50話 二章のエピローグ

◇ 迷宮都市 円卓評議会ラウンドカウンシル




 ――挑戦者の勝利ですー☆




 最終迷宮の中継装置サテライトシステムより送られる映像と音声から、いつもより陽気な天使の声アナウンスが響く。


 円卓を囲む迷宮都市の十二騎士たちは、それを黙って聞いていた。


 そして、画面内のユージンたちの前にキラキラと光が舞い降りる。

 

 神聖な天使の御姿は、中継装置の映像には映らない。


 その姿を目にしてよいのは、神の試練を突破した者だけだ。


 もっとも円卓評議会ラウンドカウンシルにいるのは全員が100層突破の記録保持者レコードホルダー


 それを羨むものはいない。しかし……。


「魔王に……勝っちゃいましたね……ユージンくん」

 第七騎士イゾルデが、やや呆然としながら言った。


「なんだあいつは? 何であんなやつが、まだB級なんだ?」

「グランフレア帝国の帝の剣インペリアルソードの子息ですよ。知ってるでしょ?」

「何であれが普通科なんだよ! おかしいだろ!!」

「私に言われても」

第六騎士ブラッドと第五騎士シャーロットが大きな声で会話している。


「……流石にクラスを見直しですかね」

「というより帝国から召集命令がかかるんじゃないかな? 魔王を退けたとあっては」

「彼は士官学校を退学しているので、身分は平民だからそれはないのでは?」

「彼を退学にするなんて、帝国軍も案外節穴かも?」

 第九騎士コリンと第八騎士パイロンは、興味深そうに画面を見ている。


「だが放っておくと間違いなく聖国同盟や蒼海連邦から勧誘がくるぞ」

「まあ、そうでしょうねー。決めるのは彼なので別にいいのでは?」

迷宮都市うちも十二騎士候補に推挙するか?」

「囲い込みですか? ……優秀な学生ならありですけど」

 円卓会議は、いつになくざわついている。

 

 ユーサー王は何も言わず、中継装置の画面を面白そうに頬杖をついて眺めている。その時。



円卓の騎士ナイツオブラウンド様! 間もなく第一騎士クレア様がご到着されます!!」



 迷宮職員ダンジョンスタッフが、息を切らして会議室へ飛び込んできた。

 円卓の騎士ナイツオブラウンドは、十二騎士の別名である。

 騎士たちが顔を見合わせた。


「もう? 随分早いな」

「まだ半日以上かかるはずでは?」

「それが、単独で空間転移を使って戻ってこられたようです」

「それは……無理をされたな」

「クレアさんは、私が迎えに行きますね」

 第七騎士イゾルデが迷宮職員と一緒に会議室を出ていった。


「そういえば明日、帝国と聖国から勇者がやってくるんでしたね」

「「「あー……」」」

 そういえば、という面倒そうな声が会議室中に漏れる。


「くくく……、さっさと帰っていただこう。もう魔王は居ないんだから」

 第三騎士アリスターが、笑いながら言った。


「そういうわけにはいかぬだろう……。仮にも大国が迷宮都市救援の名目で遣わしたのだ。相応のもてなしをしなければ。仕方がない。ここは私と第一騎士クレア殿で対応するしか……」

 十二騎士最年長のエイブラムがそう言った時。


「心配いらんよ。そっちは私に任せておけ」

 ここでユーサー王が口を開いた。


「よいのですか?」

 第五騎士シャーロットが驚いたように言った。


 王がそういった面倒事に首を突っ込むのは珍しい。

 自分の興味がないことには、一切関心を払わない人物だからだ。


「遠路はるばる魔王と戦うためにやってきたのに『もう魔王が倒されててどんな気持ち?』と聞いてみよう」


「あははははははっ! それはいいですな!」

 王の発言に笑ったのは第三騎士のアリスターだけだった。


「「「「「「やめてください!!!!!」」」」」」

 他の騎士は慌ててとめた。


「冗談だ。どうせ、迷宮都市の防衛状況や戦力や運営について聞き出そうとしてくるだろう。彼らも皇帝や女神の巫女に命令されてきているからな。手ぶらでは帰れまい。わたしが自ら対応したなら、納得するだろうからな」


「恐れ入ります、ユーサー王」

 第四騎士エイブラムが頭を下げた。


「そうと決まれば宴の準備だ! ユージンの魔王撃退を盛大に祝うぞ! そこに外国からの賓客をまとめて招待してしまおう」

「承知しました。その場には件の学生探索隊は呼びますか? 間違いなく取り囲まれて質問攻めやら、勧誘にあうと思いますが」

「そうだな……。 本人たちが希望すれば参加させてやればいいだろう?」

「わかりました。では学園生徒が魔王に打ち勝った祝宴という名目にしましょう」

「委細は任せる」

 ユーサー王は顎髭を撫でながら答えた。


「「「「「はっ!」」」」」

 十二騎士たちは、会議室を出ていった。


 こうして、ユーサー王の号令で盛大なパーティーの開催が決定した。




 ◇ユージン視点◇




 魔王との戦いから一夜が明けた。


 魔王に囚われていた人たちについて。


 S級探索者のミシェル先輩と生徒会のメンバーは入院中らしい。


 第二騎士ロイド様は、既に通常業務に戻っているとか。

 タフだな。 


 スミレは学園の医療室で身体検査中。

 どうやら慣れていない魔道防具を着込んで、魔王と戦うという緊張感でかなり体力と精神を消耗したらしい。

「……なんか身体が怠い」と言っていたので、検診後はしばらく保健室で横になっていると言っていた。

 

 サラは生徒会メンバーの見舞いに行っている。

 そのあとは、なんでもカルディア聖国から偉い人たちが来ているとかで、挨拶回りに行く必要があるそうだ。

 生徒会長兼、聖女見習いはいつも忙しない。


 最後に俺だが。


「ユージン。かすり傷一つねーんだが?」

「自分で治しました」

「気分が悪いとかは?」

「まったく」

「……おまえ、本当に魔王と戦ったのか? いや、中継装置は見てたんだがよ」

「いちおう……」

「もう行っていいぞ」

 口の悪い保険室の女医先生に呆れられた。

 

 というわけで、健康体で予定もない俺は一人訓練場で剣を振るっている。


 リュケイオン学園は臨時休校。


 なんでも、本日は迷宮都市へ国外から賓客が大勢訪れその対応に迷宮職員や、学園教師陣も駆り出されているらしい。


 そのためかリュケイオン学園全体、いや迷宮都市全体がざわついている。


「………………」

 俺は訓練場から、空を見上げた。


 いつもは広がっている青い空が、今日は狭い。


 天頂の塔をぐるりと取り囲むように浮遊停泊している、飛空船団のせいだ。


 その中でも見慣れたデザインの十数隻の飛空船を眺める。

 その船体は血のように赤い。

 そして描かれているのは、『黒い剣』の紋章。

 グレンフレア帝国の皇章だ。


 これらに乗り込んでいるのは、帝国が誇る『黄金騎士団ゴールデンナイツ』とそれを率いる『天騎士』。

 さらには帝国最高戦力の一人『剣の勇者』までやってきているのだとか。


『天騎士』と聞いて、幼馴染アイリのことを思い出したが、やってきていたのは別の人物だった。

 名前は知っているが面識のない人物だ。


 

 帝国の船団から少し離れた位置。

 全体を白くカラーリングしているその飛空船には『緑の弓』の紋章が描かれている。


 神聖同盟の誇る神聖騎士団ホーリーナイツの飛空船隊である。

 その数は約二十隻。

 帝国よりもわずかに勝っている。

 なんとなくその数には、意図的なものを感じた。

 

 なんでも今回の同盟からの使者には、カルディア聖国に所属する『弓の勇者』まできているとか。

 サラは、その勇者に挨拶に行っているらしい。



 最後に、帝国でも同盟でもない船団に目を向けた。

 ほか二つと違い、その飛空船郡は形状に統一感がない。


 だが、その船体は青いラインが入っており『黄い盾』の紋章が描かれていた。

『蒼海連邦』の飛空船だ。


 なんでも連邦の所属国近くに現れた『大魔獣』を討伐するために組まれた船団らしいのだが、魔王復活により慌ててこちらへやってきたらしい。

『大魔獣』の討伐には、迷宮都市の第一騎士にして『王の剣』と呼ばれるクレア・ランスロット様も参加していたのだが、彼女も戻ってきている。



 南の大陸の三大勢力――『グレンフレア帝国』『神聖同盟』『蒼海連邦』。

 

 その軍が、これほどの規模で揃うのはいつぶりかわからない。

 少なくとも、俺は聞いたことがなかった。


 彼らの目的は………………



(へぇ~、随分と集まったものね~)



 魔王エリーののんびりした声が脳内に響いた。


(えらく大事になってたんだな)

(ま、南の大陸はたまに目を覚ました大魔獣の被害を除けば平和な地だもの。魔王復活は大ニュースなんでしょ)

(復活したわけじゃないだろ?)

(対外的には魔王わたしは封印されて眠っていることになってるから、目を覚ましたってだけでビックリなのよ)

(そーいうもんか……)

 いつもエリーと会話をしているので、その辺はピンとこない。


 ちなみに今日の夕方には、リュケイオン魔法学園のとある生徒たちが『神の試練』で魔王に打ち勝ったということで祝宴パーティ―が開かれるらしい。


 とある生徒というか俺たちの探索部隊なわけだが。


「キミは参加するかい? ユージンくん」

 さっき第七騎士イゾルデさんに聞かれた。


 ちなみに、サラは参加。

 スミレは、疲れたので不参加だそうだ。

 

「俺は止めておきます」

「いいのか? 各国の上層部に顔を売る貴重な機会だと思うが……」

「当面は天頂の塔バベルに籠もりますから」

「……そうか。キミの目標は500階層だったな」

 イゾルデさんはかすかに微笑み去っていった。

 呆れさせたのだろうか。



 そんなことを思い出しながら、新調した剣を振っていると。



「おーい、ユージン。主役がこんなところで何やってるんだよ」

「ん?」

 クロードに声をかけられた。


「主役? おれが?」

「おいおい……街中で噂されてるぞ。魔王を倒した剣士のこと」

「倒したんじゃなくて、胸を借りたんだよ。それに魔王は本気じゃなかったしな」

「……あれでか?」

「みたいだぞ」


 ――未来視と時間停止を使うのは、100階層の『神の試練』じゃ、反則かなーって


 エリーの言葉が蘇る。

 どうやら天頂の塔をさらに登ると、そんな連中まで出てくるようだ。


(どうするかな……?)


 魔法剣だけで最終迷宮を攻略する! と息巻いていたがあまり現実的ではなさそうだ。

 そんなことをぼんやりと考えた。



「あとはあれだな。やっぱり告白だな。学園中の噂になってるぞ。特に生徒会の連中がおまえを血眼で探してる」

「……あれか」



 ――好きです、付き合ってください


 ――愛してる、私の恋人になって



 俺はスミレとサラに告白された。

 よりによって中継装置の前で、だ。

 そのためその様子は、大陸中に知れ渡っている。


(…………ぁー)

 あの時のことを思い出すと、なんとも言えない感情が沸き起こる。

 決して、選択を後悔しているわけじゃないのだが……。


「よし! じゃあ、これでお前も俺とだな!」

「………………」

 何も言えない。


 つい先日、俺はレオナとテレシアを二股しているクロードに呆れていた。


 が、今は俺はスミレとサラ、

 クロードのことを言えた義理ではない。


(私もいれると三股ね☆)


 魔王がからかうように告げる。

 ……そうなのだろうか?

 

「別にそんな気にすることないだろ? 帝国じゃ、一夫多妻は認められてるんだし」

「そういうことじゃないんだ……」

 帝国が……、ではなく俺が一番気にしているのは……。


「おーい、ユージンくーん!」

「ここに居たんですね。探しました」

 俺とクロードのところに二人の女子生徒がやってきた。 

 レオナとテレシアだ。


「よ! レオナ、テレシアちゃん。俺に会いに来……痛たた」

 クロードが二人を抱きしめようとして、レオナに蹴られ、テレシアに頬をつねられていた。


(……すげぇな、クロード)

 よく人前であんなことができる。

 見習ったほうがいいのだろうか。


(やめなさい)

 エリーに止められた。


「クロードはあと。ユージンさんに伝言があるの」

「私は手紙を預かっているわ」

 レオナとテレシアは、俺に用事があるらしい。


「帝国の偉い人が、ユージンくんに話があるから夕方の祝賀会に来てほしいって」

「……わかった」

 呼び出しか。

 まぁ、仕方がない。

 俺は応じることにした。

 

「次は私ね。はい、これを渡すように言われたの」

「ありがとう、テレシアさん」

 俺はお礼を言って、手紙を受け取った。


 封筒には、空間転移テレポートの魔法陣跡と『聖原サンタフィールド』の文字。

 この筆跡は……。


「親父か……」

「へぇ! ユージンの親父って帝の剣だろ! なんて書いてあるんだ?」


「クロード、詮索はやめなさいよ」

「機密情報かもしれませんよ。相手は皇帝の片腕と呼ばれる人なんですから……」

 興味深そうに覗き込むクロードと反対に、レオナとテレシアは遠慮している。 


 俺はその場で、封を破いた。

 そして、手紙を開く。


 たまに手紙はくるが、たいてい大した内容ではない。

 いつも「金は足りてるか?」とか「探索は進んでるか?」みたいなとりとめない内容だ。


 俺は特に、気にすることなく文面に視線を落とした。


 手紙の内容はシンプルだった。



---------------

 ユージンへ



 100階層の突破おめでとう。

 

 見事だった。




 ところで、そろそろ母さんの命日だ。


 昨年は居なかったのだから、今年は帰ってこい。





 追伸


 可能なら恋人である



 父より

---------------


「…………」

 目眩がした。



 簡単な文章なのに、何故か有無を言わさぬ圧力を感じた。



 どうやら、俺はスミレとサラと一緒に帰省しなければならないようだ。

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