第2話

「あれ……」

「ケイさーん、ポラノイド用の希釈液無くなっちゃいました」

「え、本当かい?しまったな。こっちも栄素粉末を切らしてしまった」

 ケイさんと研究を共にする様になってから、およそ半年。季節は夏を過ぎようとしていた。

「……今日はこのぐらいにしときます?」

「そうだな。ミオ、君もこんな時間まで大丈夫かい?最近、新しいプロジェクトのメンバーに抜擢されたんだろう?」

「ああ……灯台砲のことですね」

「研究所に入ってまだ半年なのにすごいじゃないか」

「あはは、ありがとうございます。試験的なプロジェクトですけどね」

 小さいが、ケイさんの部屋には地下室があり、いつもそこで研究をしている。今日も通常の業務を終えた後、いつものようにここで研究に勤しんでいた。

「それと……同じ研究者とはいえ、男の部屋に女の子がこうも頻繁に出入りしてると怪しまれるんじゃ?」

「極力人目は避けてるので、殆ど気がつかないと思いますけど、1人だけ鋭い人が……」

「あ、もしかしてルフォンスかい?」

「あはは、今日も灯台砲の研究室で「昨日どこ行ってたの〜」って聞かれちゃいました」

「はは、彼女鋭いからね。まぁでも、ルアなら人のことを詮索するような趣味は皆無だし、心配しなくていいんじゃないかな」

「ケイさん一つ下の後輩でしたよね?ルアさん良い人ですよ」

「ああ、仲良くしてやってくれ」

 研究所での日々もだいぶ慣れてきた。歳の差はあるが、研究室のメンバーとも何とかやっている。

 ただ、『霧』の研究に関しては、今までの成果を解読するだけでも一苦労だった。当然というべきか、どうやら難航しているようで、繰り返し実験をしているうちに、こうして研究用の物質材料を切らすこともしばしば。ポラノイド用の希釈液なんて結構高価なものなのに……

「そういえば、この材料いつもどこから仕入れてるんですか?個人で買える所ってあまり聞きませんけど」

「ああ、昔からの友人で薬師をやってる奴がいてね、いつも彼に調薬を頼んでる。また明日店に行って、前に頼んだもの受け取りに行かないと」

「へぇ」

「うん……ミオ」

「はい?」

「一緒に来るかい?」






「まだまだ暑いな」

「暑いですね……」

 残暑の中、弱冷の車輌から降りたその駅は赤いトタン屋根が広くホームを覆っていて、改札を潜れば中途半端な田舎町といった感じだった。自然豊かという訳でもないし、小高いビルが立ち並ぶ訳でもない。遠目には深緑の丘陵が5、6と連なっている。

「ミオ、多少涼しくなってきたとはいえ君の格好だど流石に暑くないかい?」

 ジャケットを腕に掛け、パリッとした黒のシャツにグレーのベスト。慣れない他所行きの格好だ。対してケイさんは紺の半袖一枚で涼しそう。

「暑いですよ。暑いですけど一応初対面ですし、正装の方が良いかなって。ケイさんのご友人に失礼があってはいけませんし」

「彼はそういうのは微塵も気にしない、というか寧ろ面倒な風習とか礼儀は苦手なタイプなんだが……まぁいいか」

 虫が鳴くほどの気温ではないにしろ、歩けば多少の汗はかく。なるべく日陰を通りながら舗装された道と土の道を代わる代わる踏んでいくと、山に面した一本道に出た。

 山は駅からかなり遠くに見えたのだが、案外歩いていける距離だったようだ。と言ってもずいぶんと歩いたが。

 景色といえば駅の周辺よりも田畑が目立つようになり、先程よりも住宅の数はぽつぽつといった感じだ。

「あそこだ。全く相変わらず駅から遠い」

 道なりより少し奥へ入ったところ、涼しげな木陰を被った路地裏に一軒の店が見えた。看板を見る限り薬屋だろうか?

 木製の引き戸を開けると、1人の男性が新聞を被ったまま、ぐうぐうといびきを立てていた。この人も白衣を着ている、薬師だろうか。

「やぁロドニー」

「こんにちは」

「んずぉぉぉ」

「……」

 ケイさんはつかつかとそのロドニー?という人に近寄って新聞紙をひっぺがすと、丸めたそれをまあまあな勢いで顔面に振り下ろした。

「ぶぁっ!」

「おはようロドニー」

「くそっ……ったくなんだよケイか。そういや来るっつってたな」

「仕事中じゃないのか」

「いいんだよ客なんかたまにしかこねぇし……」

 彼は私を見つけるなり、寝起き顔のまま数秒硬直した。

「あ、初めまして……」

「……隠し子?」

「かっ!」

 いけない、思わず変な声が出てしまった。

「いやいや、昨日伝えたと思うが研究員1年目の……弟子というか何というか」

「はぁ研究員?この嬢ちゃんが?どっからどう見てもガキんちょじゃねぇか」

「ガ!」

「(やめろロドニー……!確かに子どもだが、幼く見られるの気にしてるんだ!)」

 またしても反射的にリアクションが。まずいまずいと咳払いをひとつ。

「んっん……えー改めてまして」

「国立器術研究所E-2研究室所属のミオベル・ピークです。本日はお世話になっている店があるからと、紹介のため同行させて頂きました。よろしくお願い致します」


「お、おう……えっと……ロドニー・メイスといいます……薬師やってます?」

「(疑問形……?)」

 急に喋りがおどおどしくなった。かしこまった雰囲気や文言が相当苦手なのがよく分かる。

「初等学生の頃からの付き合いだ。これからはミオもお世話になるだろうし、2人とも仲良くね」

「よろしくお願いします。メイスさん」

「あー……ロドニーでいい」

「ああ、ではロドニーさん……どうしたんですかその表情」

 ロドニーさんは訝しげな顔で、私の足から頭にかけて視線を上げながら言う。

「嬢ちゃん、歳はいくつだ」

「13歳です。今年で14になります」

「まだ1年目つったよな、てぇと働ける歳になってすぐ上等学校すっ飛ばしてスカウトか」

「はい、特定の上等校と機関の認証があれば卒業試験は受けられるので」

「天才ってやつだな。俺には分からん世界だ」

「いえ、そんな……」

「まぁそんな嬢ちゃんなら、そこの頭のおかしい奴の弟子にされるのも納得だ」

「人聞きが悪いなロドニー。それに弟子になりたいと申し出たのはミオの方からだ。しかも軽く脅されたんだが」

「あはは……ケイさんこそ人聞きの悪い……」

 それを聞くなりロドニーさん、まるでおぞましい物でも見るような顔。そんなに?

 どうやら第一印象が歪んだものにしまったようだけど、大丈夫だろうか……

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