第4話 咆哮~あるいは兄より優れた弟など、と言うがそれでも最後に頼りになるのは優秀な身内である~

 ギラルの物とは比べ物にならない程巨大で力強く異質な咆哮。そして地面の振動。


「こ、今度は何!?」


 倒れかけた体をどうにか支え、亜美が悲鳴のように叫んだ。和樹も咄嗟に目の前で倒れかけた女の子を支える。


(これは……おいおい……嘘だろ……)


 この咆哮も、振動も、一体それが何を起きている事を指すのかはやはり和樹は知っていた。


 振動と咆哮は北の方向から次第に近付いてくる。


 そして、視界の中にまばらに並ぶ建物と山の向こうからそれは現れた。


 身長四十メートル。体重二万トン。


 全身は鋼鉄以上の強度を持つ緑色の鱗に覆われ、さらに頑強な銀色の装甲に守られた頭部には巨大な頭部と同じ程の長さの巨大な角が生えている。

 二足歩行の恐竜を連想させるシルエットだがそれよりも全体的に太く、特に足は手と比べて異常な程に発達している。

 その足を使って直立二足歩行に近い姿勢で尾を引きずって進む、典型的な創作世界の「双脚怪獣」の姿。


 突撃衝角怪獣ザンダ。スターブレイバーが第一章で戦うはずの、巨大怪獣だ。


 ゲーム中で登場するのは当然ギラルよりも後なので、本来登場するのはやはり一時間以上先だ。


(お前まで前倒しで出るのかよ!)


 思わず声に出して叫びそうになった。


 これはまずい、かなりまずい。


 ゲーム中、勇がスターブレイバーに乗る事になるのはかなりの部分偶然による。


 謎の夢に導かれたり、スターブレイバーが発掘されるのがお隣である雪奈の家を兼ねた神社の地下だったり、その雪奈が突然トランス状態になってお告げじみた事を語ったり、とある程度の誘導はあるが、ザンダ出現のタイミングが大きくずれたらその展開がどうなるか分からない。


 スターブレイバーの存在に気付かないまま避難してしまい、そのまま乗る機会を失ってしまう可能性もあるだろう。


 乗り手がいないままスターブレイバーが破壊されるような事になったら、この世界の人類はほとんど詰む。


「何あれ……何なの……?」


 さすがにここまでの怒涛の展開に加えて初めて見る巨大怪獣に理解力がキャパオーバーを起こしたのか、亜美が地面に座り込むと呆然と呟いた。


 実物として見る全長四十メートルの巨体は圧倒的で、正直和樹も座り込みたかったが、そう言う訳にもいかなかった。


「亜美さん、すぐに署に連絡して近隣住人の避難指示を出させてくれ。どう見ても拳銃で退治出来る相手じゃない」


「しょ、翔君は?」


「ごめん、僕は少しやらなくちゃいけない事があるんだ」


 あまりに異常な状況のせいか、らしくもなくほとんどすがるような目を向けてきた亜美に申し訳なさを感じつつ背を向け、派出所に一台しかないミニパトに乗ると和樹は自宅の方向に向けて走り出した。


 町の中は大変な騒ぎだった。


 怪獣に気付いてそれを近くで見ようとする人間とパニックを起こして慌てて逃げようとする人間が入り乱れて道を埋め尽くしている。


 翔はサイレンを鳴らし、怪獣には近付かず落ち着いて避難するようアナウンスをしながら自宅に向けてパトカーを走らせた。


 ザンダの歩行速度だと住宅街まで十五分と行った所だろうか。いくら何でも警察署から警官が出て避難誘導するのは間に合わないだろう。


 自宅まで辿り着けば、翔の母親である美弥子がちょうどガレージから車を出している所だった。勇の姿は見えない。


 この時間なら父親である一太郎はすでに出勤していて、勇はまだ家にいるはずだ。


「ああ、翔。帰って来てくれたの?町は大丈夫?」


 いつもは呑気かつ気丈な母もさすがに不安そうな様子だった。


「直に大丈夫じゃなくなるかもしれない。車ですぐに離れた方がいいと思う」


「あたしもそう思ったんだけどねえ」


「勇は?」


「逃げる前にお隣の様子を見に行く、って言ってまだ戻って来てないのよ。ほら、桜塚さんの所、今妹さんが大変でしょ?」


 そう言われて和樹もゲーム知識としても翔の記憶としても思い出していた。


 桜塚雪奈の家は今中学生の妹である春奈が難病で入院していて、しかも今日が手術の予定日なのだ。


 そしてザンダの進行方向の先にその病院がある。


 すぐに動かす事が出来ない彼女がいる病院を守るために戦うのが、第一話のミッションでもあった。


「勇と雪奈ちゃんは僕が避難させるよ。母さんは先に離れて」


 和樹がそう言うと美弥子は不安そうな表情を隠さなかったが、それでも頷いて車を出した。


 桜塚家はそのまま桜塚神社と言う戦国時代より前から続く神社の宮司の家系でもある。

 神社本庁に属してない単立神社で、実は超古代文明の遺産であるスターブレイバーを本殿の地下に隠し、その存在を密かに現代まで伝承する務めを負っていた……らしい。


 その辺はっきりしないのはあまりに過去の事過ぎて伝承自体が曖昧になっていた事と、続編が出てないが故にスターブレイバーの正体もはっきり明かされないままゲームが終わってしまったせいだ。


 そんな事を思い出しながら翔が神社の中に入ってみると、案の定本殿が崩落していてぽっかりと大きな穴が開いていた。


 無意識にライトを使うためにスマホを取り出そうとして、そう言えばこの時代にはまだスマホなんて物はなかった、と気付いた和樹は代わりに支給品のハンドライトで穴を照らした。


「おーい、中に誰かいるんですか。一体何が起きたんです」


 中に誰がいるのかも何が起きたのかだいたい分かってはいるのだが、それでも確認のために穴にそう声を掛ける。


「その声、兄さんですか」


 ライトに照らされて眩しそうな少年の顔が、そう答えながら穴の中、数メートル下に覗く。


 翔の顔をさらにお人好しにしたようなまだ幼さの残る顔。隙無く整った兄と比べればどこかとぼけた印象も受ける容姿だが、それは生来ののんびり屋な性格の故だろう。


 天藤勇。このゲームの主人公として人類の命運を背負う事になる、十七歳の男子高校生である。


 誰に対してでも敬語、丁寧語で喋る癖がある。それは兄である翔相手でも変わらなかった。


 何と言うか、感情が無い訳ではないのだが、非常時でもあまり自分を勘定に入れない言動が多過ぎて、ちょっと人間離れがして見える弟だ。

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