34 最後の幕




 雁刃先かりばざきは、舌をぐるぐる巻いて口にひっこめると、むんっ。気合をこめる。膨張がリスタートし、身体がぐいぐいふくらんでいく。触れてるだけだった天井を今度は突き破し、さらに拡大を続ける。


「危ないっ」


 しゃがんだ巨大は、後ろ足で壁を蹴ると、その反動で雁刃先かりばざきの股下を潜り抜ける。ぼんやり立つKATUを抱きかかえて、2階の窓から宙へと踏みだす。


「でかいッ」


 空中で半回転。落下しながら目にはいったのは、いつもの自分の大きさを越えた雁刃先かりばざきだ。


「ひ、ひかり、落ちる!」


 自分より大きなKATUをしっかり抱えながら、後ろ向きでランディング、砂を滑らせた脚が背丈ほどの砂埃をあげた。フリート支給のシューズ底はめくれなかったが、ズボンの膝から下部分は破れた。


 雁刃先かりばざきの重さに重さに耐えきれず壊れていく建物。2階の床があっけなく落ちると、横にもデカくなった足が内側から破壊。安物の陶器が壊れるように、押しつぶれた備品ごと飛び散った。


「か、怪物だ!」


「どけっ!」


 戦慄したのは留まっていた市民。警官が誘導するまでもなく雁刃先モンスターから逃げだした。


 残留報道陣が意地をみせた。使命というのはカッコいいよすぎるだろうか。見上げる高さとなったモンスターは、低く見積もっても、見慣れた札幌テレビ塔より高そうだ。テレビ塔は90.38mある。平川豊には明かな恐れが浮かんでいた。向けるカメラに、心の内を隠しもせず、震えるマイクを握りなおす。


「市民のみなさま! 見知らぬ巨大異星人ユーテネス、いやデスドリアン破壊外来種が現れました。フリート隊員らは急報を告げた千歳へ出発しました。ここにいるのは警官と後方部隊バックヤード。札幌の街はどうなってしまうのでしょうか。私平川は、地元テレビ局の担い手として、最期までお伝えする所存であります」


 平川たち報道人のほかにも、逃げなかった酔興がいた。瞳を輝かせてスマホを掲げるネット配信者たちた。未曽有の危機こそ生き場。命よりバズリを合言葉に、発信の手を緩めない。


「逃げてください。早く!」


 警官は避難を叫ぶが、逃げ散った市民らとは異なって。耳を貸そうとしない。


 望んでないが死地に慣れってしまった警官たちは、命を軽くあつかう連中を異常なまでに嫌うようになった。法の番人たちホルスターから銃を抜いた。空にむけて発砲する。


「逃げろっつってんだろうが!」


 殺してても安全に立ち去らせる、と。矛盾のふるまいで銃を水平にむける。だが配信者たちもしぶとい。


「ど、どうせ死ぬんだよ。だったらせめて、名前を残して死にたい。ネットにお、おれの墓標を打ち建てるんだ……」


 膠着状態のゾーン。走る車もない。ライブ中継する平川だけが、騒がしかった。その中心に、巨大が割り込む。KATUを降ろしすなり怒鳴った。


「みんな。とくにそこの人。しゃべってないで逃げて」


 最も目立つ平川を睨んだ。だが平川も肝が据わってきた。彼は逃げるどころか、巨大にマイクを差し出した。


「キミは有名なガーディウス隊員。視聴者のみなさま。私、ついております。今日のおとめ座の運勢は1位です。神秘のカーテン、警察やお偉方に阻まれて、実現不可能だった、巨大七光さんと話すことができました。他社のない単独です。でもこれよりインタビューに移りたいと思います。ごほん……お元気ですかぁ~?」


 エセ報道人たる配信者たちが反応した。このかわいらしい少女が街の守り神? いっせいにむさくるしい男たちの、スマホやカメラが向けられた。巨大の喉に、数時間前のガレットが込み上げてきた。


「う……」


「ひかり。かまってる場合じゃない」


 KATUがいう。そうだ。モンスターはデカい。足の幅だけでそこらのビルの建坪を上回る。ひと踏みで、あたりの人間はひとり残らずスリッパ下の蟻と化すだろう。デカすぎて全ぼうが不明だが。


「目をこっちに向けるしか」


 幸い、敵が注視するのは巨大だけ。巨大は分かりやすく駆けだした。敵の、太い足の間を抜けると、人がいない側へと疾駆。KATUも後を追う。


「ああっ巨大さーん」


「カツ君は逃げて」


 平川ボイスを脳内シャットアウトすると、言わなきゃいけないことを斜め後ろにいる少年に伝える。


「ごめん。お礼っぽいことなにもできなかったけど、なんか居てくれただけで楽しかった。生意気な呼び捨ても嬉しかった。キミも本当は……」


「ひかりっ? オレが何?」


 巨大は最後まで言わずにジャンプし、光を放射する。光のなかで彼女は巨大な体へ。ガーディウスへ変身した。


 群青の空よりも少しだけ淡いブルー。右バストの上部にある文様はひいらぎ。巨大七光は10メートルのガーディウスとなったが、みあげた敵は100メートル級。その差10倍。歴然と違う体格差に圧倒される思いだ。






 いつのまにか急行した陸自のアパッチが雁刃先に接近。攻撃を仕掛けた。いつかの巨大異星人ユーテネスと同じ距離からのヒットアンドウェイ。訓練どおりの正しい攻撃。しかし敵はデカく攻撃半径は数倍。間合いを読み違えた攻撃ヘリは、SF映画のやられ役として、敵の強さを引立てた。


「り、陸自の攻撃ヘリが堕とされました。み、ミサイル……銃撃でしょうか。怪物に命中はしたものの致命傷には至りません。隊員は……無事のよう! 幸運にも命に別状はなさそうでへりから出てきます。よかった。ほんとうに」


 すこし涙ぐんだが、すぐに切り換える。


「私、平川はいま、走る中継車の上におります。安全な場所というのは、もはや無いと思われますが、状況がわかる車の上からお伝えしてまいります。現れたのが、住人のいないティアゾーン・環礁区域にあったことは僥倖といえます」


 平川は、言葉を止めて息を整えた。倒れないようガムテープで固定した複数のディスプレイを睨む。


「ところで皆さま。視聴者のみなさまが見ているのは、中継ヘリと望遠レンズカメラがからの、デスドリアン破壊外来種ですが、この異形をなんと表現すればよいのか、私、言葉もありません。頼りない知見では似た生物は存在しないはずです。それは……」


 平川が描写する。


 手と足が2本ずつあるので人型と呼べなくもないが、姿のくずれは、視た者に悪寒をはしらせる。指の数が違うとか、手が長く膝下まであるとか、無機質の爬虫類を思わせる皮膚は岩のようなゴツゴツしてしてるとか。相違点は多い。


 決定的に違うのは頭部だ。肩の上ではなく、左右から2つずつ、計4つの頭が前後に飛び出て、うち2つの口からはリボン模様の長い舌が垂れさがる。しかも4つすべての顔が違ってる。


 ひとつ目は絵の少女。ピンク髪した魔法少女ふうはアニメキャラのようだ。ふたつ目は深海魚ふう。三つめは黒い無機質な岩ふう。そして4つ目は。


「ご存知の方もいるしょう。フリート局長の補佐を勤める事務次官を。雁刃先かりばざき七輝ほくと氏によく似ております。私ごとですが、とある出来事で個人的に好感を抱いており、お顔はよく覚えているのです。話がそれました。はたしてこの超巨大巨大異星人ユーテネス――言いにくいですが――いったいどのような生物なのでしょうか。あ、ガーディウスが仕掛けました。しかし体格差が……人間と家猫くらい違います」


 ガーディウスが跳んだ。垂れ下がる舌の一本にしがみつく。レスキューヘリのロープをよじ登るように、素早く昇っていく。半分ほど。つまり50メートルほどに達したとき、別の舌がガーディウスの足と絡みとり、空中をふりまわした。


「あああ! 巨大異星人ユーテネスがガーディウスをビルに叩きつけた。巨大七光。北海道では知らないものがいない資産家にしてフリート隊員。詳しい事情はわかりませんが彼女も異星人です。ですが破壊するだけの巨大異星人ユーテネスではなく、外敵から我々を守ってくれてます――立ちました。ガーディウスが立った! ビルの破片があちこち刺さってます、とても痛々しい姿です。が、ですが、彼女は無事のようです」


 無謀な戦いの幕は、こうしてあがった。


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