閑話 結婚式を見守って

「お嬢様、綺麗ですね」


扉を開けてから参列席に移動したサラスは目の前の光景にそう感想を漏らした。


そしてちらりと隣のマリアに視線を向けて、唖然とした。


いつも毅然とした様子を見せているマリアが目の前の光景を見ながら涙を流していたのだ。


「マリアさん……?」

「ごめんなさい……どうしても涙が止まらなくて……」

「いえ……気持ちはわかりますから」


サラスとて、本音を言えば最愛の主の幸せそうな姿を見れたことで感極まってしまい、少なからず涙ぐんでしまっていたからだ。


とはいえ、隣のマリアの意外な様子に少なからず驚いているとマリアは涙を拭ってから膝の上に預かっているこはくを撫でて言った。


「私はお嬢様が産まれてからずっとお側にいました。失礼かもしれませんが、旦那様や奥様よりも側にいて……本当の我が子のように思っていました。一度は失ったと思った大切な我が子が心から愛しい人を見つけてあんな幸せそうな表情を見せている――そう思ったら涙が止まらなくて・・・」

「マリアさん……」


ルナのことを自分の子供のように思っていたと語るマリア。


マリアにとって、ルナのいた環境は決して良好なものではなかったと思っている。


貴族の家に産まれてからルナはずっと、家のために無理をしていた。


貴族令嬢として、そして、後に王妃になるべくしてそのためだけに育てられた。


回りの人間は誰一人としてそれをまったく疑問に思っていなかったが……マリアだけはルナがどんなにそのことに苦しんでいたのかも知っていて、尚且つルナに対する回りの態度に内心では腹をたてていた。


貴族の子供なのだから当然のこと、王子の婚約者なのだから当然のことと、回りの人間がそう言うたびに、その裏にどれだけの痛みと悲しみが隠れているかも知らないでと腹を立てるが……所詮はただの使用人のマリアにはどうすることも出来なかった。


側にいながら何一つ助けられないことにジレンマを感じていると、ある日奇妙な噂が流れていた。


内容は婚約者の王子が平民の女生徒にいれこんでいるというものだった。その噂を聞いてから不審に思っていると、そのすぐあとにルナは婚約破棄をされて、なおかつその平民の女生徒をいじめたことで罰として魔の森へと追放になったのだ。


そんなおかしな話をマリアが知ったのはルナが追放されてから丸1日経ってからだ。


当然魔の森に探しにいきたかったが……生存が絶望的な魔の森に1日いて普通の貴族令嬢だったルナが無事だとは思えず、結局流されるままに仕事をこなすしかなかった。


しかし……ルナは生きていてくれた。


ルナを助けてくれたのは魔の森に住む異郷の人間――時雨遥という名前の彼はルナを助けて、尚且つルナに笑顔を取り戻してくれた。


再会したルナは屋敷にいた頃の無理をしているような表情ではなく、どこか明るい雰囲気で、心から愛しそうに遥と話している姿を見てわかった。


ルナを救ったのは間違いなくこの人なのだろうと。


それは色んな意味でのことで、きっと心を含めて全てを救ったのはこの人なのだろうとわかった。


「お嬢様の……ルナ様のあんな幸せそうな表情を私は生まれて初めて見ました。きっと、ルナ様は遥様に出会ってから見つけたのでしょう。本当に自分がしたいことを」

「それは……そうかもしれませんね」


なんとなくマリアの言いたいことがわかるサラス。


彼女とて何年もルナの側にいて支えたきたのだ。


大切な主の心から幸せそうな表情を見て何も思わないわけがないのだ。


「お嬢様は、遥様の隣に一生いたいのですね」

「そうね。きっと、そこがお嬢様にとって一番幸せな場所なのでしょう。だからこそ……私達も頑張らねばなりません」


涙で赤くなっている目を隠さずに、でもいつもの毅然とした表情を浮かべてからマリアは言った。


「お嬢様の幸せのために……今度こそ私達は私達に出来ることをしてお嬢様を支えなくてはなりません。もう二度とあのようなことがないようにお側にいて支えられるように……そして、いずれ生まれてくるお二人のお子の助けにもなれるようにしなくては」


少し早い話のようにも感じるが、遥とルナの結婚が正式になされた以上、そう遠くないうちにありそうなことに決意を固めるマリア。


「私も、もう年なので、いつまでお側にいれるかはわかりませんが……お嬢様と遥様のお子が健やかに育つまでは老いてみたいものです」

「……縁起でもないこと言わないでください。お嬢様を私一人で支えるつもりはありませんよ?」

「ふふ、あなたも言うようになったわね」

「伊達にマリアさんと二人でお嬢様の側にいたわけではありませんから」


そんなことを口にしながらも二人は祭壇で眩しいほどに輝く自分達の主の幸せそうな姿を見て心から祝福をした。


一度は失ったと思った主の心から幸せそうな姿を脳裏に焼きつけて。また、その幸せそうな表情の元になった遥に心から感謝を込めて――二人はその光景を見ていた。


『きゅー!』

「ふふ、そうね。あなたもよろしくね」


膝の上に座るこはくの声に嬉しそうにそう呟く。


ある予感があった。


きっとこれから先、ルナが幸せな一生を過ごすだろうという予感――確信にも似たそれを感じながら二人はその時間を幸せそうに見つめた。



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