死への誘い

第1話 死への誘い 1 自殺屋

※全7話。 2話同時公開 1/2


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 とある地方都市の噂。


 どこで披露しても通じるようなメジャーなものではなく、地域に根差した極々ローカルなネタ。オカルト染みた都市伝説の類。


 何でもその街ではここ最近、不審な遺体が相次いで発見されているという。


 大抵は事故死なり病死なりで、特別な事件性はない……という扱いになっている。表向きは。


 それぞれの遺体の状況、発見場所、年齢、性別、職業、住んでいる地域などはバラバラ。一見して関連性は見当たらない。


 だが、噂は語る。


 亡くなった人たちには共通点があるのだと。


 それは、交流サイトであったり、各種SNSへの書き込みなりつぶやきの履歴。


 遺体となって発見された人々は、ある意味では望みを叶えたのだという。


『死なせて欲しい』

『生きていても楽しいことなんてない』

『誰か一緒に死んで』

『色々と準備をしたけど……踏ん切りが付かなかった』

『何故こんな苦しみの中で生きなくちゃならないんだ』

『学生時代にいじめられて引きこもりになってドロップアウト。いっそのこと、周りを道連れにして……』

『幸せそうな家族やカップルなんかを見ると、無性にメチャクチャにしてやりたくなる』

『ああ、今日も自分以外は皆が幸せそうで苦しい……いっそのこと皆死ね』

『なんで私だけがこんなに苦しまなきゃならないの?』


 そのような書き込みをした者が……小さな意思表示をした者が、後日、遺体となって発見されているのだという。もちろん真相は定かではない。あくまでただの噂なのだから。


 苦しみをほんの少し吐き出すだけで死ぬ?


 いやいや、そうは言っていない。


 書き込みをした彼ら彼女らは、本心からソレを望んでいたのだという。


 嘘か真かは分からない。ただ、彼ら彼女らの共通点。


 それは『死にたい』という想い。願い。


 そして、人々は実しやかに囁くのだ。


 この街には、『死にたい』『消えてしまいたい』という願いを叶えてくれる存在がいるのだと。


 別の噂、マイナーな都市伝説になぞられて、不意に訪れる不審な死をばら撒くその者は……『自殺屋』などと呼ばれている。



:-:-:-:-:-:-:-:



 ……

 …………

 ………………



 薄暗くそこはかとなく妖しげな空気の漂う店内。

 カウンターだけの小さなバー。

 静かに抑えられたスムースジャズが流れる。


 相も変わらず〝まとも〟な客はいない。定位置となる、入口にほど近いカウンター席に生気のない瞳の地味な男が一人。ウイスキーの水割りを傾けている。


 カウンターの奥には、初老のマスターが店内の調度品に溶け込むかのように静かに佇んでいる。


 それはいつもの光景。


〝事件の前〟のいつもの光景。


「……で? マスター直々ということは……今回は〝管理者〟絡みの案件ですか?」


 静寂を破る男の質問。声量は決して大きくはないが、静かな店内によく通った。


「えぇ。まさにその通りです」


 マスターは朗らかな笑みを浮かべつつ応じる。


 呆気ないほどの肯定に男……鹿島かしま秋良あきらは若干の肩透かしを食らう。


「……いつもはわざとらしいほどにはぐらかすのに、今回はやけにあっさりと認めますね?」

「ふふ。いつも同じでは芸がないでしょう? それに、今回の件は秋良さん好みではないかも知れませんので……初めから〝こちら〟のオーダーであることを知らせておこうかと……」


 追い打ちのように事情を明らかにするマスター。秋良に対して、要は『やる気の有無に関わらず動け』……と、言っているだけのこと。


「……くく。まずはじめに逃げ道を潰そうって魂胆ですか。まぁ心当たりがあり過ぎるので、文句も言えないのが辛いところですがね」

「ふふ。私個人としては、秋良さんの独善的で奔放なところも嫌いではありませんが……所詮は私も中間管理職に過ぎませんからね。今回の依頼におけるキーパーソンは、界隈では『自殺屋』などと呼ばれている〝被験体〟です」

「……被験体ねぇ。つまりは元・勇者や俺のご同輩ということですか?」


 グラスを傾け、口を湿らせながら平静をよそおうも……徐々に不穏なもの感じつつある秋良。もっとも、この店でマスターと話をする以上、今更のことでもあるが。


「ふふ。秋良さんが想定するような方ではありませんよ。異世界からの帰還者ではなく……いわば現地の協力者というところです。異能とはまた違った異質な特性を持つ、いわばこの世界の〝バグ〟のような方です」

「はは。〝バグ〟ときましたか……ま、とにかくそのバグだか自殺屋だかを始末しろと?」


 マスターが白々しくはぐらかさないのであれば……と、秋良の方も単刀直入な切り口で問う。だが、マスターから語られたのは予想外の依頼内容。


「いえ、違います。そもそも如何に秋良さんであっても自殺屋を。今回の依頼は自殺屋である彼女を、ただ止めて欲しいのです。大人しくさせると言いましょうか……最近は少々目立っているようですから……」

「? よく分かりませんね? 管理者マスターはその自殺屋……彼女ということは女ですか。とにかく、そいつを始末したいわけじゃない? 止めるというのは……つまりは殺すなと?」

「はい。我々は彼女の死を望んでいません。もっとも、彼女自身はどうしようもなくと願っているでしょうけどね」


 一瞬。秋良は目の前が明滅したような錯覚に陥った。マスターの妖しき語りとその微笑みに……得体の知れないナニかを感じた。


 彼が何も知らずに異世界へと送られた日がダブる。違和感。


「……まったく。やけに素直だと思えば……何のことはない。今回もこれまでと同じ。肝心なところでえらく勿体ぶるじゃないですか? 壊すことしか能のない俺に、殺さずに止めろとはね」

「はてさて? 一体何のことでしょう? 私が秋良さんに頼むのは、貴方なら素晴らしい結果を出すだろうと期待してのことですよ?」

「はッ! どの口が。よく言うよ。……ま、ここ最近はマスター直々の依頼を立て続けにすっぽかしてましたからね。今回は素直に引き受けますよ」


 秋良はグラスに残っていた水割りを一気に呷る。カラリと氷の踊る音がすると共に、アルコールの心地よい熱が広がる。酔えない酒ではあるが、気分だけでも高揚させたいという……ただの悪あがきに過ぎない。


「ありがとうございます。あぁ、これは私の個人的な予想に過ぎませんが……自殺屋である彼女とのやり取りの中で、秋良さんは一つの心残りを解消することができるかも知れませんよ?」

「……はは。まるで胡散臭い占い師だとか、寓話に出てくる怪しい悪魔って感じですよ。ま、どちらもマスターにはお似合いですけどね」


 彼は既に店を出るモード。いつの間にか、グラスを置くコースターの下に差し込まれていたメモ。自殺屋の情報を手に取り、店の扉に手を掛けている。


「では、胡散臭い占い師からもう一つ。……秋良さん、私は貴方のことが嫌いではありません。できるなら、貴方には自殺屋のようになって欲しくはない。……今はそれだけお伝えしておきましょう」

「……はは。まぁ、その言葉の真の意味を理解できたなら……その時はまた呑みに来ますよ」

「お待ちしております」


 秋良は振り返らない。マスターに背を向けたまま応じつつ、重厚なドアを開けて店を出て行く。


 澄んだドアベルの音が店内に余韻として響くのみ。


 秋良はマスターが、その意味を知っている。


 次にこの店を訪れるのは……依頼が完了した時。その時には、マスターの言葉の意味が理解できているだろうということ。


 また、マスターが『自殺屋のようになって欲しくない』と言うのであれば……秋良が自殺屋のようになってしまえば、また別の被験体誰かに依頼が出されるのだろう。


「(さてと……今回は暴力沙汰はなし……と、見て良いのかねぇ……?)」


 手元にあるヒント。自殺屋とやらの情報を基に鹿島秋良……『解決屋』が街に放たれた。



:-:-:-:-:-:-:-:



 ……

 …………

 ………………



 マスターからの依頼を受け、さっそくの翌日に秋良が足を運んだのは……とある調査会社。


「……ふぅ。貴方の訪問に時間を取るのは別に構いません。ただ、できるなら事前にアポが欲しいんですけどね?」

「それは失礼。てっきり代表というのは、デスクに踏ん反り返って割と暇なのかと思っていましたよ」


 白々しい上に失礼なことをあっさりと言ってのける秋良。


 相対するのはまゆずみ香織かおり。調査会社である黛エージェンシーの代表。所謂探偵さん。


「私もそうありたいと思いますけどね。期待を裏切って悪いんですけど、うちは代表も現場や事務仕事に奔走する小さな会社ですから。……さて、時は金なり。前置きはなしで本題をお聞きしましょう」


 呆れが溜息となって外へ出て行く。

 あくまで黛香織の私事ではあったが、『解決屋』と関わりを持って以来、会社の方へ突然の訪問を度々受けている。確かに迷惑していないといえば嘘になるが……かつての問題解決の際に『解決屋』は金を求めなかった。


 彼が求めたのは黛エージェンシーへの伝手つて。それを求めた結果が今であり、香織としては鹿島秋良の頼み事を聞くこと自体に文句はない。むしろ、長年の問題を解決してくれた彼への対価としてはまるで足りないと考えている。


「いつもすみませんね。……今回は『自殺屋』と呼ばれる奴のことです。実は当人の情報は得たんですが、如何せん俺はその『自殺屋』の噂なりの状況を知りませんので……」


 そう言いつつ、彼は小さな走り書きのメモを差し出す。そのメモにはただ名前だけが書かれているのみ。


藤ヶ崎ふじがさき紗月さつき


 マスターからの情報はそれだけ。当たり前に考えて自殺屋と呼ばれる女の名前。


 黛香織にはもちろんその名前に心当たりはない。見聞きした覚えもだ。ただ、噂として自殺屋のことは多少は知っている。


「自殺屋ですか……と同じく、新しくてローカルな都市伝説のような噂話程度は知っています。とりあえず、この名前の者を調べるということで?」

「ええ。あと、噂程度の話を聞かせてもらえますか?」


 その時、二人がいる応接室のドアがノックされた後に開き、小さめのトレイに珈琲とちょっとしたお菓子を乗せた男性が入室してくる。


「失礼します」

「これはご丁寧に。ありがとうございます」


 秋良と香織の前にコーヒーカップをそっと差し出す。


 その動きを邪魔しないようにしつつ、香織は受け取ったメモをそのまま男性に渡す。男性も違和感を持つこともなくメモを受け取り一瞥するのみ。そして、一礼した後にそっと退室していく。阿吽の呼吸。


「それで……自殺屋の噂でしたね?」

「ええ。知っているだけのことで構いません」


 秋良も一連のやり取りに口を挟むこともない。そこにはプロの仕事をする者への信頼がある。客に見せるちょっとした小芝居が黛エージェンシーの演出に過ぎないとしてもだ。


「あくまで噂ですが……『死にたい』と願う人の何らかの発信に応えるのだとか。SNSが多いらしいけれど、特に根拠があるわけでもないようです。ただ……いくつかの自殺と思われる不審死の中には、自殺屋とのやり取りの痕跡が見つかったケースもあるようです。これは噂話ではなく、警察関係者筋からの情報なのでそれなりに信憑性はあるかと……」


 自殺屋の噂。要は『死にたい』と願う者の下へ現れるという都市伝説系の話。そこまでなら本当にただの噂話なり、フィクション的な都市伝説で済んだ。ただ、実際に自殺屋とやり取りをした後に……遺体となって発見されたケースもあるのだという。


「なるほどね。あぁそう言えば……拓海たくみ君はもう大丈夫なんですか? まさかまたを考えたりは?」


 秋良が介入して解決したかつての案件。母親の無理心中にて生き残った幼子……羽岡はおか拓海たくみを黛家が引き取って養育していたのだが、そんな彼に死んだ母親の死霊が取り憑いて周囲の者へ危害を加えていた。


 結果として秋良が死霊を引き離したのだが、羽岡拓海は死霊の呼びかけに心を擦り減らし『あの時、母と一緒に死んでいれば……』という思いを持つに至っていた。危うい心理状態のままで数年を過ごしていたという状況がみられたのだ。


「……その点はご心配なく。実は私が自殺屋の噂を知ったのは、拓海と話をしたりして諸々を調べている時のことでしたから。あの子も自殺屋のことは知ってました。もちろん、特に〝意思表示〟はしなかったようですけど……」


 彼女は語る。


 血の繋がりのない息子が思い悩んでいた数年前、彼はある噂をネットやSNSで見つけたのだと。


 当時は自殺屋などという名称ではなく、『五月様』という噂だったという。


 半信半疑ではあったが、羽岡拓海はその噂話や、五月様へのメッセージを積極的に発信している掲示板などに目を通すようになっていったという。


「そして、拓海は書き込みをしていたと思われる人の死亡ニュースを見つけた。……先ほど伝えた『自殺屋とのやり取りの痕跡』はそこから調べた結果です。……もっとも、リアルタイムで拓海は一連のことを口にしなかったし、そのケースは既に三年も前のことで、不可解さを残したまま事故として処理されたそうですけどね。自殺屋として噂が出てきたのはつい最近のことだけれど、そのディティールは拓海が触れた五月様と似通っています」

「五月様ですか……藤ヶ崎紗月のから? また安直な」


 マスターからの情報にあった人名そのまま。まさかと思いつつ、秋良はどこかで確信している。人の噂というのは大元を辿れば安直で単純なモノだと。自らの『解決屋』の名称も同じだ。誰も名乗ってないのにいつの間にか定着してしまっている。


 問題を解決してくれたから……というまさに安直な理由から。


「ちなみに、数年前の五月様は十代の若い子たちを中心に広がり、全国各地で実しやかに囁かれていたようです。一方で今の自殺屋は幅広い世代に広まっていますが、どちらかと言えば多相市近辺のローカルネタという印象が強いですね。まぁ、どちらもSNSをきっかけとしているのは同じですけど……」

「もしその五月様なり自殺屋なりが個人……例の藤ヶ崎紗月氏の仕業なら、今現在は多相市に潜伏している可能性が高そうですね。ま、だからこそ〝俺〟に対して依頼がきたんでしょう」

「……」


 生気のない瞳。特徴のない地味な顔。中肉中背。どこかくたびれて枯れた雰囲気を持った三十代の男。鹿島秋良……『解決屋』。


 彼が誰から依頼を受けて動いているのかを黛香織は知らない。聞かない。調べようとも思わない。


 その見た目からは想像もつかないナニかが彼にはある。この多相市には『異能』と呼ばれる超能力を用いる者が少なからず存在しているが、その異能者たちともナニかが違う。


 香織にとって秋良は息子を助けてくれた恩人ではあるが……だからこそ、決して踏み込まない。一線を引いた関係性を保つ。


「……では、藤ヶ崎紗月氏のことの調査をお願いします」

「ええ。お任せを。調べがついた時点で連絡を差し上げれば? それともこちらで少し張り込みをしましょうか?」

「あぁ、張り込みとかは要りません。この件は俺が普段お遊びで受けているようなケースとは別……〝ホンモノ〟のケースのようですからね。下手に刺激を与えるとマズい相手かも知れません。調べるにしても、違和感があれば引いてくれて結構です」

「……心得ておきましょう」


 今回のケースは五月様ないし自殺屋。


 管理者マスターからの直接の依頼。


 鬼が出るか蛇が出るか?



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