19 ボランティア


 KATUは月島といっしょに、かおりの元へと戻った。アパートだったものは建物の形を失っていた。割れたコンクリート基礎を残して上物は、粉々のガレキを築いていたのだ。壊れた建物はこれだけじゃない。暴れまわった怪物。怪物を倒した守護巨人ガーディウスせいで周囲100メートルほどが似たような有様となっていた。


 大家と住民たちは肩を落とし、それでも視線で互いを慰めながら、住処だったガレキを運んではいくつもの小山を作っていった。かおりも、その中にいる。


「かおりよぉ。帰ってきてもいいんだぜ……イテ!」


 そう言う月島にかおりは、コンクリのついた鉄筋を投げつけた。


「こんな状況でよくいう。だいたい追い出したあんたが、いまさら善人ツラ?」

「出て行ったのは、てめぇだろうがよ」

「大事にしてたグラスを割ったからよ!」

「ありゃ俺が酒屋でもらってきた、ウィスキーの販促景品だろうがよ」

「二度と手に入らないのよ。水割りには最高のグラスだったのに」

「おめーだって、俺のフィギュアをゴミにだしたろうが!」

「邪魔なのよ。いっくらでも増えるんだから」


 KATUはあきれた。くわしいことは覚えてないが、言い分を聞くと、どっちもどっち――フリ言葉に返し言葉、だっけ?――だ。住民たちも一息いれて、痴話ケンカ娯 楽をながめていた。この二人。ここでも言い合いを繰り返していた。


 くだらない水かけ論争。とうとう大家が口をはさんだ。


「斉木さん」

「はい?」


 肩をすくませた大家は、アパート跡地に目をやった。


「雨風がしのげるだけましじゃないのよ。戻んなさい」

「でも……」


 アパートの知人たちも、同意して微笑む。みんな住む部屋を失ってる。ここ以外に、行き場のない人もいる。チンピラ月島がロクでもないが、身を寄せる住処があるだけ、かおりは恵まれている。


「片付けはやっていきます。やらせてください」


 渋々、月島のアパートに行くことに決めると、ガレキの片付けを再開。月島も放っておくわけにもいかなくなり、かおりの10倍ほど渋々、手伝いはじめた。KATUも手を貸し、重い残骸をおっちら運ぶ。鉄、アルミ、ほかの金属、木材、燃える物、石膏ボード、ほか。置き場はリサイクルを考えてあった。


「……なぁオヤジ」

「石膏建材ってのは壊れてからのほうが、くっそ重てぇんだなぁ。なんだあ?」

「中学校って面白いのか?」

「学校ぉ? なんだいきなり。あんなんはな稼業を手伝わない道楽子供がヒマつぶしに群れるとこだ。てめぇは俺を手伝ってエライからよ。行かなくていいんだぜ。そっち持て」

「そうなのか。じゃあさ」

「よっこさほいッっと。口数多いな。今度ぁなんだ」

「オレを拾ったときのこと。おぼえてるか?」

「えはッ」


 持っていた月島の手が離れた。割れ欠けの石膏ボードが地面に落ち、さらに形を崩してバラバラに壊れた。


「な、何度も言ってんだろ。九十九里浜で波にさらされてたんだよ。かおりと見つけて連れてきて育てた」


 KATUが、千葉県の砂浜にたどりついたのは13年前。3歳ほどの裸の幼児。身元のわかるものは身に着けてなかったという。

 おぼろげながらKATUも覚えている。海をただよっていたこと。その前は、暗い暗い塊としてじっと動けなかったこと。どっちとも時間はわからない。数年なのか、数十年なのか、それとも、もっともっとか。


 自分という存在が異質なことはわかっていた。けれど何者かなんてこれまで考えたこともなかった。言われたままに月島についていく。食べて寝て。たまにうまい牛乳を飲む。そんな生活だった。


「あれから13年か。でっかく偉そうになったもんだなぁオイ。シノギまで仕込んでやったんだから、将来は安泰だぜなぁ。俺に感謝しろよ。いくら感謝ししてもしたりねーってもんだ。貢いだっていいんだぜ?」


 雲を割って落ちてくる隕石。あれを見たとき、心ははじめて、ざわついた。へんな自分が、つぶやくのを感じたのだ。ひかりと出会ったときもそうだ。自分がなんなのか。気になりはじめたのは、それからだ。ひょっとしたら隕石の怪物かもしれないと。思い始めた。


 ときどき。疲れたとき。寝ている夜中にカラダの一部がむずがゆくなって、ぐんと伸びをしたくなる。そういうときは起きると、家具やテレビが壊れていた。それが何度もあった。幼いうち壊しもちいさかった。体が大きくなると、かたいものでも壊すようになった。


 何かを壊すたびに、あたりまえだが、月島は怒った。激怒した。てめぇ、これ買うのいくらしたと思ってやがんだ! 蹴られたし殴られたが、かばったかおりも、いっしょに殴られた。だからといって、蹴られたからって子供は大きくなる。成長は止まらない。


 なんども壊しているうちに、月島に変化があらわれた。KATUの顔をみるだけで、危険日かどうか、察知できるようなった。進化したのだ。それはほぼ的中する。月島が「今夜か」疑った夜は、必ずといっていいほど、カラダのどこかが大きくなった。昨夜、女を連れ込むとKATU追いだしたのも、そんなカンが働いたせいだ。


 天井や壁を破壊したのには、KATUもへこんだ。そこまでおおきな破壊はあれが初めてなのだ。いつか、自分じゃどうにもてきない巨大怪物となって、街を壊しまくる日がくる。そんな恐怖が芽生えた。


「そうなったらひかりが殺しにくるのかな」

「なぁにぶつくさ言ってんだ。あらかた終わったぜ。急いでアニキんとこいくぜ。かおり引っ張って……メールだ」


 ズボンの後ろポケットからスマホを取り出す月島。ショートメールの発信者がトップ画面に表示。アニキからだ、と。中身を読んだ月島は、1000匹のムカデに這いずられたような哀れな顔つきになる。


「……ちょう、やべぇ」

「どうしたオヤジ」

「……アニキへの期限、きょうだった」

「きげん? いっつも機嫌わるいだろあの人」

「そっちじゃねぇ。借りた金の機嫌だ」

「金。利息の利息だっけ。ちがった。利息の利息の利息? オヤジに金ってあったっけ」

「俺ぁ宵越しの金はもたねぇ男だぜ……」

「どうすんだ。石狩湾と苫小牧埠頭。どっちに沈みたいかって言われるぞ」

「忘れてたのに、いうな! あ、追加メール……カツ読め」


 月島は、KATUにスマホを与えてないが、月島よりも使いこなす。かおりのでゲームをして慣れたのだ。押し付けられたKATUは、メールを開く。


「ええと ”シノギを一個、かたづければ、期限を10日伸ばしてやる” だって」


 シノギにはいろいろある。縄張りの店に数倍の値段で花を品を卸す。いざこざを仲裁する。傘下を増やしてあがりをもらう。もちろん不動産取引や、土木業務など、ふつうの仕事も請け負うが、複雑な交渉術をもたないチンピラにも、相応のシノギが与えられる。


 月島に周ってくるのは、借金取りの役。貸した金を返さないヤツから利息をつけて返してもらう。同情を買うのか、KATUt連れてのシノギは、月島単独よりも回収率が高かった。

 暴力をふるって返さないヤツもときは、力ずくとなり、それはそれでKATUの出番だ。


 155cm55キロ。発育不全のやせ。首が細い。髪は黒だが角度によってシルバーに光る。みためで侮られるがKATUは力持ちだ。体重の数倍のモノでも楽々持てて、脚が速いから絶対に逃がさない。月島よりも戦力になった。


「待ってくれんのか! さっすがアニキは優しい」


 腕組みするかおりが、片づけを終えてやってきた。喜ぶ月島に、冷水を浴びせかける。


「バカなの正司。笠川が、ただで期限延長するとおもってるわけ? きっちり10日分増えるにきまってる。利息の利息の利息の利息ね!」

「そうなの姉さん。オヤジってバカなんだよ」

「っるせ、おめーら! カツ牛乳の件はナシ! かおり! 片付け終わったんなら。いっしょについてこい!」


「えー……」

「わかったけど、手伝わないわよ」


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