第6話 二つの意思

 マサミツたちが事故に巻き込まれる直前のこと。




 海ちゃんは、気持ちが落ち着くように毛布でくるまれたキャリーバッグに入れられマサミツの車で新居に向かっていた。


 マサミツが傍にいてくれるだけ嬉しかった。

 撫でてくれるとオシッコしそうになってしまうほど大好きだ。



 この日、運転中も何かを話しかけるマサミツの姿は見えなかったけれど、楽しそうなマサミツの声に、海ちゃんもなんだか嬉しくてしょうがなかった。


 が。

 突然、首筋の毛が逆立った。

 何かの危険を感じた。


(逃げて! 逃げて! ダメ! 危ない!)


 海ちゃんはキャリーバッグの中で騒いだ。


(早く! マサミツ! 危ない!)


 必死でどたんばたんと暗いキャリーバッグの中を暴れる。

 気が付いて欲しかった。まだ何も伝えてないじゃない。


 マサミツと一緒にいたい。

 ずっと一緒にいたい。


 海ちゃんは全身全霊そう願った。


 ◇◆◇◆◇◆


「なんとまあ、これほどとは驚いた」

「でしょう? なんとかしてあげたいのよ。手伝っていただける?」

「それは構わないが大丈夫かね? このままではすぐに二つの心がひとつになってしまうぞ」

「ええ、急かして申し訳ないですがそれで相談なんです。クリスファウ様のお力で人間の、そう確かマサミツという青年の心をすくい上げることはできますか?」

「無茶をいうな、エクスエス。この仔猫がしっかりしがみ付いているではないか。ほとんど同化している。引き離そうとするとどちらも虚無となるぞ」


 声だけの世界。

 そこに響くのは意思あるものの声。


 声の主は宇宙の誕生とともにある二つの意思だ。


 ひとつはエクスエス。意思のありようで若い女性のような声だがそこに性別はない。

 もうひとつはクリスファウ。結構な年寄り風の男性の声だがこれも男だというわけではない。


 どちらも互いをそう呼んでいるだけで名前にあまり意味はない。


 今ふたつの意思は、地球という星からはじき飛ばされて「命の循環輪」の外で彷徨さまよう魂を前にしていた。マサミツと海ちゃんの魂だ。


 これを「流離さすらい星」と二つの意思は呼んでいる。

 開闢かいびゃく以来三つ目、過去のいずれの星とはまた違った魂の姿だ。


「仔猫の心にわたしが話してみます。仔猫が自分から離れてくれるように。マサミツと心がひとつになると魂が耐えられず苦しみだけが未来永劫繰り返されるのだとわかってくれるはずです」


 最初の「流離さすらい星」の運命を思い出してエクスエスの声が少し震えていた。


「それこそ仔猫の望まないことのようだからな。同意してもらえる可能性はある。だが青年の方はどうする?」


 クリスファウが尋ねた。


「彼はそのままでいいと思いますよ。この仔猫を大事に想っているのは当然ですけど、力を持たないものを広く守ろうとする心が強いのです。生前はそういう仕事をしていたようですし説得しなくても受け入れてくれるでしょう」


「いいだろう、エクスエス。仔猫への説得を始めてくれて構わない。様子をみてこの青年の心を拾い上げてみる。どれ、わしも彼の者の心の底を見ておくか」


 クリスファウはじっとマサミツの心を読み取り、やがて驚きを押し隠すように呟いた。


「見事な心根だ。そして美しい。仔猫が離れたがらないのも当然だ。この者に祝福ギフトを与えたくなるではないか」


「あら、それには私も賛成ですよ。でもあまり過度なものはお止めくださいね。仔猫の希望もいろいろ叶えてあげたいの。きっといくつか能力と祝福をあげることで納得してもらえると思うのです」


 仔猫の説得を始めたエクスエスは、混乱して昂る海ちゃんを優しく鎮めながら、心がマサミツから離れても共に在り続けられること伝えた。


 マサミツの魂にがっちりとしがみつく海ちゃんは次第にエクスエスの声に耳を傾け始め、このまましがみついているとマサミツが不幸になることを理解し始めた。


 ―― 仔猫さん。今までと同じように仔猫さんあなたとマサミツさんでいられるようにしますね。だから、マサミツさんが新しい世界で困らないように支えて欲しいの。できるかしら?


(できるよ! だからマサミツとわたしをひきはなさないで!)


 ―― 安心なさい。マサミツさんと繋がり続けられるようにするわ。あなただけの力よ。意思疎通というの。マサミツさんを守るための力の中に入れておいたわ。猫族が受け入れやすいようにしてあるから、あなたが困ることはないはずよ。


(ほんとうに? マサミツにきらわれたりしない?)


 ―― マサミツさんもあなたのことが大切なのよ。嫌われることなんてないわ。でも人族は猫族とは違うから、あなたが出来ることでマサミツさんを助けてあげて。そうすれば今以上にあなたのことを大事に思ってくれるわ。最初は大変だと思うから二人で住む場所や食べ物にマサミツさんが困らないようにあなたがいろいろ教えてあげるのはどう? できそう?


(うん! できる! ちゃんとやる!)


 ―― いい仔ね。あなたたちが幸せでありますように。


 海ちゃんの気持ちが新しい世界への期待に向いた瞬間、クリスファウがマサミツの心を掬い上げた。

 そしてエクスエスが残った海ちゃんの心を拾い上げてそれぞれの魂に納めることができた。


「お見事です、クリスファウ。傷ひとつなく魂を分けられました」


「では、わしも少し祝福を。二人、いや一人と一猫か。彼らが過ごした地球での記憶はそのままに。マサミツという青年には今の美しい心を生かせるようにわしの祝福と助けとなる技能を与えよう。そして新たな星で必要となる「情報」と「知識」をも」


 クリスファウに続いてエクスエスも宣言する。


「彼の者たちが住む新たな星レグルスでの生を全うできるよう、心の中にあった願いを形にして与えましょう。住まう場所、生きる術、願いを叶うための力。地球ではステータスボードと呼ぶ彼の者たちだけの証とともに」


 こうしてマサミツと海ちゃんは新しい世界に転生したのである。





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