不誠実なことをしたから、せめて、今後の人生においては誠実に生きたいの」



「俺との関係が、間違っていたという意味なのか? なあ、違うだろ? 違うと言ってくれよ」


 風間は、子供が駄々をこねるような顔をして訴えてきた。



「あの時、涼介に気持ちがあったのは事実よ。 でも、だからと言って、これから付き合おうと思ってないわ。 そこには、過去の反省もあるし、誠実に生きたいと願う希望もあるわ」



「それなら、友人として食事だけなら良いだろ? なあ、良いと言ってくれよ?」


 風間は、縋るような目で私を見た。



「仕事で来て、なに口説いてんのよ。 こんな話はやめて!」



「なんか、優佳里さ。 専務になった途端、人格まで変わったみたいだな。 俺は、お前の初恋の相手なんだぞ。 今は、混乱しているようだが、俺のことが好きなハズだ。 また連絡するけど、スマホはブロックしないでくれよ」


 

「安心して、ブロックはしないわ。 あなたとは、仕事の付き合いがあると思うから …。 よろしくね、風間常務」


 私は、風間に笑顔を向けた。



「ああ、桜井専務。 頼みます」


 風間は、絞り出すように声を発した後、未練たらたらな雰囲気を漂わせながら出ていった。



◇◇◇



 専務になって一週間が過ぎた。


 私は、企画調査部と欧州事業部の2つの部署を管轄することになった。

 この会社の精鋭達が集まる部署である。


 社長である父からは、実際の業務に関わるのではなく、この会社のトップになった時に自分を支える人材を発掘することを目的とするように言われていた。

 また、私をサポートする人材として、陣内 雄一という30代の課長級社員が、秘書室に配属された。

 彼は、特命事項を司る課長として、別にいる室長を上回る職責を得ていた。恐らく、父の隠密のような役割も担っているのだろう。



「陣内課長に、来るように言って」


 私は、秘書室に内線を入れた。



「桜井専務、お呼びでしょうか?」


 陣内は、直ぐに駆けつけた。


 

「調べてほしいことがあるの」



「はい。 何なりと、お申し付けください」



「外食産業大手の立田が展開するレストランにカサブランカと言う店があるのを知ってる?」



「はい、存じています。 確か、立田の風間が常務になる前に、オーナーシェフを務めていた店だと記憶しています」



「さすがね。 その店に、食材を卸していた、井田商会という会社がどうなったか調べてくれる。 但し、この話は、社長に言ってはなりません」



「畏まりました。 直ぐにこれから調査を開始いたします」


 陣内は、そう言うと部屋から出ていった。


 彼は、ここに配属される前は、社長直属の調査計画室の室長をしており、社員から恐れられる存在だった。

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