4話 ユージンは、出会う

◇XXXの視点◇


 気が付いた時、私は見知らぬ草原の上に座っていた。

 

「どこ……ここ?」

 いや、違う。


 もっと重要なことがある。


「私は……?」

 私には自分の記憶が無かった。


(こ、怖い……なに? なんで、私ここにいるの? 家はどこ? 家族は? 学校のみんなは?)


 何も思い出せない。


 いや……幼い頃の記憶はある。


 両親の顔が、ぼんやり思い出せる。

 妹が一人いる。


 小学校の頃の友達の顔。

 中学からの友人……っ!


 頭が割れるように痛い。



 ……スミレちゃん



 誰かの声が頭の中で響いた。

 スミレ。

 それが多分……私の名前だ。


 名前を思い出した。

 少し安心する。


 でも、名字は思い出せない。

 頭がズキズキする。


 ここに来る直前の記憶が全くない。

 ここは、どこなの……?

 

「XXX~!」

「XXXXX~!」

 その時、知らない言葉で会話する男たちがこちらにやってきた。


 一瞬、助けを求めようとしたが、男たちの目を見て私は身を強張らせた。


「XXXXX~!」

「XXXXXX、XXXX!」

 男たちはニヤニヤと嗤っており、とても好意的には見えなかった。

 それに服装も変だし、人相も悪い。


 男たちは私の身体を嘗め回すように眺めた。

 私の高校の制服はボロボロになっていて、際どい位置まで肌が露出していた。


 男の一人が、何か言いながら私に近づいてきた。

 これからされることを想像して……恐怖と嫌悪感で鳥肌がたった。 


「こ、来ないで! 触らないで!」

「XXXXX~?」

 私の声で止まるはずもなく、男が私の腕を掴む。


「XXXXX~!!」

 後ろの男が、煽るように話したてた。 


 い、いや!

 男が私を押し倒そうとした時


「いやーーーー!」


 私はありったけの悲鳴を上げ、次の瞬間、私の周りは炎に包まれていた――ことに気付いたのは、あとになってからのことだった。


 私は意識を失った。




 ◇


 

 

「なに……これ……?」

 気を失ってから、どれくらい経ったのだろう?


 さっきまでの男たちは、どこにも居なくなっていた。


 私の周りには轟々と炎が燃え上がる。

 不思議と熱さは感じない。


 が、腕についていたのでそれを払い、私は立ち上がった。

 そこで、とんでもないことに気付いた。


「きゃあ!」

 すぐに、私はその場にしゃがみこんだ。


(ふ、服がっ!)

 着ていた制服が、全て燃えてしまっている。

 私は裸だった。


 ど、どうしよう……。

 何か、身体を隠すものを……。

 周りを見渡しても、草原が広がっているだけ。

 しかも、どんどん炎が広がってる。


「え?」

 大きな動くものが見えた。

 さっきの男たちだろうか?

 いや、もっと大きい。


(く、熊!?)

 体長二メートル位ありそうな、巨大な熊だった。

 それが私めがけて突進してきた。

 殺される!?


 と思ったが、炎に阻まれて近づいて来れず逃げていった。

 何、だったの……?


 というか、この炎……私の身体から出てる?

 一体、どうなってるの……?


 ふらふらとしながら、大きな岩があったので私はそこに寄りかかった。

 身体を隠すように、体育座りをして……泣いた。


 さっき見た熊以外にも、狼やライオンのような大きな獣もいた。

 しかし、私にはどれも近寄ってこなかった。


 他に、知らない言葉を喋る人たちが来て焦ったが……私の周りを囲む炎に阻まれ近づけなかった。

「XXXXX!」

「XXXXX!?」

 何かの言葉を私に向かって叫んでいるが、意味がわからない。


 矢を撃ってくる酷いヤツもいた。

 その矢も私に届く前に、燃え落ちた。


 そうする間にも、私の身体から出てくる炎はどんどん強くなり。

 やがて周りの草原は、火の海に変わってしまった。

 地獄のような光景だ。


 なんなの……これ?

 ここは、あの世なの?

 私は、死んだの?

 


 わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。



 悪夢なら、早く醒めて……………………私は泣き続けた。 




 ◇




 一時間ほど、泣き続けたあとだろうか。

 誰かに話しかけられた。


「XXX……」

 びくっと、身体が震え、私は声のほうを眺めた。


「XXXXXX?」

 私を心配そうに見つめてくるのは、すらりとした優しそうな男性だった。


 さっき現れた、下種そうな男や、敵意を持った人たちとは違った。

 こちらを気遣ってくれている雰囲気があった。

 私は勇気を振り絞って、話しかけた。


「あ、あの……助けてください」

「X~、XXXXX? XXXXXXX……」

 男性は、困った風に頭をかいた。

 やっぱり言葉は通じない……。


 そして、手に持っている布の服を私に差し出した。

 そ、そうだ!

 私、何も着てないんだった!


 慌てて、それを手に取り着こんだ。

 それは布製のレインコートのような形をした服だった。

 ローブって言うのかしら?


 男性は微笑み、私に手を差し出した。

 その手を掴みそうになって……慌てて引っ込める。


 私の手は……燃えてる。

 私自身は熱さを感じない。

 だからと言って、他人がそうだとは思えない。


 現に、私を襲ってきた熊は炎で逃げて行ったし。

 途中で、私に敵意を向けてきた人たちも炎のおかげで近づいてこれなかった。

 

 そういえば、この男性はどうして炎の中で平気でいられるんだろう。

 特に、防火服のようなものも着ていないのに。

 男性は手を伸ばしたまま、困った顔をしている。

 

(……無理だよ。私に触ると、きっと怪我を……いや、もっと酷い)

 



 ――




 私を襲おうとした男たち。

 彼らは、居なくなっていた。

 最初は逃げたのかと思ったけど……。


 思えば、炎に気を取られていたけど近くに黒く焦げた何かがあった気がする……。

 わ、私は……彼らを殺してしまった?

 寒くないのに、震えが止まらない。 

 

 その時。




 ―― 




 え?

 

 思わず見上げる。

 長身の男性は、困ったように変わらず微笑むだけだった。


 あ、熱くないの?



「XXXXXX?」(大丈夫?)



 言葉はわからないけど、きっとそう言ってくれたんだと思った。

 その優しい笑顔は、地獄のような状況で、唯一私を救ってくる神様のように思えた。



 私はふっと、意識を失った。




 ◇ユージンの視点◇




「あれ? 気を失っちゃったか……」

 炎を纏った女の子は、眠るように気絶した。


 呼吸音から、死んだわけではないとわかった。

 女の子の身体から出ていた炎は、気を失うと同時に徐々に弱まり、消えた。


 炎の発生源を失ったからか、5階層の炎の勢いがゆっくりと弱まっている。


(それにしても……この子は一体……?)


 だろう。


 身体から炎を出す人間なんていない。

 最初は魔物か魔族かと思ったけど、悪意を全く感じない。

 彼女が何者なのか俺には判断がつかなかった。


 とりあえず、連れ帰るしかないか。

 俺は女の子をおんぶして、迷宮の入口まで戻ることになった。


 迷宮ダンジョン昇降機エレベーターを使って、1階層まで戻る。

 

 迷宮の入口に着くと、迷宮職員のおっちゃんが駆け寄ってきた。


「ユージン! その子はどうした!? 遭難者か!?」

 迷宮から自力で帰れず、保護された探索者は『遭難者』と呼ばれる。

 まあ、普通はそう思うよな。


「んー、説明が難しんだけど……」

 俺は5階層であったことを説明した。


「その子が『迷宮破壊者』ってことか……?」

「少なくとも関係者ではあると思うよ」

「わかった。じゃあ、この子はこちらで預かって……」

「ここにD級探索者、ユージンは居るか!」

 突然、大声で名前を呼ばれた。

 あれは……上級迷宮職員?


「ユージンは俺です」

 俺は手を上げた。


がお呼びだ! そこの『迷宮破壊者』と共に、裁判所までくるように!」

 そう告げると、俺の周りにはずらりと衛兵に囲まれた。


「何ですか! いきなり。ユージンは迷宮探索で帰ったばかりですよ!」

 おっちゃんが憤った声で味方してくれるが。


「それは国王陛下への背信と受け取るが?」

「馬鹿なっ、私は国王陛下に背いたりしない! そうではなく……」

「おっちゃん、ありがとう。俺は行くよ」

「ユージン……」

 心配そうな顔をむけるおっちゃんにお礼を言って、俺は名前も知らない女の子を抱き上げた。

 こちらに寄こせ、とか言われるかと思ったがそれはなかった。


 上級迷宮職員たちに連れられ、俺は迷宮都市にある唯一の『裁判所』を目指した。


 そこでは、『罪人』かどうかは、全て『王様』のさじ加減によって決まる。


 この都市国家の王様は、決して横暴な御方ではない。


 が、市井の人々の事件に首を突っ込みたがる。


 好奇心の塊みたいな御仁だ。


(面倒なことにならないといいけど……)


 俺は気が進まないながらも、ゆっくりと歩を進めた。

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