第三章 俺たちの夏休み
第14話 夏休みの廊下にて
「俺、宣言通りオール満点で学年トップを取ったから」
机の上に並べて置いた全教科の答案用紙を、リビングソファーの向かいに座る父さんの方に向けた。どの答案用紙にも“100”と赤文字で大きく書かれてある。その文字のダイナミックさから、採点をした先生がいかに興奮していたかが見て取れる。
答案用紙を一枚手に取った父さんは、顎に手を当てながら何か考えている様子だ。
母さんはキッチンでお茶を淹れる準備をしている。静かな部屋にカチャカチャとカップ同士が当たる音がした。
「……そんなに失いたくなかったんだな、その仲間たちを」
父さんは静かにそう言った。
「あぁ、大事な仲間だから。アイツらのそばにいると飾らない俺でいられる」
俺は、自分で発した熱い言葉に恥ずかしさを覚えず真っすぐに父さんを見据えた。すると、父さんは小さくため息をついて心の整理をつけたようだ。
「……そこまで言うならバンド活動を認める。ただし、勉強とは両立させろ。いいな?」
「分かってる。父さん、ありがとう」
自室に戻るため、リビングを出ようとしたところで母さんが声をかけてきた。
「響、良かったわね。あっ、そうだ! 今度そのお友達を紹介してね!」
中学3年生にもなって友達を改めて両親に紹介するなんて照れくさく思うが、厳しい表情の父さんに対し終始嬉しそうな顔をしていた母のため、俺は『今度ね』とだけ返事をしてその場を離れた。
そして俺たちは無事夏休みに入った。だがここ数日、俺は一人で自宅の防音室で練習をしている。
みんなは何をしているのかというと、それは終業式の日まで遡る。
◇ ◇ ◇
「なぁ、みんなの夏休みの予定どうなってる?」
終業式も終わり、放課後誰もいなくなった教室に俺たちは集まり夏休みの練習計画を立てていた。
「音羽は?」
「私は大事なコンクールがあって、そこまではそっちに集中したい」
「じゃあ、禅は?」
「僕はイベントでの演奏依頼がいくつか来てて、何日かはそっちに参加するよ」
「へぇ、禅くんイベントとか出るんだ~? 私、夏休み暇だし見に行こうかな~」
東雲が髪をクルクルと指に巻きつけながらそう呟くと、『そんな大したイベントじゃないから』と禅は謙遜していた。しかし、その間禅の視線は泳ぎ、珍しくあたふたしていることに俺は気づいてしまった。
これまで禅と‟恋バナ‟なんてしたことないが、この様子はきっとそういうことなのであろう。俺がにやにやと笑って見ていると、その視線に気づいた禅は恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「きょ、響はどうなんだよ?」
「あぁ、俺は塾の夏期講習が2週間あるわ~。会えない間は各自で練習するしかないな」
すると東雲が目を輝かせ、‟ここは私の出番よ“という様にイキイキと手を上げた。
「はいは~い! 8月にある夏祭りはみんなで一緒に行こ〜ね! 全員浴衣マストで!!」
『中学3年生の忙しい夏休みに夏祭りなんか行ってられるか』と口に出しかけたのだが、‟浴衣‟というワードを聞いて思わず方向転換してしまった。
……東雲、グッジョブ!
「そうだな、たまには息抜きも必要だもんな! よしっ、みんなで行こうぜ!」
今さらだが、俺は恋に関して意外にも単純な男なのかもしれない。
「響、顔……」
禅がこっそりと俺に耳打ちした。いつの間にか音羽の浴衣姿を想像して顔がひどくにやけていたようだ。俺は慌てて顔を元に戻す。それから禅を睨むと、アイツは‟さっきのお返し”とばかりに満足げな顔をしていた。
◇ ◇ ◇
個人練習になってから数日後、今日は夏休みに入って初めてのバンドの練習日。
音羽を除く3人で練習を始めていると、しばらくして音楽室のドアが突如開けられた。先生が来たのかと思いドアの方を見ると、そこには音羽が立っていた。
「あれ? 音羽、コンクールまでは来ない予定だったはずじゃ?」
俺は、久しぶりに会えたことで高鳴る胸を抑えつつ音羽に尋ねた。
音羽は『ちょっと時間が出来たから……』と答え、すぐにフルートの準備を始めた。
急遽4人で合わせられる喜びから気合十分で演奏を始めたのだが、何かがおかしい。
……あれ? 何だか音がまとまっていないぞ?
禅も同じことを感じたようで俺に視線を送って来た。
ドラムを叩きながら後ろから3人の様子を観察したところ、音羽の様子がいつもと違うことに気づいた。フルートを吹いてはいるが、心ここにあらずという感じだ。
「おい、音羽どうかしたのか?」
俺は演奏を一度止めて音羽に尋ねた。音羽は『何でもない』と言い、俺と視線を合わせず練習を続けようとした。
「いや、何でもなくはないだろ!? 明らかに集中してないじゃん!」
そんな音羽の態度に俺は思わず口調を強めてしまう。すると音羽はフルートを置き、止める間もなく音楽室を飛び出した。
「おいっ! 音羽っ!」
俺は急いでその後を追う。
音羽は誰もいない夏休みの廊下を走り抜ける。
屋上へと続く扉の前でようやく追いつき、俺は音羽の手を掴んだ。
「はぁ、はぁ、音羽……、一体どうしたんだよ……」
二人の額からは汗が吹き出ている。
音羽は苦しそうに顔を歪めた。
「……ど、どんなに練習してもフルートが上手く吹けないの! 前吹けてたところが全然吹けなくなっちゃった! もうダメっ! コンクールに出るのが怖い!」
その瞬間、俺は音羽の手を引き強く胸に抱きしめた。
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