老竜は幻に揺蕩う

瀧澤流泉

【前日譚】儚き夢の記憶

災禍の記憶


―――平和な日常は突如顕れた厄災によって消え去って行った。


当たりは暗い宵闇が支配する深夜であるのにも関わらず、樹々はメラメラと燃え果てながらパキパキと悲鳴を上げ、向かう道先々で火の粉が舞い上がっている。


男は森を抜けるべく必死に駆け抜ける。だが、彼の目的地は未だに見えない。まだなのか、まだなのかと、彼の心は次第にざわつき始める。

もうすぐで森を抜け切るというタイミングで、行く手を遮る様に体長ニmを越す甲冑を纏ったオークと接敵してしまった。


「フンガァァァァ!」


オークはまるで戦士の如く吠え、その手に握るロングソードを強く握りしめ、右足からの踏み込みによる斬り降ろしを放つ。

振り放たれたその一撃は、並いる剣士では避けるどころが、防ぐのも困難であろう鋭き一閃。


「フンヌヌヌヌ!!」


「甘いわ!」

そんな一撃に対して男は即座に抜刀し、振り降ろされるロングソードの刃に、己の刀を沿わせて鋭く重たい一撃を受け流す。

まさか自身の一撃が受け流されるとも考えていなかったオークは、受け流されたロングソードを引き戻すことが僅かに遅れ、体勢を崩す。

「フヌッッ!?」


「邪魔だッ!!」


そのチャンスを男が見逃す訳がなく、瞬時に刀を引き戻し、瞬きをする間も無くオークの首をはねる。


再び彼は走って、走って、走り続け、荒れ果てた道を全力で駆ける。そうして森を抜けた先には、炎と阿鼻叫喚に包まれた彼の第二の故郷の姿であった。


「くそッ!間に合わなかったのか!?」


炎に包まれた街を見て後悔と悲しみに囚われるが、ほんのひと握りの希望を胸に、街の中へと入って行く。

街は騒然としていた。人々は魔物とそれを指揮する集団から逃げ惑い、逃げ遅れた者は魔物の餌となりその血肉を貪られ、いとも容易くその生命を散らす。

「ガキが一人生き残ってんぞ!おめェら殺っちまいなァ!」


「うるせぇぇぇぇええ!!そこをどけよ!」


迫り来るクマの如き巨体を持つ熊狼ベアウルフの動きを一瞬で見極め、即座に首を断ち次々と後続の魔物に致命傷を与え、指揮官らしき男の元へと駆け抜ける。


「行け!行け、お前ら!早くしろ!このガキを早く殺せ――ヒィ!?」


指揮官らしき男が瞬きをしたその次の瞬間には、彼を囲っていた魔物達の姿は無く、男の首は宙を舞う。

振り降ろされるは裁きの一閃、あるいは魔を屠れと、


男が死ぬ間際、彼の目に映ったのは殺人に躊躇いもなく、酷く冷めきった目でこちらを見下ろす少年の皮を被った鬼の姿であった。


(ガキがこんなにも冷てぇ目をしてやがるのかよ.....。全く哀れなガキだ、"戦争"にガキを使うなんて人がやる事じゃねェぞ、!)



彼は自身が殺した男の最後を見届ける間もなく、とんでもない殺気と威圧が飛び交う中心街へと、さらにさらに街の奥へと歩を進める。

辿り着いたそこには、ドラゴンと呼ばれる"天空の覇者"の脳天に刀を突き刺し、荒く息をしながら刀にもたれ掛かる瀕死の老人がいた。


「師匠ッ!」


彼は自分の剣の師である男の元へ駆けつけ、必死に声をかける。


「師匠大丈夫ですよね?こんなところでくたばってちゃ【剣神】の名が傷つきますよ!」


彼の師は息絶え絶えになりながら、自分の弟子に声をかける。


「はぁ、はぁ、エル坊いいか?よく聞くんだ。こりゃあ【悪魔】の仕業だ。まさか眠っていた〖古きを生きる竜エンシェントドラゴン〗を引っ張り出して来るとは予想外だったが、まぁ何とか討伐は出来た。あとは街に蔓延る魔物だけだ。とっと、はぁ、はぁ........ちっ、歳はとりたくないもんだな。息が上がってしょうがねぇ」


「そんなこといいですから早く治療しましょうよ!すごい出血ですよ!俺師匠にまだくたばってもらうつもり無いですからね!!」


彼が心底心配する様に、彼の師匠の身体は傷だらけであり、ある程度は回復したみたいだが、先程まで深い裂傷があったのだろう。右横腹にはおびただしい程の血が服にまとわりついている。


「ハッ!うっさいわ、ガキンチョ。歳つってもまだくたばるつもりは―――エル坊どけッ!」


彼の師匠は弟子を力いっぱい真横に突き飛ばし、刀を古き時代を生きる竜エンシェントドラゴンの脳天から瞬時に引き抜き、刀の柄を即座に握り締めて神速の抜刀によって、飛んできた斬撃を切り払う。


「おやおや、手負いの獣と侮ってはいましたが、以外にもある程度の攻撃を捌く程度には、元気がおありのようですね。さすが"覇王"とも謳われる【剣神】です。そう簡単にくたばってもらってはこちらも顔を出した甲斐がないと言うもの」


ドラゴンの死体から空間を割いて現れたるは、この世の汚濁、穢れ、不浄、様々な言い方がされるが唯一、一貫して呼ばれるがある。その名は.....【悪魔】

彼らがいつから存在するのかは定かでは無い。しかし、人の歴史とは即ち彼らとの戦いとも言える程、遥か遠き過去の時代から、争って来たのは事実だ。


「エル坊。王都に伝令を届けろ、このままじゃジリ貧だ。とっとと王都で怠けてる【近衛騎士団ロイヤルナイツ】共を連れてこい」


「それじゃ師匠はどうすんだよ!そんな満身創痍で戦えるわけないだろ!だからさ、一緒に逃げようぜ?別にここで逃げようが誰も攻めやしないよ.....」


今ここで全てを投げ出し、己の保身に走り出せたら、どれほど心地よいことだろう。彼の問いかけは、とても甘美な囁きだ。だがここで逃げだせば誰が街を守る?

誰が被害を食い止める?

誰が住民を守る?

誰が魔物を退治する?

そして、誰がこの


剣神に休みはあれど、無垢の民を見捨てる選択はない。そして今の現状にひよる己の弟子に、激励を飛ばす。


「エルトリアッッ!!いいか、男にゃあ引いてはいけぬ時がある。己の命を投げ出そうが、歯ぁ食いしばらなきゃ行けないんだ。

俺はな.....元々"剣神"なんて呼ばれるほど御大層な存在じゃねぇ」


彼は語る、己は皆が思うほど崇高で偉大な存在では無いと。


「俺はただ.....ただ目の前でなんも出来ず、命を奪われるのが気に食わなくて剣を握っただけ.....言わばただの八つ当たりだ。はぁ、はぁ、ここで逃げりゃあ俺は俺自身を裏切ることになる。それだけはしてはならねぇ」


彼の師匠は師匠としてではなく、剣の頂きへ登りつめ剣の覇王【剣神】として、彼に自身の信念を説く。


「本来修行が終わったら渡すモンだったがお前も充分一人前と言って問題ないだろ。これは師匠としての"選別"だ、くれてやる」


剣神は空間魔術の術式が施された小袋から、派手とは言わないが貧相でも無い重厚感溢れる一本の刀をエルトリアに投げ渡す。

だがそんな今宵の別れと言わんとする師匠に対し、彼は激昂げきこうする。


「なんでそんなこと言うんだよ!師匠に一太刀入れるまで一人前じゃなかったのかよ!俺はまだ師匠に.....師匠に一太刀も浴びせてないぜ?最後まで.....最後まで俺を育ててくれよ、師匠.....」


エルトリアは力なく項垂れる。自分が我儘を言っているのは分かる、しかし、苦楽を共にした家族とも言える人物を、死地に置いてゆくなど誰ができるだろうか。



エルトリアは動かない、。師匠を置いて逃げるなど彼の中では極刑を言い渡されるのと等しい。

だが、彼がここにいても何もできないのは分かりきっている。師匠の代わりに悪魔と戦う力も無ければ、共に死ぬまで戦う意志すらない。

はっきり言って、今のエルトリアではでしかないのだ。

ならばいっその事、王都に援軍を求めに行ってもらう方が何倍もマシなのである。


「エル坊、俺を思う気持ちがあるならとっとと援軍を呼んでこい。いいか!決して振り返るんじゃねぇッ!!どうせ肝のちっせぇ、お前が振り返りでもしたら覚悟が揺らぐだろう?だからまっすぐ王都まで走り抜けるんだッ!行け、エル坊!」


「うっあっあぁ.....師匠、はぁ、今までお世話になりました!だから.....だから必ずもう一度、もう一度稽古つけてください!約束ですからッ!」


嗚咽混じりに師匠に別れを告げ、止めどなく溢れる涙を拭いながら師匠から貰い受けた刀を手に、王都まで一直線に走り抜ける。


「さぁ、弟子も行ったことだし、殺ろうか悪魔、人生最後の"死合"なんだ。そう易々と生きて帰れると思うなよ?」


剣神は己の愛刀を手に駆け抜ける。それはまるで夜空を駆け抜ける流星の如く、煌びやかに、そして燃えたぎる程の熱い闘志を持って。



こうして【アルメラン陥落事件】を発端に第二次魔神戦争が勃発。こうして地に住まう者達と悪魔の熾烈な戦いが始まったのであった。


to be continued.....。




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