30話 ユージンは、困惑する

「ね! あっち見て! 見て!」

「んーと、あれはクロードとレオナか」

 俺とスミレは、学園の中庭の木の陰に隠れている。


 天頂の塔バベルの36階層は、さっき突破してきた。


 そして、スミレの言葉の裏取りをしているところだ。




「クロードくんが、レオナちゃんとテレシアさんを二股してるんだよ!!!!!」



 

 問題の言葉だ。

 そして、俺たちがいるリュケイオン魔法学年の中庭。

 中庭といっても、非常に広大だ。


 ど真ん中には湖と言っても差し支えない規模の人工池があり。

 その周りをぐるりと青々とした整備された草原が広がる自然公園のような場所だ。

 池の周りに沢山のベンチがあり、そこにはたいていカップルが座っている。 

  

 そして、スミレの指差す方向には顔見知りの二人の男女が、仲良さげにベンチに座っている。

 クロードとレオナだ。


 クロードが何か冗談を言ったのだろうか?

 レオナが大きく肩を揺らして笑っている。

 とても楽しそうだ。


 先日の険悪な様子はまったくない。

 少なくとも関係性は改善したようだ。


「あっ!」

 スミレが小さく声を上げる。


 

 ――レオナがクロードにキスをしていた。



 首へ腕を回し、深い恋人同士のキス。

 ……どうやら完全によりを戻したようだ。

 

「確かに二人は恋人に戻ったみたいだな」

「……うん、うわぁ。レオナちゃん、大胆」

 スミレは恥ずかしそうにしつつ、その様子をしっかりと見ている。


「ほら、戻るぞ」

 俺はスミレの頭をぽんぽんとはたき、これ以上の覗き見は止めておいた。




 ◇翌日◇




「ねぇ、ユージンくん。ここって魔法使いの人たちが集まっている建物なの?」

「ああ。迷宮都市で一番高い建物だ。勿論、天頂の塔バベルは除いてな」

 俺とスミレは、『魔術塔』と呼ばれる場所に来ていた。

 

 ちなみに今日は37階層をクリアした。


 その後、ちょっとした用事でここに来ていた。


 この建物には人工の『昇降機』が設置してある。

 俺とスミレは昇降機で、最上階を目指した。

 長い上昇を経て、目的地へ到着する。


 昇降機の扉が開く。


「いらっしゃいませー」

 最上階はオープンテラスのレストランになっている。

 可愛らしい衣装の店員が、俺たちを出迎えてくれた。

 

「二人なんだけど、席あるかな?」

「はーい、二名様ご案内ー」

 予約はしていなかったが、俺とスミレは端のほうの目立たない席に案内された。


「うわー、いい景色。迷宮都市が一望できる!」

「もともとはこの塔の屋上はただの空きスペースだったんだ。それをユーサー学園長が何かに活用しようっって言い出して、このレストランができたんだよ。ここの料理は料理部の人たちが提供してるんだ。もちろん、お代はいただいてな」

「えっ!? ここの運営って学生さんがしてるの?」


「この『魔術塔』がリュケイオン魔法学園の建物だからな。それより何を注文する?」

「うーん……、どうしよっかなー。全部美味しそう」

 スミレがメニューとにらめっこしている。

 俺はそれを微笑ましく眺めた。


「ねぇ、ユージンくんはどれにするの?」

「俺はクラブハウスサンドにするよ」

 何でも昔の異世界人が広めた料理らしい。

 前に来た時に店員にオススメされて、美味しかったのを覚えている。


「………………ふーん」

 スミレが俺をじーっと睨んでいる。

 そこで俺は自分の失言に気づく。


「いや、スミレ。俺もメニューを見て決め……」

「前は、サラさんと一緒に来たの?」

「…………ああ」


 ごまかすのを諦めた。

 確かに、以前はサラとパーティーを組んでいた時に何度か来たことがある。

 スミレとサラは相性が悪いので、それを気づかせてしまったのは良くなかった。


「ところでサラさんはどれを頼んでたの?」

「……えっと、サラはいつもこの蜂蜜とクリームのケーキだったかな」

 サラは甘いもの好きだ。

 夕食だろうと関係なく、甘いものを注文していた。


「うわぁ……、甘そう……」

 料理のイラストを見て、スミレが顔をしかめている。

 彼女は甘い料理は苦手らしい。


「私はこれかな。すいませーん」

 店員さんを呼んでスミレが注文をしている。

 

 俺たちが来た頃は、まばらだった席が徐々に埋まり始める。


 ほどなくして料理が到着した。

 俺の前には、肉と野菜と卵をパンで挟んだものが。

 そして、スミレの前には……色の麺料理が置かれている。


「わー、美味しそうー♪」

 スミレはそれをちゅるちゅると食べている。


 美味しそうだ。

 しかし、凄い色だ。

 味の想像がつかない。


「どーしたの? ユージンくん」

「それってどんな味なんだ?」

「食べてみる?」

「一口だけ」

 俺はスミレとは別のフォークで、その赤い麺をすくい上げ口に運んだ。


「……っ!?」

 口の中を蜂に刺されたような衝撃、続いて喉が焼けるような熱さに襲われた。

 か、辛っ!!!


「ゆ、ユージンくん!? 大丈夫?」

「……だ、だい"じょう"ぶ」

 声が掠れた。

 とてつもない辛さだった。

 

「スミレは……辛く……ないのか?」

「うん? 美味しいよ」

 平気な顔で、その真っ赤な麺をすするスミレを俺は恐ろしく眺めた。

 これは炎の神人族イフリートの味覚か……。


炎の神人族イフリート関係ないと思うの)


 エリーに突っ込まれた。

 その時だった。



「予約したクロードだ」



 聞き慣れた声が聞こえた。

 俺とスミレは、さっと反応する。

 

 予め帽子と眼鏡で、変装しているため俺たちのことには気づかれないはずだ。

 ……席が近くにならなければだけど。


 幸い俺たちとは離れた場所に座っている。


 一緒に来ていたのは――生徒会庶務のテレシア・カティサーク。


 いつもクールに振る舞っている彼女は、今はクロードとの会話に楽しそうに笑っている。

 頬を染めるその様子は、控えめにいっても好意以上の感情を持っているように見えた。


「………………」

 スミレが複雑な顔をしている。


 ま、そりゃそうだろう。

 レオナはスミレにとって一番の友人だ。

 そして、テレシアとは同じ魔法学の授業で仲良くなったらしい。

 友人二人が、同じ男に二股をかけられている。


(クロードのやつめ……)


 他人の色恋に口を出す趣味はないが……。


 今度会った時に、一言言っておくか。


 密かにそう思った。




 ◇翌日◇




「よっ! ユージン、スミレちゃん。38階層、がんばろうぜ」

 クロードが爽やかに笑いかけてくる。


「スミレちゃん、ユージンさん。今日はよろしくね」

 その隣にいるのはレオナだ。


 今日の俺とスミレは、38階層の攻略だ。

 そして、俺たちの探索隊にクロードとレオナが合流した。


「レオナちゃん、体術部のほうはいいの?」

「うん、この前のあれがあったでしょ? しばらく体術部チームでの探索は控えてるんだー」

「そ、そっか~」

 レオナの言葉に、スミレは思い出したようだ。


 先日、レオナが率いていた体術部の三軍は『神獣ケルベロス』と出会ってしまい、した。

 幸い低階層だったため、『復活の雫』によって迷宮職員に復活してもらえたが。

 探索隊のリーダーだったレオナにとっては、苦い記憶になっているようだ。


 もっとも、一緒に探索した体術部三軍の面子とたまに合同訓練をすると「ユージンくん、また一緒に探索いこうぜ!」と言ってくる。

 神獣との遭遇も、そこまで気にして無さそうだった。


「じゃあ、行こうか」

 俺は三人に呼びかけた。

 探索者としてのランクは、既に100階層を突破しているクロードのほうが上だが、今の探索隊のリーダーは俺ということになっている。



 ――天頂の塔・38階層


  

 30階層より上は、沼地エリアとなっている。


 足元の悪いところを避けつつ、上層への階段を探す。


 出てくる魔物は、リザードマンなど湿地に生息する魔物が多い。

 今までより地の利を生かしてくる魔物のため、注意が必要ではあるが……。

 

 クロードやレオナは、特に危なげなく対処している。 

 

「レオナは38階層も来たことがあるんだな」

 練度から20階層をクリアしてないわけがないと思っていた。


「一応ね。50階層までは行ったことがあるけど、その時は体術部の先輩についていったって感じだから。こんな少人数で探索するのは初めてよ?」

「ほんとだよなー。てか、ユージンとスミレちゃんは二人だけでここまで来たんだろ? いい加減、迷宮職員から止められないのか?」

 クロードが呆れたように言うが、その実こちらを心配してくれているようにも思えた。


 確かに10階層前後ならともかく、そろそろ40階層に届こうかという状況で二人探索は通常あり得ない。


「それは私のせいだから……。すぐ魔法が暴走しちゃって、周りに迷惑かけちゃうから」

 スミレがぽつりと言った。


「ま、なんともならなくなったら考えるよ」

 俺は気楽に言った。


 なにより、今日は理由があってクロードとレオナと合同探索をしているが、この階層も二人で攻略はできると思っている。

 実際、なんとかなっちゃってるんだよなー。


「でも、最近はね! 魔法の扱いも慣れてきたよ。魔法学の授業で友達もできたんだー」

「へぇ、そうなんだ! よかったねー、スミレちゃん」

「うん、やっぱり一緒に勉強すると上達が早いね。レオナちゃんに体術を教わってる時みたいに」

 スミレとレオナの会話が聞こえてくる。


 ……ん?

 その会話は少しまずいような。


「ところでその魔法使いの友達って誰? 私が知ってる人かな?」

「…………」

 レオナは何気ない質問だったのだろうが、ここでスミレの会話が止まる。

 うん、名前言えないよね。


「魔物の気配がする。みんな、気をつけてくれ」

「わかったよ! ユージンくん」

「ありがとう、ユージンさん」

 俺はスミレのフォローのため、話題をそらした。


 実際は、魔物がこっちにくるのにはもう少し時間がかかりそうなのだが、あえて早めに言った。


「なぁ、ユージン。魔物の気配はまだ遠くないか?」

 クロードが俺に尋ねる。


 ……こいつ、誰のせいで苦労してると。


(クロード。スミレに魔法を教えてるのはテレシアだ)

(!? …………そ、そうか)

 俺がクロードだけに聞こえるように、つぶやいた。


 一言で察したようだ。


 その後は、一緒に話題をそらすのを手伝ってくれた。


 38階層は、危なげなく突破することができた。


 


 ◇さらに翌日◇



 

 今日は39階層の探索を予定している日だ。


「スミレさん。今日はよろしくお願いしますね」

 俺とスミレが天頂の塔に向かうと、待ち合わせていたクロードと一緒になぜかテレシアが待っていた。


「て、テレシアさんだー! 今日は一緒に探索してくれるの?」

「ええ。クロードくんと一緒なんでしょ? じゃあ、私も手伝わせてもらおうかなって」

「…………」

 テレシアの隣で、クロードは非常に気まずそうな顔をしている。 


 テレシアは、普段通りのクールな様子。

 いや、普段よりもニコニコしているような気すらする。


(おい、クロード。どうなってる?)

(昨日の探索の様子がテレシアちゃんに見られてた)

 おいおい……。


(なぁ、レオナとテレシアは、お互いのことどう思ってるんだ?)

 俺は気になって聞いた。

 

(……そろそろ二股がバレそう)

(むしろ、まだバレてなかったのかよ!?)

 よくそれで一緒に迷宮探索をしようと思ったな。


(なんとかなるかなーって)

 クロードの見積もりが甘すぎる。


(……さっさと身辺整理してこい)

(できれば、そのまま二人と付き合っていきたいんだよなー)

(おまえ……、いつか刺されるぞ?)

 クロードの楽観的な言葉に、流石に心配になる。


(でもさ、二人とも俺を好きなのにどちらかを選ぶなんてできるか? ユージン)

(いや、選べよ)


(ユージンは頭が固いなー。女性の好意を受け止めるのが男の甲斐性だぞ)

(二股は止めといたほうがいいと思うけどな)

 

 俺とクロードの恋愛観は、大きく異なるらしい。

 あまりしつこく言うことはしなかった。


 勇者のクロードと、賢者見習いのテレシアの助力もあり。

 

 39階層も無事に突破することができた。




 ◇さらに翌日◇




「……あれ?」

「……え?」

 待ち合わせていた天頂の塔の入り口。

 そこにはクロードの姿はなく、レオナもテレシアもいなかった。

 

 代わりに立っていたのは……、キラキラ輝く銀髪に宝石のような青い瞳の美少女。


 リュケイオン魔法学園の探索服の胸元には、『生徒会長』の紋章が光っている。


 鏡を見ながら、髪を整えているのはサラだった。

 隣のスミレの表情が曇った。


「ユージン!」

 サラは俺の姿を見つけると、満面の笑みになり俺に抱きつこうとする。


「どうしてサラさんがここに?」 

 その間に、スミレがさっと割り込む。

 一瞬、サラの表情がこわばるがすぐに余裕の顔に戻った。


「あら、スミレさん。ごきげんよう」

「こんにちは、サラさん。今日は無視しないんですねー」

「勿論ですよ。だって私たちは同じ探索隊仲間パーティーメンバーなんですから」

「…………仲間?」

 その言葉に、俺とスミレは首をかしげる。


「クロードはどうしたんだ?」

 もともとクロードに助っ人をお願いしたかったのは、今日の40階層の階層主ボスとの戦いだ。

 ただし、ぶっつけ本番は怖いので手前の階層から一緒に探索をしていた。


 今日はいよいよ決戦日なのだが……。


「クロードくんは来れなくなったの」

「何かあったのか?」

 クロードは軽薄な男だが、約束は守るやつだ。

 それが当日に来れなくなるなど、よっぽどのことが……。



「二股がばれたの」

「「あー」」

 サラの言葉に、俺とスミレは同時に納得した。

 よりによって今日バレたのか……。


「一応、クロードくんの名誉のために言っておくと彼はユージンくんとの約束を優先しようとしたの。でも、それを私が止めて代理を申し出たの」

「えー、だったらクロードくんが来てくれたらいいのに」

 スミレが無遠慮に言う。


 サラが、一瞬「きっ!」とスミレを睨む。

 スミレも睨み返している。

 ……子供みたいなことは止めなさい、二人共


「クロードくんのお相手のテレシアさんは私の親友なんですが……。彼女、一見穏やかなのですが、芯は強いと言いますか、思いのほか気が強くて……」

「レオナちゃんも気が強いし、絶対に引かないよね……」

 サラの言葉に、スミレが続けた。

 俺は恐る恐る尋ねた。


「……いま、どうなってるんだ?」

「テレシアさんとレオナさんが、ですよ。クロードくん以外では止められないと判断しました」

「…………」

 俺は頭を抑え、ため息を吐いた。


 頭痛すらしてきた気がする。


(……あいつ)

 帰ってきたら文句をつけよう。

 しかし、まずは今日の予定を優先だ。


「じゃあ、今日はこの三人だな。よろしく頼む」

「ええ、任せてユージン。スミレさんは魔法が暴走してもいいように後ろに下がっててくださいね」

「ユージンくんの剣に付与エンチャントをできるのは私だけだから。サラさんは、私の魔法が暴走した時に火傷しないように離れていたほうがいいですよー」


「ふふふ……、ご心配ありがとうございます。泥棒猫スミレさん」

「あはは……、仲間じゃないですかー☆ 元仲間サラさん」

 二人とも笑顔なのに、目が笑ってない。

 

 すでに探索隊内に、巨大な亀裂が入ってるんだが。

 本格的に頭痛がしてきた。


 この面子で40階層の階層主と戦えるのだろうか?


 とはいえ、俺とスミレはそのために準備してきたし、サラは既に40階層を一度突破している『英雄科』の生徒。

 実力的には大丈夫……なはず。


 俺は40階層への『迷宮ダンジョン昇降機エレベーター』のボタンを押した。




 ◇リュケイオン魔法学園 大地下牢<禁忌の封印>◇




「……ユージン、大丈夫?」

「…………大丈夫じゃない」 

 40階層の階層主ボスを無事に撃破し、そのまま生物部の当番の仕事をこなしていた。


 しんどい身体に鞭打って来ていたが、最後の魔王エリーの檻で力尽きた。


 エリーのベッドに倒れるように寝転ぶ。


 ふわふわしたベッドに、そのまま意識を吸い込まれそうになった。


「おーい、ユージン。寝ちゃうのー?」

 いつもならすぐに襲ってくる魔王エリーが、俺を気遣うように頭を撫でてくる。


「……いや、起きるよ。仕事が残ってる」

「まぁ、いいから少し寝なさいよ。階層主ボスの撃破、お疲れ様☆」

 エリーの口調が優しい。

 こんなに優しいのは初めてかもしれない。

 

「今日は優しいな」

「失礼ね。いつだって優しいわよ」

 エリーが俺の髪を撫でながら微笑む。


 俺の頭に、先程の40階層の階層主ボスとの戦いが蘇った。


 階層主ボスは、巨大な牛頭の怪物ミノタウロスだった。


 スミレに付与してもらった炎の神人族イフリートの魔法剣と、聖騎士であるサラの聖剣魔法によってなんとか倒すことができた。


 とはいえ、流石に40階層。


 二~三人の探索仲間では、そろそろきつい。


 しかし、クロードやサラと言った、他探索隊からの助っ人以外でパーティーの増員はできていない。


 そろそろ、戦力が行き詰まって来ている気がする。


 そんな俺の懸念を読んでいるかのように、魔王エリーが言葉を発した。



「……そろそろ魔王わたしの力が必要なんじゃない? 起きたら修行をつけてあげるわ」



 どうやら俺の心の内など、まるっと見透かされているらしい。

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