第5話 大事なもの

 大事なもの。

 

 私は小さな頃から中ぐらいの頃まで、この大事と言う言葉を「おおごと」と読み間違えていて、いえ間違いというわけでもないのでしょうけど、まぁ文脈にそえば大体の場合は「だいじ」と読みますから、普通は大切と同義の大事なもの、なわけです。


 ある日の担任の先生は私たち子供達にあなたにとっての一番大事なものの絵を描いてきてくださいといった、お決まりの定番のよくある宿題を出しました。


 まだ大事の意味がわかっていなかった私、今でもいまいちわかっていない私、これからもきっとな私。お決まりなのに、いつの時代の私にとってもその問いは頭を抱える難題です。

 

 その頃の私はその文字面から推察するに何かとんでもなく大きなものを思い浮かべました。言うなればユーラシア大陸とか、転がり出したら止まらない大玉転がしとか、一本釣りされたカジキマグロみたいな、なんとも手応えのありそうな大事なものたちです。

 

 でも私にそんな大事は持ち合わせがないし、どんなに頭をこねくり回しても大事な物が浮かんでこなかったから、その頃まだ命のあった母にあなたにとって一番大事なものって何ですかって、尋ねてみたところ「そんなのあんたに決まってるじゃない」と即答したのでした。


「何で。クラスでも背の小さいもの順で三番目なのに」

「そりゃあんたの身体は小さいけれど、私にとったら一番大きい存在だからね。見た目の大きさじゃなくて、あんたの心の中で一番大きいと思うものを描いたらいいんじゃないの」


 それを聞いて私は大事なものが何か、ますますわからなくなってしまいました。母にとって私がまさか大きな存在だろうとは露ほども思っていなくて、だってあの日以来、私のことをよく打ったりしていたので、私のことを嫌いか、もしくは何とも思っていないかのどちらかだと思っていました。


 それとも大事なものだからこそ、痛め付けたくなるようなこともあるのでしょうか?

 

 私も思えば持っていたお気に入りのぬいぐるみを気が向いたときに気が済むまで殴ることがありました。そのぬいぐるみが憎いわけではなく、ただふわふわして殴りやすかったからでした。それと一緒のことなのでしょうか、やっぱりわかりませんでした。


 ただ今の私も、その頃の私も変わらず心の中を大きく占めていたのはあの血の赤い色でした。


 翌日、合体ロボの玩具、マウンテンバイク、シルバニアの大きな家、両親の似顔絵、みなさん思い思いの「大事なもの」を発表するなかで、私が発表したのは赤鉛筆で大きく塗り潰した丸でした。私のなかでどんどん大きく膨らんでいく赤を描きました。先生は赤い風船が好きなのかなと言っていましたが、もちろん違いました。

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