03 君死にたまふことなかれ

 明日はどんな唄を歌おう?


 リシャールからそのふみが届いた時、わたしは自ら馬に乗って、リシャールのもとへと駆けつけた。


「不覚を取りました、母上」


 リシャールは家督を継ぎ、王となった。なったのちは、王都すら売らんとばかりに軍費を調達し、そして聖地へと遠征に出た。

 異教徒の王とも戦い、勇名を馳せたリシャールの帰国は、だが不幸に彩られていた。

 帰国の途次、リシャールは彼を恨む諸侯に捕らえられた。莫大な身代金を払って解放してもらったものの、今度はわたしの前の夫の子――新王からの侵略を受けた。


 戦いに次ぐ戦い。

 しかし、リシャールは獅子奮迅と戦い、新王オーギュスト相手に一歩も引かなかった。

 そんな戦いの日々の最中さなか

 それは小競り合いで、領内の財産の奪い合いが原因だったと言う。

 聖地での戦いでもなく、隣国との戦いでもなく。

 単なる小競り合い。

 それで、リシャールは致命傷を負った。

 そして、リシャールに嫡子はいなかった。


「どうするのか」


「今、われらに残された男子は、甥のアルチュールと弟のサン・テールのみです、母上」


「では、アルチュールか」


 アルチュールはリシャールのひとつ上の子、ジョフロワの忘れ形見。

 しかし。


「アルチュールはオーギュストに臣従の誓いオマージュをしています」


「では」


 そこでわたしは絶句した。

 わたしの産んだ子は、リシャールをのぞけば、もはやサン・テールと、嫁に行ったジャンヌとレオノールしかいないではないか。

 そのサン・テールは、先のリシャールの聖地遠征時に、勝手にまつりごとを取り仕切ったことがあり、わたしはそれを謀叛と断じたことがある。


「母上」


 リシャールは苦しげに息を吐いた。


「サン・テールは許したではないですか」


「けど」


「今思えば、私が出征し、国を空けた。やむにやまれぬ面もあったと思います」


「けど」


 言い募るわたしを前に、床の上のリシャールは笑った。

 それは、久方ぶりに見る、屈託のない笑顔で、まだ幼かった頃のリシャールを思い出させた。


「私とて、サン・テールを全面的に信頼しているわけではありません。ただ……」


 リシャールが、震える手でわたしの肩を抱いた。


「ただ……これからオーギュストの侵略の魔の手から母上を守れるのは、サン・テールだけなのです、母上」


「リシャール」


 わたしはリシャールの手を握った。

 震えが止まらなかった。

 わたしの。


「明日はどんな唄を歌おう? ……いい符丁だ。それ自体が唄だ。なら、私も唄で答えよう、母上」


 君死にたまふことなかれ。


 リシャールの口が、そう動いて、閉じた。

 そしてリシャールは、二度と再び、話すことは、無かった。

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