第6話 神様と冒険者ギルド

 冒険者ギルドの中は2つのスペースに分かれていた。長いカウンターが並ぶ事務的なスペースと、たくさんのテーブルや椅子が並ぶ飲食スペースだ。


 冒険者ギルドなのに、なぜか酒や食事も提供しているらしい。たくさんの料理の匂いが入り混じった雑多な、しかし良い匂いが鼻をくすぐる。


 飲食スペースは満席に近いほど賑わっており、酒が入っているのか、陽気な歌声まで聞こえてくる。


「お!そこの美人なお姉さーん!こっちきて酌してくんね?」


 入り口近くの飲食スペースに居た男が、エレオノールに声を掛ける。見たところ、こいつも冒険者だな。革の鎧に、剣を佩いている。もう酒で出来上がっているのだろう。赤ら顔には、へらへらとした笑みが浮かんでいた。


「よく見ると隣の子もすっげー美人さんじゃーん!姉妹?どうよ2人とも?お兄さんと熱い夜でも?」

「お前がお兄さんなんて面かよ」

「ちげぇねぇ、良いとこオークだろ」

「なにおう!」


 男を無視してカウンターへと向かう。こういうのは下手に返事すると面倒だからな。エレオノールも分かっているのか何も言わずにいる。


「フラレたな」

「そんなー…」


 そんな声を後にし、私はカウンターへとやってきた。カウンターの中には筋骨隆々な大男が、窮屈そうに座っていた。よく日に焼けた強面のその顔や腕には白く古傷が走り、まさに歴戦の猛者といった感じだ。なんでこんな奴が受付なんてやっておるんだ?


「たのもう!」


「なんだ?嬢ちゃん」


 大男の鋭い眼光が私を迎える。私は大丈夫だが、気の弱い者や、幼い子どもなら泣いちゃいそうな眼光だ。


「冒険者として登録したい。ダンジョンに入りたいのだ」


「嬢ちゃん、大人になってからまた来な」


 スパッと断られてしまった。やはり容姿が原因か。だが、私は諦めないぞ。


「私は大人だ。これでも成人している」


「そうは言ってもなぁ…」


 大男が困ったように頭を掻きながら、私の後ろに居るエレオノールに、助けを求めるように目を向ける。


「その、信じられない気持ちはよく分かりますけど、この子は成人しています」


 エレオノールからの援護射撃に、大男はますます困ったような顔をする。その顔は犬のパグみたいで愛嬌があった。


 しかし、大男がその顔を一変し、今度は厳めしい顔になった。


「いいか嬢ちゃん。冒険者ってのは危険な仕事だ。大怪我するかもしれねぇし、最悪、死んじまうこともある。子どもの遊びじゃねぇんだ。それでもやるのか?」


「やる!」


 即答である。冒険者になりに下界にやって来たのだ。何を言われても迷うことは無い。


「はぁー…」


 大男は諦めたように太い溜息を吐くと、カウンターの奥でガサゴソと何やら準備を始める。


「まったく、最近の若いもんは…年寄りの話なんて聞きやしない。嬢ちゃん名前は?」


「ルーだ」


「ルー…っと。よし、できたぞ」


 そう言って渡されたのは、安っぽいネックレスだ。細い革紐の先に羊皮紙の切れ端がぶら下がっており、羊皮紙には「ルー」と名前が書いてある。なんだかドックタグを更に安く作り上げたような代物だ。


「これは?」


「それが嬢ちゃんの冒険者証だ」


「これが?」


 もっと書類じみた、パスポートのような物を想像していたんだが……。


 この大男に騙されているのではないかと思い、エレオノールを見る。


 私の視線に気が付いたエレオノールが、胸元から冒険者証を取り出して見せてくれた。


「お揃いですね」


 エレオノールの冒険者証も羊皮紙に名前が書いてあるだけだった。どうやら本当にこれが冒険者証らしい。こんなので良いのか?


 私の疑問に気が付いたのか、大男が説明してくれた。


「嬢ちゃんたちは、まだ新人の紙級だから羊皮紙だが、等級が上がると、今度は革になる。等級は羊皮紙、革、黒磁、白磁、青銅、真鍮、鉄、銅、銀、金とだんだん上がっていく。嬢ちゃんたちが目標にすべきは、まずは脱初心者である黒磁級だな」


 どうやら冒険者の等級は細かく分かれているらしい。冒険者証が羊皮紙なのも最初だけのようだ。


「ところで……」


 冒険者ギルドの登録料を払い、冒険者の心得を聞き終えると、私は先程からずっと疑問だったことを聞いてみることにした。


「あの箱は何だ?」


 カウンターの横、部屋の隅っこに、ちょっとしたスペースがあり、そこに3つの大きな箱が鎮座している。


 箱はどれも豪華な装飾が施されており、一見、豪華な宝箱に見えた。


「あれは宝箱だ」


 見た目通り宝箱らしい。


「しかし、なぜ宝箱がこんな所に?」


「あれはな、開かずの宝箱なんだ……」


 ダンジョンの中では、稀に宝箱が発見されるらしい。宝箱の中身は、何が入っているか、開けてみるまで分からない。剣や槍、鎧、弓などの武具から、ポーションなどの薬品、食器や家具、食品、服などの日用品、香水や石鹸などの消耗品にいたるまで、ありとあらゆる物が入っているらしい。その品質も様々。普通の店でも売っているような物から、神話に謳われるような伝説級の物まで、入っていない物は無いと言わんばかりのバリエーションを誇るようだ。


 そんな宝箱だが、見つければ、宝箱を解錠して中のお宝を持ち帰るのが普通だ。その役目はパーティの盗賊が請け負うことが多い。


 しかし、パーティの盗賊が宝箱を解錠できない場合もある。そんな場合は宝箱ごと持って帰るのだという。宝箱を持って移動する姿は間抜けだし、自分たちが宝箱を解錠できなかったことを宣伝するようなものだ。宝箱を解錠できないことは、パーティにとって、そしてなにより盗賊にとってもとても不名誉なことであるらしい。


 そうして持ち込まれた宝箱は、高い解錠技術を持つ盗賊によって開けてもらえるそうだ。中にはダンジョンに潜らず、宝箱の解錠を専門に行う盗賊もいるらしい。


 だが、そんな彼らでも、冒険者ギルドが総力を挙げても解錠できなかった宝箱があった。それが<開かずの宝箱>だ。


「箱を壊して中の物を取り出せば良いのではないか?」


 綺麗に装飾された宝箱は、それだけで価値がありそうだ。それを壊すのは気が引けるが、この場合は仕方ないだろう


「それがな……」


 宝箱を壊すと、中のお宝ごと消えてしまうらしい。しかも、宝箱自体は、解錠すると消えてしまう仕様みたいだ。


「なるほど…」


 宝箱の中のお宝を手に入れたかったら、素直に解錠するしかない。これまで数々の盗賊の挑戦を跳ね除けてきた<開かずの宝箱>。いったいどれほど難解なのだろう。私は<開かずの宝箱>に挑戦したくなっていた。


「私が挑戦しても良いか?」


「そりゃ構わねぇが、金が掛かるぞ?銀貨1枚だ」


「金が掛かるのか!?」


 せっかく宝箱を開けてやろうというのだ。むしろ、手間賃としてお金を貰いたいぐらいである。


「その代り、宝箱を開けられれば賞金が出る」


 冒険者ギルドも、タダで場所を設けてるわけではないということだろう。挑戦費用の銀貨1枚の内、半分はギルドの取り分に、もう半分は宝箱を開けた者への賞金に上乗せされる仕組みらしい。


「かなりの数の挑戦者が敗れていったからな、その分、賞金が膨れ上がっているが……。悪いことは言わねぇ、止めとけ。金を無駄にするだけだ」


「やる!」


 元々挑戦するつもりだったのだ。賞金が出ると聞いて、俄然やる気が出た。


「まったく、最近の若いもんは……」


 私が銀貨を取り出すと、大男は渋々それを受け取った。


 さて、やるぞー!っと宝箱に向かおうとしたところでハタと気が付いた。


「ちょっといいか?」


 私は大男に話しかける。


「なんだ?やっぱり止めるのか?」


 これを言うのは恥ずかしいな…。


「いや、その、なんだ…。ピッキングツールをな、一式貸してもらいたい……」


「……持ってないのか?」


「…うむ」


 まさかピッキングツールが必要とは思わず持ち合わせがない。もしかしたら私は、盗賊として失格なのかもしれないな。ピッキングツールは持ってないわ、矢は忘れるわ……。この分だと、他にも足りないものがありそうだな。


「はぁー…」


 大男が太い溜息を吐いた。

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