第37話 ウェディングドレス

「よし……こんなものかな」


ルナが奥に連れてかれてから遥は早速タキシードに着替えていた。


鏡に映るタキシード姿の自分に違和感を抱きつつも遥は一通り乱れがないかチェックしてから足元で着替えを待っていたこはくを抱き上げた。


『きゅー!』

「うん?どうかしたのか?」


こはくは持ち上げられると何かを伝えるように翼をはためかせてから抱き上げた遥の指を舐めた。


『きゅー、きゅー』

「もしかして……似合ってるって言いたいのか?」

『きゅー!』


遥の言葉に嬉しそうに鳴くこはく。


そんなこはくを優しく撫でて遥は笑顔で言った。


「ありがとう。にしても、やっぱり女の子は時間が掛かるな」


予想通りとはいえ、ルナの着替えはかなり時間がかかっている。


もちろん予定時間よりだいぶ早めに準備には入っているが……こればかりは侍女二人の熱量によるだろうから予測が出来ず、待つことしかできなかった。


遥がルナの着替えを手伝いたいところだが、簡単なメイクや髪をいじる程度なら出来ても式用に凝ったことは出来ないのでここは慣れている人に任せるのが一番安心だろう。


何より久しぶりの再会で積もる話もあるだろうし……本当は今すぐルナに会いたい気持ちをなんとか押さえて大人な対応をする。


(それに、これが終わってから夜は俺がルナを今日の分も目一杯愛でればいいだけだし……うん、大丈夫だ)


……訂正、大人なふりをしているだけで内心はかなりカオスな状態なのだ。


そんなことを考えているとトントンとノックの音が響いてから外に通じるドアが開いて見知った顔が現れた。


「邪魔するぞー……って、おお。似合ってるな」

「ロバート?まだ時間にはかなり早いけど……どうかしたのか?」


現れたのは友人のロバート……本日のサプライズ披露宴に呼んだ数少ない人物の一人は苦笑気味に言った。


「何か手伝いたがあればと思って早めに来たんだけど……お前の方は特に必要ないか」

「まあね。ほとんど準備は終わってるし、あとはルナの着替えだけだよ」

「そうか……それならマイヤ。挨拶ついでに軽く手伝ってきてくれるか?」


そううしろに呼び掛けると扉から現れたマイヤ。マイヤは遥に確認するように視線を向けてきたので遥は首を竦めて言った。


「マイヤならいいよ。お願いしてもいいか?」

「わかりました。あと……少し早いですがおめでとうございます遥さん」


そう言ってからルナのいる部屋へと移動したマイヤ。


その後ろ姿を見届けてから再びロバートに視線を向けると何やら固まっている友人の姿があり視線は遥の手元……というか、遥が抱いてるこはくに集中しているようだった。


「……なあ、遥。その腕の中にいるのは一体……」

「うん?ああ。こはくのことか?」

「……もしかしなくてもそれって龍種か?」

「そうだけど……それがどうかしたのか?」


疑問に疑問で返す遥だが、ロバートとしては遥が何故ドラゴンの子供を抱き上げているのかが不思議でならかった。


しかしまあ、そこは遥だから多少の常識はずれもあるだろうと思って疑問をぐっと堪えて首を降った。


「いや、なんでもないよ。それにしても、えらい変わったデザインの衣装だな」

「そうか?」


遥の着ているタキシードのような衣装はこの世界ではかなり珍しい部類に入るだろう。ましてや、どの時代においても優先されるのは女物の衣装で男物はあまり拘らない人が多いことからも遥の着ているタキシードを珍しそうに見てからロバートはため息をついた。


「それにしてもさんまさか本当にお前が結婚するとはな」

「今さらどうした?」

「なに、何度も言ってるがお前が結婚するなんて想像もしてなかったからな。ましてやサプライズで結婚式をするなんてことを考えるとも思えなくてね。そういう面倒なのは嫌いだろ?」


ロバートの言うとり、本来ならこの手の行事を面倒がってやらないはずの遥がここまで一人の女のために張り切って色々と画策するというのは時雨遥という人間を知る物からすればかなり驚かれることなのだが……そんなロバートの言葉に腕の中でゆったりしているこはくを撫でて遥は言った。


「まあね。俺もここまで誰かのために色々したいと思ったのは初めてだけど……悪くないな」


誰かのために……いや、大切な人のために頑張ることがここまで楽しいことだとは思わず遥は思わず笑みを溢していた。


そんな遥の様子に苦笑しながらロバートは言った。


「ま、なんにしてもおめでとう」

「おう。ありがとうな」


そんな話をしてからロバートは一足先に会場へと向かって行った。マイヤを連れず一人で行ったが……まあ、今日に関してはロバートに害をなす存在はもちろんいないし、何より警備というかこの日のために遥が張り切って仕掛けた様々な結界はもちろんのこといざという時のための強制転移のトラップなども仕掛けているので問題はないだろう。


そんなことを考えながら腕の中のこはくを可愛がっているとしばらくしてルナが着替えているはずの部屋の扉が開かれて――そこで遥の視線は釘付けになった。


「は、遥……これは一体――」


目の前に現れたのは純白のウェディングドレスに身を包んだこの世の美しさを具現化したような圧倒的な美だった。


いや……そんな言葉では語れないくらいに目の前に現れた白銀の妖精に遥の意識は吸い寄せられた。


そして、その妖精――ルナもこのドレスでなんとなく状況を察しつつも遥に改めて聞こうとしたが――出来なかった。


目の前のタキシードを着た遥の格好いい姿にときめいてしまっていたのだ。


「――綺麗だ」


先にフリーズから復活したのは遥だった。


ただ一言そう言ってルナに笑顔を浮かべる。


本当ならもっとうまい言葉があったかもしれないが、様々な感情が入り雑じって結果的にその一言しか出せなかったのだ。


しかし、その一言だけでも遥から言われたことに照れたような表情を浮かべながらルナも精一杯の感情を込めて言った。


「……遥も、その……格好いい」

「ありがとう。しかし本当に……よく似合ってるよ俺の花嫁さん」


その言葉にルナは顔を赤くして視線を反らしたくなったが、遥からの言葉で確信が持てたので思わず言っていた。


「これって、その……結婚式ってことでいいの?」

「ああ。そうだよ。黙っててごめんね。ルナを驚かせたくて色々今日のために準備をしてたんだけど……怒った?」


その言葉にルナは首を横に降って言った。


「違うの……びっくりしちゃって……いきなりこんな不意打ちで色んなことが起こるなんて想像してなかったから……」


不思議な気持ちだった。


今まで結婚というものに関してあまり思うところはなかった。


いや、正確には遥に会うまでただの儀式だと思っていたので特に気にしてなかったが……遥に出会ってからプロポーズされて、一緒の時間を過ごして、そうして、今日、遥からサプライズで結婚式を開催されてルナは心から嬉しく――幸せを感じていた。


「遥……ありがとう……」

「むしろこっちがありがとうだよ。こんな綺麗なルナを本当に俺の花嫁に出来るなんて今まで生きてきて一番嬉しいことだからね」

「うん……私も……こんなに格好いい花婿さんのお嫁さんになれて幸せだよ」


心から幸せそうに笑みを浮かべるルナ。


いつもの可愛さにプラスしてウェディングドレスという衣装がルナの可愛さに磨きをかけていた。


自身がデザインして作ったドレスなのに単体で見るより何倍も輝いて見えた。


それくらいキラキラと眩しいルナに近づくとそっと膝をついてルナの手の甲に軽く口づけをしてから言った。


「じゃあ、行こうか……俺のお姫様」


少しキザったらしい普段なら言わないような単語を恥ずかしげもなく言う遥に――いつもなら照れて素直になりきれないルナも嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「はい……お願いします。私の王子様」


そうしていつの間にか遥の腕から抜け出したこはくがいた腕が空いたので、そこにルナを抱きつかせて二人はゆっくりと教会に向かって歩きだした。


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