第10話 朝食と値切り


家に帰り着いたエルはシャワーで身体の汚れを落とし、疲れ切った体をベッドへと放り込む。


瞼を閉じ、眠りに堕ちようとするがひとつの不安が彼の眠りを妨げる。それはまるで喉に魚の小骨が刺さったように、気にせずともいずれ治ってしまうのに今、どうしても気になってしまう。


エルは思案に耽る。


本当にこのままでいいのか?


あの反吐が出るような戦争につい来てくれた彼女を俺は見捨てるのか?


どんだけ卑劣な手を使い、貪欲までに戦争に勝とうとしたこの俺を見捨てなかった彼女を、俺は救える立場にいるのに見て見ぬふりをするのか?


分からない、分からねぇ。


カティを助けたいと思う気持ちは確かに本当だ。できることなら、こんな老体に出来ることは少ないかもしれないが世界を巡り回ってでも助けてやりたいし、今すぐにでも声をかけに行きたい。


だが無理だ、彼らと俺には圧倒的にあまりにも確執が深すぎる。

それは冥府のそこまで続くと呼ばれる深淵よりさらに奥深く、ドロドロとした確執が俺らの関係性にまとわりついてくる。


ダメだ、ダメなんだ。俺らが出会ってしまえばそらはもうただの喧嘩では済まない。それはもう殺し合いになると言っては過言じゃないほどに、俺らの溝は深い。


だが近いうち答えを出さなければ行けない、彼女の病は即座に影響が出るものではないが、それでもルミナリアが家を飛び出して来るほどには深刻なのだろう。


一体自分はどうすればいいのか?答えは出ないまま、思考はまどろみの中へと沈んでゆき、朝を迎えるのであった。





陽射しが家々を照らし始めた頃、エルはカーテンから漏れ出る陽気な春の木漏れ日に照らされ、目が覚める。


「もう朝か.....今日は昨日の報酬を取りに行かなきゃな」


エルは一階のキッチンに降りて冷蔵庫で冷やされた野菜とソーセージを取り出し、適当なサイズにカットしたら水の入った鍋へと入れ、数種類のスパイスで味付けをする。

完成されたスープを器に移し、買い置きしてある黒パンを【家庭用魔術】に分類される物よ温まれホットネスでほんのりと焼き目が現れるぐらいに温めて皿に乗せ、スープと共にお盆に乗せて二階へと上がる。


コンコンっと部屋はノックされる。昨日忠告された通り、少しの間待って見たが返事が無く、仕方ないので勝手に入る。

部屋の中では少女が気持ちよさそうに毛布にくるまって睡眠を謳歌している。


「おーい起きろガキンチョ。朝飯を持ってきたぞ」


ルミナリアを起こすべく、強めに揺らし、そうして無理やり彼女の目を覚まさせる。


「うぅん、朝から一体何よ.....」


彼女は眠たげな様子で目を擦り、こちらを見上げてくる。


「朝飯を持ってきたぞ。だがその前に包帯と薬を塗り替えるから上を脱げ」


昨日のことがあったにも関わらず、ルミナリアに肌を晒せと言うのはさすがに彼の常識を疑う。


「はぁ?貴方まだそんなこと言うの?冒険者なら女性の知り合いの一人や二人ぐらい知ってるでしょ!女性を呼びなさいよ!女・性・を!それと私はガキじゃないのだわ!」


ルミナリアはそう言うと朝食が乗ったお盆を受け取り、昨夜食べた麦粥の器を彼に押し付け部屋から追い出す。


「まったく、朝から元気なお嬢様なようで安心したよ」


ちょっとした皮肉を混じりえながら、一階のリビングに向かい自身も朝食を取り、緊急依頼の報酬を貰うべくギルドへと足を運ぶ。


ギルドの扉を潜ると、早朝であるためか冒険者でごった返している。そんな人混みの中、冒険者を分け入ってここのブルゴーニュ支部を統括する【ギルドマスター】シュトレンに会うべく、二階の支部長部屋まで向かい扉をノックする。


「シュトレン居るか?昨日の報酬貰いに来たぞ」


「居るので入ってきてください.....」


消え入りそうな声で返事をするシュトレン、扉を開けると彼はげっそりとやせ細った顔に濃いクマを目に着け、書類の海に呑まれていた。


普段から生気を感じられない死にかけの社畜だが、今日は気味が悪い程に生気を感じ取れない、まるで生きた屍のようだ。


「お前大丈夫か?さすがに気味が悪いぞ.....」


「いや、だって最近の魔物被害異常なんですよ.....常に多くの冒険者が常駐する酒都ブルゴーニュでさえ討伐依頼が処理しきれないって言うのに、近隣の町村にまで冒険者を借り出していたら、こうもなりますよ!」


今にも光が失せそうな瞳でエルを見つめるシュトレンだったが呆気なく話を逸らされ、目の前の老人が少しでも助けになってくれる未来が訪れないことに絶望を感じ、顔の生気ますます褪せていく。


「それじゃ、昨日の緊急依頼の報酬を貰いに来たから換金書を書いてくれ」


【換金書】それはギルドにおいて依頼書の代わりに換金してくれる物だ。

本来、報酬の支払いはギルド掲示板に貼ってある【依頼書】が担うのだが緊急の依頼が発生し、依頼書を発行出来なかった場合に代わりとなる一種の手形である。


「これでどうですか?」


シュトレンは素早く換金書にサインと世界共通通貨【ジェル】で金額を明記する。

渡された換金書に目を通したエルは渋い顔を浮かべた、あまり納得が行かないようだ。


「五万ジェルとはちと少なくねぇか?そりゃあ討伐してるわけじゃねぇから必然と買取費が入らない分、下がるのは分かるがもう少し高くても良くないか?」


「いやぁそう言われましても、魔物対策にギルドの予算削ってまで引退した冒険者とか引っ張って来たり、エレボス迷宮国の方から冒険者呼んだりしてカツカツなんで無理ですよ」


エルの厳しい視線に対し、シュトレンは飄々とした態度で値切り合戦がスタートする。


「いいや、もう少し上げれるだろ?十万は欲しいな」


「そこを何とか六万で」


「九万だな」


「七万で頼みます.....」


「そこまで上げれるなら八万はいけるだろう?八万五千だ」


シュトレンの内心は度重なる過労によって擦り減っているのに、この頑固爺さんによって何とか持ちこたえている心の城が瓦解しようとする。


(まだ引かないのかよ!くそっ、この爺さん欲張りすぎなんだよ。どうすればこの人を納得させれる!?あぁもうヘルウルフの調査にも人を出さなきゃ行けないのに!.....魔物の調査?

ならばいっその事この人を利用すればいいのではないか?)


自分の仕事を減らし、この頑固爺さんを納得させる名案が浮かぶ。


「そうまで言うなら二十万ジェル出しましょう!しかし、昨今の魔物増加の影響を鑑みて偵察任務に出てもらいます。別に原因究明をしろとまでは言いません。ただ急激な増加により生息分布が変動していると思うので、それの調査を頼みます」


エルは一瞬の逡巡の後、シュトレンに質問を投げかける。


「期間は?」


「長めに見積もっても、二週間以内でお願いします」


「成功報酬は?」


「もちろん、内容によっては上乗せしましょう」


それを聞いたエルは決断する。


「よし、その話乗った。期待して待ってろよ。それじゃ早速調査に向かってくるわ」


そう言い終えるとエルは支部長部屋から出ていった。


エルが出て行ったのを確認し、シュトレンはわなわなと震え、感情を顕にする。


「よっしゃァァァァ!これで面倒な仕事を消せれて、エルさんも納得させられた!いやぁ、ブルゴーニュ近辺全域を調査するとなれば、複数のパーティーに依頼出さなきゃ行けなかったから、安上がりだわ!」


エルが出て行った後の支部長部屋では歓喜の声が一人で木霊するのであった。



調査に向かうべく、支部長部屋から出たエルはエルフの少女を治療をするのに、自分では彼女に嫌われてしまい、(彼が鈍感なせいでもあるが)断られるので代わりの女性という難題に頭を悩ませていた。


「女性つっても誰がいるかなぁ〜」


悩みながら階段を降りると、依頼掲示板の前に昨晩も出会った【蒼天の狩人】達がどの依頼を受けるか相談しあっている。


目に入ったのは丁度彼女と年頃も近く、同じエルフ族であり尚且つ知り合いでもある【蒼天の狩人】魔術師兼僧侶役のケミィであった。


「蒼天、今から依頼か?」


「そうッスね。王都へ向かう街道沿いに【コボルト】の巣ができたらしくて、それの処理ッスね」


パーティーを代表してファルが質問に答えてくれる。


「コボルトは群れると凶暴化するから油断するなよ」


「大丈夫ッスよ!キチンと事前情報は入手済みなんで!」


「カ・レ・ンが集めてきた情報でしょ?」


まとめ役のケミィにツッコまれ、事実を訂正されたファルはバツが悪そうに顔を背ける。

そこにエルがケミィに対して頼み事を言う。


「そうそうケミィ、お前に頼みがあるんだ」


「私ですか?」


彼女はキョトンと不思議そうにしている。それもその筈だろう。エルトリアという人物は基本的に人に頼ることは無く、深くも浅くも無い関係性の距離感を保ちつつ基本一人で行動する人だ。


長い期間、姿を見せないこともあればふと気づいた時に酒場にいるような謎の人物でもある。

そんな彼が人を頼るとは彼女が不思議に思うのも仕方が無いだろう。


「そうだ。お前に頼みたい事があってな、昨日の事件で助けたエルフの少女を家で看取っていてな。治療するのに俺だと嫌がられるから代わりに頼めるか?」


「ちょっ!?ハープティのご令嬢の相手を私にしろって言うんですか?」


【ハープティ】その名はエルフ族にとってその名の威光は計り知れないものであり、ハープティのご令嬢に粗相でもしたら首が飛ぶのではないか?彼女は一瞬の内に良くも悪くもあらゆる可能性を見出した結果、その頼みを受けることにした。


遠く離れた森王国からやって来たのならハープティのご令嬢にとっても同族が行った方が安心できるだろう、という彼女なりの考えで受けることにした。


(まぁ、あわよくば大賢者カルディナ・ハープティに出会うキッカケにでもなればいいなという打算的考えもあるのだが)


「分かりました、いいですよ。彼女の治療、私が承りますよ」


「おっいいのかい?それならコレ渡しておくからメモ見ながら治療してやってや」


エルはそう言うと魔導袋マジックバックから白い木箱を取り出し、ケミィに渡す。


「中に包帯やポーションなど色々治療器具も入れてるから。今から俺、調査依頼だから後は頼んだ」


彼は言い終えるとギルドを出ようとして立ち止まり、振り返る。


「おっ、そう言えば忘れてたわ。コレ家の合鍵やから依頼終わったら、見に行ってやってくれ。家は勝手に入ってもらってええぞ」


「ちょっと!?」


ケミィは慌てて投げ渡された合鍵を両手で掴み取り、ギルドの入口へと振り返ると彼はそこにはもういなかった。

突如現れ、要件だけ伝えると颯爽と消えたエルトリアに一同は唖然とするが、今から討伐依頼に行かねばならないのでリーダーであるファルが何とか話を進めるべく、彼に問いかける。


「それでケミィどうするんだ?」


「うーん、とりあえず依頼終わったら言われた通り顔を出しに行こうかな。エルさんの家はパーティーのBランク昇格祝いの時にお邪魔したから何となく覚えてるし、逆に他の皆はこの後来るの?」


その質問にファルシュ、カタロフ、カレンがそれぞれ答える。


「俺は武器の手入れあるし、遠慮するよ」


「ワシは酒飲みの約束しとるから、ええわい」


「私も別にいいかなぁ〜」


と、こうして各々依頼遂行後の予定も決まり装備の最終確認を終え、一行はコボルトの討伐依頼へと向かうのであった。




――――――――――――――――――――――

第8話をもってなろうにて貯めていた分が尽きましたので、次回からは週1〜2話を目処に投稿して行きますので暖かく見守ってください。


この作品に思うことがあれば、どしどしコメントしてください!ここが良かった悪かったなど指摘コメントは大歓迎ですので!もちろんのことながら応援コメントもめっちゃ嬉しいです!

(作者メンタル弱者なので罵倒などの暴言は控えて貰えると助かります...._( _´ω`)_...)


もしこの作品が「面白い!楽しい!続きが見たい!」と思って頂けたならば、星1でも評価してもらえると作者が咽び泣きながら発狂して喜びの舞いを踊り、モチベ維持に繋がるので何卒よろしくお願いしますm(_ _)m


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