攻撃力ゼロから始める剣聖譚 ~幼馴染の皇女に捨てられ魔法学園に入学したら、魔王と契約することになった~

大崎 アイル

1話 ユージンは、落第する

「そんな……俺のアビリティが……『白魔力マナ……?」



 俺は、壇上で呆然とつぶやいた。


 帝国軍士官学校の『選別試験』。


 十五歳で成人とされる帝国では、選別試験を経て正式な軍人に成ることができる。


 厳しい訓練に耐え、十五歳になった士官学校生徒は、運命の女神イリア様より『祝福』を賜る。

 女神イリア様から『祝福のアビリティ』を頂く事で、自身の進むべき道が明確になるのだ。


 士官学校の成績が『総合一位』である俺――ユージン・サンタフィールドは、周りから大いに期待されていた。

 そして俺自身も成功を信じていた。


『剣技』『戦術』『指揮』いづれの科目もトップに立ち。

 日々たゆまぬ努力を続け、誰よりも強く、優秀な成績を残した。



 ――なのに……なぜ……?



 俺は手元の『選別』カードをぼんやりと見つめた。


 透明な『選別』カードを女神像の前にかざすと、所持者のアビリティを導きの『色』で指し示す。


 俺の『選別』カードは、真っ白だった。


 黒は、攻撃の才。

 白は、防御の才。

 灰は、攻撃と防御が半々の才。

 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七つは特殊色で、それぞれ異なる才がある。


 アビリティが多い者ほど、多くの色が現れる。

 平凡な者は、灰色になる。

 そして、才に『欠陥』がある者は『真っ白』か『真っ黒』に染まる。



 つまり、俺のように……。



「ユージンくん……落ち込むのはわかります。気を強く持って」

 俺に目をかけてくれた先生が、励ましてくれる。


 が、その眼には明らかに失望の感情が浮かんでいた。


「おい、あとがつかえてんだ。さっさと自分の席に戻れよ!」

 士官学校三席であるマッシオが嘲りの声を放ち、俺の肩を押した。

 俺は避けることもできず、ふらふらとその場を離れた。


「よし! 俺は三色だ!」

「ちっ! 二色かよ」

「おい! 五色が出たらしいぞ!」

「まじかよ!」

 クラスメイトたちから次々、歓声が上がっている。


 俺は何も考えられず、ぼんやりと宙を眺めていた。

 隣の席にいる幼馴染のアイリが話しかけてくるのも、耳に届かなかった。

 しばらくして、俺とアイリの間に割り込んでくるヤツが現れた。


「なぁ、アイリ。残念ながら君の幼なじみは『ハズレ』だったんだ。アイリのようなエリートが一緒に居ちゃいけない」

 選別が終わったマッシオがニヤニヤしながら俺の肩を叩いた。


 カードの色は『赤』『緑』『灰』。

 三色は、優秀だ。

 ……俺と違って。


「いやぁ、本当に残念だよ。首席様ともあろう者が『落第』の白カードを引いてしまわれるとはな」

「全くだよなぁ、マッシオ。しかし『防御』しかできない才とは。軍に受け入れ先はあるのかねぇ」

「無理だろうなぁ。単色の欠陥野郎なんざ、どこも採用しないさ」

 マッシオの取り巻きまで、こちらに絡んできた。


「おまえら……」

 俺は怒りで震えた。 

 だが、奴らの言うことは正しい。


『白魔力マナ』は、防御の才のみ。

 真っ白のカードということは『攻撃に関する魔力』が一切無いということだ。


 俺は魔法剣士の技術を学んできた。

 魔法剣とは、魔力マナを剣に纏わせる技だ。


 しかし俺の『白』魔力マナでは魔法剣で敵を切ったところで、相手は傷一つつかない。


 攻撃できないなのだ。

 なぜ、女神様は俺を『白』のみの才能に……。

 せめて少しでも他の才があれば、努力でなんとかする自信はあるのに……。


「『白』魔力マナだけじゃあ剣士は無理だな」

「『回復士』あたりにでもなっとけよ。俺が怪我したらお前に依頼してやるよ」

「あとは『結界士』くらいか? 一生、地方を転々として街の結界を張り直す仕事か。やりがいがあるなぁ。俺ならゴメンだけどな!」

「「「はっはっはっ!」」」

「…………くそ」

 何も言い返せない。

 俺は、ただ黙って項垂れていた。




 ◇




 不幸なことってのは続くものだ。


 学校に出るのが億劫になり、しばらく授業サボっていたら、俺の家に幼馴染のアイリが訪ねてきた。

 てっきり励ましに来てくれたのかと思ったが……どうも様子がおかしい。


 アイリ一人でなく、アイリの友人と一緒だった。

 アイリは俺と視線を合わせようとしない。

 嫌な予感がした。




「……ユウ。私たち、しばらく距離を置いたほうがいいと思うの」




 幼馴染のアイリは、俺を愛称で『ユウ』と呼ぶ。

 聞き慣れたはずの声が、氷のように冷たく感じた。

 


「え……? な、何を言ってるんだ、アイリ?」

 俺は先日の『選別試験』で幼馴染アイリが引いた『選別』カードを思い出した。


 ――その色は『虹』。


 七つのアビリティを持つ、最高位の証だ。


 底辺である単色『白』とは正反対の溢れんばかりの才能。

 一緒に育った幼馴染とのあまりの格差と惨めさで、ここ最近の俺はアイリを避けていた。

 しかし、急にそんなことを言い出すなんて……。


「距離を置くって……どういうことだよ……」

 俺が声を震わせ問いかけても、アイリは悲しげに顔を伏せたままだ。

 代わりに口を開いたのは、隣に居るアイリの友人だった。


「ねぇ、ユージンくん。察してよ。皇女のアイリはこれから大事な時期なの。キミと一緒に居て変な噂を立てられちゃこまるでしょ?」

「なっ!」

 そのあんまりな言い草に、俺はカッとなった。

 誰が『才無し』だ!


 俺とアイリは、婚約こそまだだったが、両親公認の仲だ。

 将来、一緒になろうと誓っていたのはクラスメイトのおまえだって知ってるだろう!


「アイリには、連邦のとある大国の第二王子から縁談話も来てるんだって。『虹』のアビリティに、王子様かぁー。いいなー、アイリは恵まれてて」

「ちょっと! その話はユウの前ではしないって……」

 慌てて友人の口を塞ぐアイリの反応から、それが真実だとわかってしまった。


「アイリ……縁談って……」

「違うの! それはお父様が勝手に話を……」

「そう。つまりこれはアイリのお父さんであるのご意思なの。ユージンくん、アイリを怨んじゃだめよ?」

「………………」


 皇女であるアイリの父親は、この国の頂点。

 つまりは皇帝陛下だ。


 帝国民にとって皇帝陛下のお言葉は絶対。

 そんなことは三歳児だって知ってる。


「アイリ……俺は……おまえの『みかどの剣』に……」

 思わず出たその言葉の滑稽さに、最後まで口にできなかった。


 帝の剣とは、皇帝の片腕のことだ。

 常に皇帝のそばにたち、敵から皇帝を守る剣。

 ……俺の目指していた、最終目標だった。


 アイリは悲しそうに目を伏せ、アイリの友人は小さく唇を歪めた。


「ぷっ……、欠陥の白しか無いくせに、帝の剣って……」

「ちょっと! 笑わないで!」

 笑わないで、というアイリの言葉が俺の胸を抉った。


「ごめん、ごめん。アイリ行きましょ」

「えっ……でも……。う、うん」

 友人に引っ張られるように、アイリは去っていった。


 アイリは、俺の方を……一度も振り返らなかった。




 ――翌日、俺は帝国士官学校を退学した。




 ◇




「はいはい、それで幼馴染に振られて実家に引き篭ってたら、親父にぶっ飛ばされて、このリュケイオン魔法学園に強制入園させられたって話だろ。その話、何十回目だよ、ユージン」

「うるせーよ、クロード。お前みたいな勇者様には一生、縁の無い話だよ。愚痴ぐらい聞けよ」


 現在の俺は、南の大陸中央にあるリュケイオン魔法学園『普通科』に在席している。


 リュケイオン魔法学園は南の大陸における最高学府だ。

 授業のレベルは恐ろしく高い。

 そして、生徒の質も。


 腑抜けていた俺は、親父の鉄拳制裁とともにこの魔法学園へ放り込まれた。

 ここでは俺の過去を知る者が殆どおらず、気楽な学園生活を送れている。


 親父にはとても感謝している。

 荒療治だったとは思うが。


 俺の隣を歩いている男は、魔法学園『英雄科』にいるクロード・パーシヴァル。


『五色』の才を持ち、職業ジョブは、『勇者』。

 エリート中のエリートだ。


 比べて俺の職業ジョブは『回復士』と『結界士』の兼業。

 白魔力しか持たない俺が就くことができる職業は、その二つだけだった。

 これで、生涯賃金は勇者の100分の1以下だというから……何とも世知辛い話だ。


 本当に泣けてくる。


「ユージンの幼馴染のアイリ皇女殿下だっけ? 帝国最高位の『天騎士』の一人にまで登りつめたんだってな」

「ちっ、そーだよ。同僚の恋人もいるんだとよ……」

 遠い異国である魔法学園に居ても、有名人の噂は聞こえてくる。


 どこぞの国の第二王子との縁談は、進まなかったらしい。

 だが、帝国内の若いエリート将軍と恋仲という噂だ。


 俺の幼馴染は、俺のことなど忘れ、新しい恋人とよろしくやっている……と。 

 忌々しい。


 その表情を察してか、クロードが同情的な声で慰めてきた。


「しかし、俺の相棒の飛竜の世話を安心して任せられるのはおまえだけだぞ、ユージン。いつも助かってるよ」

「そりゃ、俺が『生物部』だからな。ただの仕事だよ」

 魔法学園の生徒の、多くは『部活』に入っている。

 

 リュケイオン魔法学園の『部活』は、社会に出た時の『組合ギルド』に近い。

 学園の授業では、一般的な『魔法』『戦技』『知識』を学べる。

 部活では先輩・後輩の縦社会や、学年違いの生徒とコネを作るために利用する者が多い。


 俺が所属しているのは『生物部』。


 通常、部活は生徒が好きに選択できるのだが、俺に限っては『学園長』指名だった。

 代価として、俺は学費を免除してもらっている。

 それでも、釣り合わないくらいの面倒な雑務が多い部ではあるが。


 俺とクロードは、巨大な一つの檻の前にやってきた。

 そして、封印付きの巨大な鍵を開く。

 この鍵も、特別仕様の魔道具だ。


「おーい、相棒」

 クロードが声を上げる。


 艶やかな群青の鱗を纏った美しい飛竜が近くに降り立った。

 クルルルッ、と喉を鳴らして喜んでいる。


「元気にしてたか」

 クロードに撫でられ、飛竜はうれしそうに鳴いた。

 俺はその間に、餌を補充してやる。


「終わったぞ、クロード」

 俺はクロードと飛竜に声をかけた。


 ――クルルル、ルル……


 俺にも飛竜が顔を寄せてくる。

 それを軽く撫でてやった。

 昔、怪我をしていた飛竜を回復魔法で治して以来、懐かれている。

 本来は、気難しい気質の竜らしい。


「相棒、明日は遠征だ。一緒に飛ぼうぜ」

 爽やかに相棒に笑いかけるクロード。

 

 キザなやつだ。

 ついでに言うとモテる。

 まあ、当然か。

 勇者なのだから。


 俺は檻を出ると敷地の奥へ向かった。


 が、なぜかクロードもついてくる。

 

「もう用事は済んだだろ?」

「ユージンはこれから『あの檻』に行くんだろ? ついていくよ」

「……別にいいけど。物好きだな」


 リュケイオン魔法学園『生物部』の敷地は広い。

 学園長が珍しい物好きで、変わった魔法生物を大量に飼育しているからだ。

 中には『災害指定』と呼ばれる凶悪な魔法生物まで居る。

 奥に進むほど危険な『封印領域エリア』になっている。


 徐々に空気が淀む。

 瘴気がどんどん濃くなる。

 一般人なら、息をするのも困難なレベルだ。


『結界士』の俺は問題ないのだが……。

 心配になりふと隣をみるとクロードの顔を青ざめていた。

 言わんこっちゃない……。


「無理するなよ、クロード」

「ま、まだ大丈夫だ……」

 俺はクロードの歩調にあわせ、ゆっくり歩いた。

 やがて、巨大な黒い金属製の門の目の前に到着した。




 ――『禁忌の封印 階位七ランクセブン




 この奥には、学園で最も危険な『神話生物』たちが蠢いている。

 常人なら目を合わせるだけで発狂してしまうらしい。


『結界師』でないとできない泥臭い仕事。

 彼らの世話も、生物部の役割だ。

 誰もやりたがらないわけだ。


「わ、悪りぃ……、ユージン。俺はこれ以上、行けねーわ」

 顔の脂汗を滲ませ、クロードが歩みを完全に止めた。


「今日は結構、近くまで来れたな」

「ああ……伝説の。いつか見てみたいんだが……、やっぱりこの瘴気は俺にはまだ耐えられそうにない……」

「無理するなよ。じゃあまた今度な」

 俺は重い封印の扉を開いた。

 中で溜まっていた瘴気が、外に溢れ出る。


「ぐっ…!」

 クロードが膝をついた。


「ほい、精神回復マインドヒール

 俺は回復魔法をかけてやった。

 クロードはフラフラと立ち上がった。


「なぁ、ユージン。いつも疑問なんだが、なんでこの瘴気で平気なんだ……? 勇者の俺でも耐えられないんだが」

「俺が『結界士』だからだよ。何回目だ? この質問」

「うちの部隊チームにいる結界魔法が使える『賢者』は、『封印の門』の大分手前で気絶したんだが……」

「それは修行が足りないんだよ」

「納得いかねぇ……」

「じゃあな」

 俺は手を振り、門を内側から閉めた。


「おまえ絶対、間違ってるって……」

 門が閉まる直前、クロードのつぶやき声が耳に届いた。


 なんだよ、間違ってるって。




 ◇




 ――リュケイオン魔法学園『多重封印の大地下牢』。



 ここにいる生き物は全て『災害指定』の『神話生物』。


 一体でも逃げ出してしまえば、幾つもの都市が簡単に滅ぶ……らしい。


 実際に逃げ出したことは無いので、事実かどうかは不明だ。


 なんでそんな危険な生物がいるのかといえば、学園長の趣味である。

 変人な実にあの人らしい。


 それぞれの檻には幾重もの封印が施してあり、正しい手順以外では絶対に開かない。

 もっとも地下牢は厳重な封印ですら抑えきれない魔素が、瘴気となって漂う魔空間。


 一般人が入れば、たちまちに廃人になるだけだ。

 勇者であるクロードですらあの様子だった。

 忍び込む阿呆は居ない。


 各封印の檻に入る面倒くさい手順を、慎重に進める。

 だが、のろのろやっていると怒り出してしまう。


(急ぐとするか……)


 やや焦りながら、奥へと進む。

 最奥の檻の名札には、こう記してある。




 ――『堕天の魔王』エリーニュス。




 俺は、ゆっくりと瘴気の溢れる檻の中に足を踏み入れた。


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