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「水島…。」


「あ…上原…」


いつの間にか目を覚ました上原が、

遠慮がちに近付いてくる。






「…何ともねぇのか…。」


僕が無言で頷くと上原はそうかと告げ、

安堵の息を吐き出す。


それから僕の身体を確認するよう視線を泳がせた後、申し訳なさげに眉間を歪めた。



…何となく気まずくて、互いに黙ってしまう。






「…じゃあ、綾ちゃんは上原君にお任せして。ママはお店に顔出してこようかしらね~。」



空気を察した母が立ち上がり、上原に手を振る。

畏まった様子の上原は、ぎこちなくも軽く頭を下げた。




母は部屋の入口まで歩いていき。

そこで思い出したかのように声を上げ、振り返ると…





「綾ちゃん身体の方、平気だったら上原君の怪我を手当てしてもらえるかしら?ママがしてあげる~って言っても彼、照れちゃって。全然させてくれなかったのよ~。綾ちゃんだったら平気な筈だから、お願いね?」


「なっ…!!」


「あと、しっかりふたりでお話して…ちゃあんと仲直り、するのよ~?」


外見からして不良な上原を、恐れもせずからかう母は、そう僕に告げて。

ウフフと楽しそうに笑いながら、跳ねるように部屋を出て行った。







「はぁ…お前のお袋さん、なんか調子狂うんだよな…。」


流石の上原でも、うちの母親には敵わないらしく。

参ったとでも言うかのように頭を掻き、苦笑いを浮かべていたから…。


僕は先程までの緊張を解いて、自然に笑う事が出来た。







母親が出て行き、妙に静寂と化した自室で。

ふたり向かい合い、座る。


足元には救急箱を広げていた。






「すぐ手当てしないから…化膿してるじゃないか。」


痛々しい傷口を目に、嘆息し呟けば。

バツが悪そうに睨んでくる上原。


喧嘩最強と噂される上原でも…女性には弱いようだ。

特に母さんみたいに特殊なタイプなら、尚更。







「染みるから…。」


痛まないよう、そっと切れた口端に消毒を含ませたティッシュをあてがう。

怪我には慣れているのか、上原は身動きひとつせずに。じっと僕の顔を見つめていた…。





更なる沈黙と熱い視線に落ち着かなくなり、

僕は何とか話題を探し口を開く。




「…何であんな、喧嘩なんかしたんだ?」


「…先に殴られたの俺なんだけど…。」



僕の質問に対し、腑に落ちないと正論で返す上原。




「それはそう、だが…素人相手に、あそこまでしなくてもっ…」


口ごもる僕に、上原はハァとわざとらしく重たい息を吐く。





「あんなぁ…お前、自覚あんのかよ?」


「えっ…?」


質問の意図が解らず、首を傾げれば…。

また面倒臭そうに溜め息を吐かれてしまった。





「俺がお前を好きだって事と、芝崎がお前を好きだって事をだよ!」


「なッ…!!」


そんな正面切ってはっきり言われると、困る…。


僕には恋愛に対する免疫が無いのだから。

もう少しオブラートに、包んでくれないものだろうか…。



顔が熱を帯び、赤くなっていくのが解ったから。

遣り場なく俯けば…上原が意地悪く、





「これだから天然はやりずれぇんだよ…。」


…とボヤいた。



天然…とはもしかして僕の事だろうか?

それはちょっと釈然としないが…。





それ以降、上原は黙り込んでしまったものだから。


僕も下手な話は出来ないまま…

覚束ない手付きで、腫れた箇所に湿布や絆創膏をペタペタと貼り付けていった。

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