第3話 誘拐

 カイツがパーティーを抜けてから数時間後、2人の女性が鬼のような形相で立っていた。


 1人は青い髪の少女のような見た目の女性、リナーテ。普段は笑顔を浮かべることの多い彼女だが、今は鬼を思わせるような怒りの顔になっている。額には青筋が浮かんでおり、思いっきりアレウスを睨みつけていた。今にも殺してしまいそうな恐ろしさがある。


 もう1人は茶髪のスタイル抜群の女性、メリナ。普段は落ち着いた雰囲気のある人であるが、今はそんな雰囲気は完全に消え去っていた。表面上は笑顔だが、目が全く笑っておらず、黒いオーラが吹き出してるように見える。


「ねえアレウス。もう一度聞いてあげる。カイツはどこ? ていうか、なんで来てないの? あいつが遅刻したことは一度も無いはずだけど。後、私のカバンがズタズタになってるのはどついうこと?」


 リナーテは拳を強く握りしめながら、彼にそう聞いた。


「つ、追放した。あいつ、ずっと役立たずだったし、うざかったし。あ、あと、カバンは俺が買ったやつだから大丈夫だよ。あいつを追放するための小道具として使っただけだから」

「うふふふふ。リナーテ様。彼、すっごく面白いことを仰ってますよ」

「そうね。魔物を倒したり、回復役のリナーテを守ってくれてたカイツが役立たずと言う。本気だとしたら、面白すぎてひっくり返っちゃうわね」


 彼女は彼に近づき、胸ぐらを掴んだ。


「おいゴミカス。どうせお前のことだから、あいつがムカついて追放したんでしょ? あんた、彼にずっと恨み持ってたもんね。そして、私達がいない時に、彼を追放した。そんなとこじゃないの?」

「ち、違う。俺には俺の考えがあって、それで追放したんだよ! そもそも、あいつは俺達貴族と違ってただの平民だぞ。一緒にいることがおかしかったんだよ!」

「つまり、身分が釣り合わないとか言う理由で追放したってこと?」

「まあそうだな。他にもあいつが役立たずだからとか、目立ちたがりのクズとか色々理由はあるが」

「……そう。そうなんだ。そんな理由でカイツを追放したんだ」

「分かってくれたか? 良かった。俺の判断が間違いじゃないことが」

「そんなゴミみたいな理由で追放してんじゃないわよおおお!」


 彼女は怒りのままにアレウスの顔をぶん殴った。彼は壁にぶっ飛ばされ、そのまま気を失った。

 彼女がここまで怒るのは理由がある。今までギルドの依頼をこなせていたのは、カイツによる貢献が大きいからだ。彼がいたからこそ、アレウスのパーティーは難易度の高い依頼もこなすことが出来た。しかし、アレウスはそのことを全く理解せずに、彼を追放してしまった。


「ちっ。このゴミカスが。ざけたことしてくれたねえ」

「リナーテ様。はやくカイツ様を追いかけましょう。周りの人に聞き込みして、調査しますわよ」

「そうね。あのゴミカスアレウスは後でもう一度ぶっとばすとして、さっさとカイツを連れもどそう!」


 ちなみに、アレウスはこのことがきっかけで彼女たちがトラウマとなり、以降は彼女たちの下僕のように生きていくことになってしまった。







 月の光が輝く夜。その光を遮られる薄暗い森の中を1台の馬車が走っていた。御者台に1人の男性。馬車の中には銀髪の少年、カイツと、夫婦と思われる40代くらいの2人の男女が乗っていた。夫婦の方は旅行者といった感じで、豪華な衣装に身を包んでおり、大きなバッグを2つほどそばに置いていた。カイツの方はかなり身軽であり、小さなバッグを腰に付けてるだけだった。服装も白いシャツ1枚に黒のズボンとかなりシンプルであり、1本の刀を携えている。馬車の中で揺られていると、男が少年に話しかける。


「少年。これを食べないか?」


 そう言ってリンゴを1個差し出してきた。


「ああ。ありがとうございます。頂きます」


 少年はそれを受け取り、リンゴを丸かじりした。その直後、妙な違和感を彼は感じた。異物が混入してるような違和感が。


「君、名前はなんて言うんだい?」

「カイツ。カイツ・ケラウノスと言います」

「カイツ君か。良い名前だね。かなり身軽な格好をしているけど、旅でもしているのかい?」

「そんなところですね。過去と決着をつけるための旅です」

「ほおお! 過去と決着というのはよくわからないが、若いのに一人旅とは凄いね! マクネ、この人は1人で旅をしているらしいよ!」

「素晴らしいわね。私があなたぐらいの歳の頃は、いっつもだらけてばかりで、旅なんて考えたこともなかったわ」

「僕もそんな生活を送ってるだけだったよ。しかし心配だね。一人旅というのは怖いこともあるからね」

「そうなんですか? でも、旅っていうのは楽しいものだと思いますけどね。知らない世界を沢山知ることが出来ますし。まあ、旅代を稼ぐのが大変ですけど」

「なるほど。確かに、知らない世界を知るというのは楽しいものだろうね。はあ……私も過去に戻って、君のように一人旅をしてみたいものだよ」


 男がそう言って、今までの過去に後悔するかのように、深くため息をついた。そんな中、少年が男に質問する。


「おふたりは、旅行をしているんですか?」

「いや。こう見えて私たちは仕事をしに来たんだ。服装のせいで勘違いされることも多いけどね」

「へえ。どんな仕事をしているんですか?」


 少年がそう聞くと、今まで話にほとんど入ってこなかった女性が、いきなり会話に割り込んでくる。


「それはね! 可愛い子達を育てる仕事なのよ! めいいっぱい愛情を与えて育てて、みんなを幸せにするのが仕事なのよ! 大変だけど、とっても楽しくて幸せになっちゃう仕事なの! いや、幸せという言葉じゃ、安すぎてダメね! あれはもう、楽園のようなもの。素晴らしき理想郷であり、天国なのよ!」

「は……はあ。なるほど」

「おいおいマクネ。彼が驚いてるじゃないか。少し落ち着きたまえ」


 女性は早口でまくし立て、少年はただ圧倒されるしかなかった。男がそれを見かね、彼女を止める。


「あらやだわ。私ったらまたこんなことしちゃった。ごめんなさいね。びっくりしたでしょ?」

「いえ。大丈夫です。その仕事、本当に好きなんですね」

「超超超超超大好きよ!私の生きがいとも言える仕事。この仕事がなかったら、私は生きていけないのよ!」

「なるほど。自分も1度やってみたいものですね。子供と一緒にいるのは好きですし、とても楽しそうです」

「あら、そうなの! すんばらしいわ〜。ね、あなた」

「そうだな。子供が好きと聞いて安心したよ。仕事も精一杯やってくれそうだし、捨てる必要は無さそうだ」

「? それはどういうー!?」


 少年が不審に思って質問すると、いきなり強烈な眠気が彼を襲った。


「うっ!? これは……一体」

「うふふふふ。ようこそ。歓迎するわよ。カイツ・ケラウノス君」

「私たちの仕事内容、直に見せてあげよう。きっと気に入るはずだよ。大丈夫。仕事はきちんと教えてあげるし、理不尽に怒鳴ったりすることの無いホワイトな職場だからね」

「何を……言って……」


 彼は最後まで言い切る前に倒れてしまった。その瞬間、動いていた馬車も止まり、御者が降りてきた。


「うふふふふ。かっこいい男を捕まえられたわ〜。最高の気分ねえ」

「全くだ。ここまで上手くいくとは思いもしなかったよ。どうやら、相当な世間知らずみたいだな。おい、ヘイマン! 俺たちのアジトに連れていくぞ!」

「了解でやんす! ぱっぱと行くでやんすよー!」


 御者は再び御者台に乗り、馬車を走らせる。


「はーはっはっは! 今宵はいい酒が飲めそうだ!」

「いえーーーい! 沢山遊ぶわよーーーー!」


 月の光が遮られる薄暗い夜の森。2人の男女の笑い声が響いていた。そんな中。




(まさか睡眠薬を盛られるとは思わなかった。アレウスもずいぶんと酷い馬車を紹介するもんだ。まあいい。奴らが何をしてるか気になるし、このまま眠ったふりをしておくか)


 彼は睡眠薬で強烈な眠気は感じたが、実際に眠ってはいなかったのだ。しかし、彼は夫婦や御者が何をしているかを突き止めるため、あえて寝たふりをしていたのだ。

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