第16話 衣装問題勃発!

「ねぇ、そう言えばなんだけど~、当日の衣装はどうするの~?」 


 音羽も無事バンド練習に復活し、文化祭に向け順調に仕上げをしていたある日。音楽室の机に寄り掛かり、髪の毛先をクルクルと回しながら東雲がそんなことを言い出した。


「え? 制服でいいだろ?」

「僕もてっきり制服かと思ってたけど……」


 休憩中で談笑していた俺と禅は東雲の方を向き、きょとんとする。そんな俺たちの反応を見て、東雲は“信じられない”という顔をした。


「えー! そんなの普通すぎるじゃん! 文化祭だよ!? 最初で最後のステージだよ!? お祭りだよ!? もっと弾けようよ~!」


「「え~……」」


 突如出てきた衣装問題に、俺と禅は困惑の声を上げた。


「それにさ、奏ちゃんのドレス姿キレイだったんだもん! 私も衣装着てステージに立ちた〜い!」

「でもさ、突然‟衣装“って言ってもどうするよ? 楽曲的にドレスとタキシードってわけにはいかないぞ?」

「そりゃそうだけどさ~。なんか特別感ほしくない!?」


 すると東雲は顎に手を当てたままじっと禅を見つめ始めた。その視線に気づき、禅はビクッと身体を固くする。


「禅くんはさぁ、イベントの時何着てるの?」

「ぼ、僕は普段和服だよ……?」

「和服!? なにそれかっこよ~! 早く禅くんの和服姿が見たいな〜!」


 東雲お得意の下から見上げるポーズで見つめられた禅は、耳まで真っ赤にしてサッと下を向いた。しかし、今は衣装のことで頭がいっぱいの東雲は、そんな禅の様子に気づくことなく話を続ける。


「じゃあさ、和装とドレスのコラボ的なのはどお?」

「そんなのどこで準備するんだよ。言っとくけど手作りとか俺たちには無――」


 俺が『無理だ』と言いかけたちょうどその時、突然音楽室の扉が勢いよく開き、数名の女子生徒たちがなだれ込んできた。


「その話題もらったー!!」


「えっ、何!? てか、誰!?」


 女子生徒たちの中心に立つ赤縁メガネの女子が、メガネのフレームをクイッと押し上げながら興奮気味に一歩前に進み出た。


「突然お邪魔してすみません! 私たち家庭科部の者です! 皆さんのことは以前から存じ上げており、とても気になっておりました! 今、偶然にもお話を聞いてしまったのですが、もしかして衣装にお困りでしょうか? それならぜひ私たちにお手伝いさせてください!!」 


 あまりの勢いに俺たち4人はその場で固まっていたが、禅が手を挙げ、恐る恐る赤縁メガネ女子に尋ねた。


「ど、どういうことですか?」

「私たちが皆さんの文化祭ステージ衣装を作ります!」


 赤縁メガネ女子は両手を大きく広げ、自分の後ろにいる部員たちを紹介した。


「4人分だし、きっと大変だよ? 本当にいいのかな?」

「いいんです! どうぞお任せください! 皆さんみたいな美男美女が着る衣装を作るのが私たち家庭科部全員の夢だったんですから!」


 赤縁メガネ女子が自分の胸を叩いたのを合図に、後方に控える部員たちが一斉に大きく頷いた。


「響、どうする?」

「せっかく作ってくれるんだよ? お願いしようよ!」

「そうだな。音羽はどうだ?」

「わ、私……、家庭科部のみんなが作ってくれた衣装を着て演奏してみたい!」


 これまで他の人たちとの関わりを避けてきた音羽だったが、今、自らみんなと繋がろうとしている。その様子を見て俺は思わず嬉しくなる。


「よし、わかった! じゃあ衣装は家庭科部にお願いするよ」

「あ、ありがとうございますっ!!」

「いやいや、お礼を言うのは俺たちの方だから!」


 そしてお互いに礼を言い合い、文化祭ステージの衣装は家庭科部にお願いすることで決まった。



「じゃあ早速なのですが、衣装デザインを決めたいので皆さんの希望を聞いてもよろしいですか?」


 赤縁メガネ女子がすぐ後ろにいる女子生徒の方をチラリと見る。すると、その女子はどこからともなくペンとメモ帳を取り出し、記者のごとくいつでも書き取れる準備をした。


「はいは〜い! ドレスと着物が混ざったようなのがいいで〜す!」

「それは“和ドレス”みたいなものですか?」


 俺たちが聞き慣れない言葉に首を傾げていると、赤縁メガネ女子が自分のスマホを取り出し、その中から一枚の写真を選んだ。


 そこには‟和ドレス”と思われる服を着た女の人の姿が写っていた。よく見ると、生地の柄、上半身の作りは“着物”なのだが、裾の方はチャイニーズドレスの様なスリットが入っている。

 スレンダーラインの作りが大人っぽく、スリットの隙間から女の人の白い太ももが見え、俺と禅は目のやり場に困ってしまった。


 そんな俺たちをよそに、その画像を食い入るように見つめていた東雲は、大きなため息をつき腕組みをした。


「う〜ん……、なんか違うなぁ……。もっとね、勢いがほしいなぁ」

「い、勢いですか?」

「うん。あともう少し動きやすいようにゆとりがほしい!」

「ゆとり……」

「あと、4人それぞれの個性も出したい!」

「個性ですね……」


 メモを取りながら聞いていた家庭科部の面々は、その場で円になって打ち合わせを始めた。

 東雲が色々と注文を付けるものだから、『やはり無理』と言われるかと思ったが、逆にその難題は家庭科部の製作魂に火を付けたようだ。


「わかりました! ちょっと部に持ち帰らせてください! ご希望に添えるような衣装デザインをすぐにみんなで考えます!」


 赤縁メガネ女子が瞳を輝かせながらそう言うと、家庭科部員たちは来た時と同じように勢いよく扉を開け、ぞろぞろと出ていった。すると音楽室には元の静けさが戻ったきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る