閑話 交渉失敗

「……今、なんと申しました?」


険しい表情を浮かべているのはシルベスター王国の宰相であるガイ・マルネシア公爵――苦労が忍ばれるように目の下に隅が出来ている彼は目の前の人物にもう一度確認するように言った。


「我が国との交流を今後一切しないと――そう言ったのですか?」

「ええ。そうです」


ガイの対面に座り、にこやかにそう答えるのはアーカシア王国の宰相であるスルート・セレスタ公爵――今年で50歳とは思えないほどに若々しい外見の彼はガイに向かってあくまで世間話でもするかのように言った。


「我が国は貴国とは今後一切関わりあいにならない。それがお互いのためでしょうからね」

「……お言葉ですが、我が国は今非常に危うい状況にあります。このような時ほど助けあいが必要だと思うのですが……」

「はは、面白いことを仰いますね。そういえばここ最近貴国は国王陛下が変わられたそうで――それならばますます自国の力だけで頑張るべきでは?」


狸め……と内心で舌打ちをするガイ。


そもそも、彼としても他国の力を借りられるほど容易い状況ではないことはわかっていた。


長年他国との交流を持っていなかったのだから突然押し掛けて助力を要請してもうまくいくわけがないと、わかってはいたが……ここであっさりと引き下がるわけにはいかないので最低限の助力を要請するために口を開いた。


「では、せめて時雨遥殿への伝達の手筈だけでもお願いできないだろうか?彼とここ最近密接に連絡をとられているのは貴国だと思うのだが」

「そうでしょうか?確かにここ最近時雨遥様とは我が国は親しくさせてもらってますが……」

「だったら……」

「ですが、それと貴国へ協力をするのはまるで別の話です。我が国が貴国と時雨遥様との間を取り持つことに何のメリットがあると?」


飄々とそう言われてしまえば何も言えないガイ。


我ながら無茶なことを頼んでるとは思うが、ここで退いてしまえばやがてくる国の崩壊に拍車をかけるようなものなのでなんとか交渉をしようとするが……いかせん、交渉のためのカードが少ないので後手に回ってしまう。


そんな歯痒そうなガイにスルートは笑顔で言った。


「貴国が危うい状況なのはなんとなくわかりますが……全く関係のない我が国が貴国を助けるメリットなどないでしょう」

「……いえ、全く関係ないということはないでしょう。同じ世界に生きる同族として――」

「マルネシア殿……私も仕事があります故に手短に言いますが、我が国が貴国と関わりあいになることは金輪際ありません。時雨遥様との関係を取り持てと言われましても、私達から出来ることは何もありません。これが結論です」

「……何故か理由を伺っても?」


そうガイが言うとスルートはそれに心底可笑しそうに言った。


「もちろん、時雨遥様との関係を悪くすることを我が国は望んでませんので。時雨遥様が貴国との交流を切った以上お世話になっている我が国としては、全く関係のない貴国よりも時雨遥様の方が大切なのですよ」


つまりスルートはこう言ったのだ。


『遥に喧嘩を売るくらいならシルベスターと喧嘩をする方がよほど楽だ』と。


もちろんここまでストレートに言ったわけではないが、意味が伝わっているのかガイは頭を抑えて言った。


「……せめて時雨遥殿への言伝だけでも頼めませんか?」

「無理です。ですがそうですね……一応内容は聞きましょう」


目の前でやつれている男への同情なのかそう聞くスルート。


それに対してガイは不思議に思いつつも要求を口にした。


「我が国との交流についてお互いに話合いがしたいということを――」

「はは、そんなことを伝えたら我が国が危うくなりそうなので遠慮します。それにしても……何をやったら時雨遥様の機嫌をここまで悪く出来るのかは興味がありますな。無論参考にはならないでしょうが……」

「……私達が何をやったと?」

「おや?本当はわかってるのに惚けるのはあまりよくないですよ」


そう言って微笑むスルートにガイは胃を抑えて言った。


「こちらとしても全く心当たりがないので困っているのですよ。ですから何か手掛かりだけでも得たいと思っているのですが」

「おやおや……マルネシア殿はなかなか豪気なお方だ。それでは怒ってる相手に何に対して怒ってるのかと聞いているのと同じようなものですよ」


さらりと自陣に遥がいるように言葉を発したスルート。


シルベスターとは違い、遥の助力を得られることを仄めかしてくるスルートの意地の悪さにキリキリと痛む胃を抑えてガイは言った。


「では、時雨遥殿が我が国との交流を切った訳だけでも知ってたら教えて貰えませんか?」

「はは、私からは何も言えませんな。ですがそうですね……そういえば時雨遥様はここ最近になってご結婚されたとか――それが心境の変化になったやもしれませんな」

「そうですか……」


なんとなくわかっていたことだが、改めて言われてなんとなく事情を察したガイ。


どんな状況なのかはわからないが――おそらく、現国王の元婚約者であった、ルナ・エルシア元公爵令嬢が今回の件に少なからず関わっているのだろうと確信を持てた。


まあ、それを知ってもガイに出来ることは何もないので結局この日の交渉が失敗したことでガイはこの職を早くに退くことを誓ったのだった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る