火熾す花束

 大きな蕾が落ちてきた。

 空から、あの飛んでいる黒いものから、鼓膜の破けそうなほどの衝撃で、僕の隣に。

 普通なら、飛び上がって驚くんだろう。

 けれど、この脚はピクリとも動かない。

 不可解より、疑念より、驚嘆より先に、それはおぞましいものだと、この世にあってはならないものだと。

 自明の恐怖が、身体を支配した。

 衝撃があってから、どれくらいの時間立ち尽くしていたのだろう。

 通りの人混みは散り散りになって、周りには人っ子ひとり見当たらない。

 慌てる姿が視界から、異常な喧騒が聴覚系から逃げ果せるぐらいの時間は経ったんだろうか。

 その間、蕾は地面を抉った以外に何かをすることはなかった。

 閑散とした街の外れ道で、鼓動を聴く。

 冴えた視線は右の足下からゆっくりと、僅かに離れた黒を目に写す。

 そこには、膝丈の半分ほどの細い蕾。

 ジリジリと細い煙と熱をあげている。

 禍々しい花弁の微動、煙の漏れるかどうかというほどの隙間がつくられた。

 ああ。

 咲きそうだ。

 それを見て、心臓が跳ねる。

 荒くなった呼吸がつっかえるほど一撃が。

 次の瞬間には、衝動に駆られた身体を飛び込ませて、蠢いた花弁を両手で抑えていた。

 まるで、無数の線香花火を掌で握り潰しているような感覚だ。

 僕は今、どんな顔をしているのだろう。

 痛みなど、どうだっていい。

 この手を離してはいけない。

 まだ、こんなに寒い。

 蕾は蕾のままで。


 突然、目の前が蒸気で真っ白になった。

 ぼやけた視界を振ると、僕の身体は蕾を両手でこれでもかと握ったまま近くの川に飛び込んでいた。

 ここまで、走ってきたのだっけ。

 眼鏡は、どこにやったっけ。


 突然、蒸気が止んだ。

 ここはどこだ。川は?

 ぽつぽつと商店がみえる。人はいない。

 こけたのか、地面と顔が異様に近い。

 両手の感覚がない。どうして血だらけなんだっけ。なんだか重いものがくっついている。なんだっけ。

 ああ、そうだ。そうだった。


 突然、目の前に女の子が現れた。

「おにいさんどおしたの?」

 霜の降りたような白髪で、美しい翠の目で、背が小さくて。ああいや、違う。それは彼女のことで、目の前の子とは違う。彼女はこんなに幼くない。

 この女の子は誰だろう。知らない子だ。

 艶のある黒髪で、小さめのぬいぐるみを抱えて、歳は4つぐらいか。親はどうしたのだろう。

 言葉の通りの表情で、地べたから起き上がる僕のことを見つめる。

 同じ目線になった僕に、その子は続けて自らの好奇心をぶつける。

「おにいさんそれなあに?」

「おててまっかだね、どうしたの?」

 あ……

 そう声に出たか、出なかったか。

 手元を見ると、蕾は少し開いていて。

 持つ手は、焼け焦げた血がへばりついてついて離れない。

 どうにか、どうにか閉じようとしても、10の指は見るまでもなく二度と動くことはない。

 この腕は、ゆっくりとそれを持ち上げることしかできない。

 持ち上げている間、女の子は少しずつ開いていく花を目で追う。

「おはな?」

「……違うよ」

「じゃあなあに?」

「……逃げなさい」

「……?おにいさん?」

 絞り出した言葉を解きほどく間、花はどんどん開いていく。お互いに触れ合っていた6つの花弁が離れた時、花は一気に開いて光の糸を空中に吐き散らした。揺蕩う糸は僕や女の子の身体に当たると霞となって消えてゆく。

「わぁーきれー!」

 ああ。

「すまない」


 光が








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