これは、彼女と直文の物語 (完)

 全てが終わった。元の姿に戻った俺の赤く晴れた目を見て、仲間には驚かれ笑われた。けど、表情が出たのを喜んで、任務の話を聞くと労ってくれた。

 ある先輩は俺を慰めてくれる。茂吉は俺に美味しい酒とご飯を奢ってくれるようだ。




 皆は大袈裟おおげさに慰めてくれる。なんでなのかはわからない。けど、気持ちはありがたくいただいた。




 ……二日間の休息をいただく前に、組織の上司に頼み込むことがある。

 複数の巻物がある部屋で、上司は書き物をしている。入室を許可してくれた。簡単な挨拶と報告をした後に、俺は上司にあるお願いをする。


「俺が救った巫女を人として俗世ぞくせへ転生させるよう、便宜べんぎはかってください」


 頭を下げて願いを申す。顔を上げると、上司の筆が止まった。

 

「……何故?」


 背を向かずに淡々と聞いてくる。

 ……公平な地獄の審議も無しに、転生なんてできるわけない。大方俺の私情が入っている。返答次第では俺の願いは取り下げられるだろう。だとしても、俺は正直に言う。


「名前のない巫女には、幸ある生を送ってほしいからです。

約三百年も頓与殺とみよさつの封印と自称して、頓与殺とみよさつの化け物を封じ続けた彼女は名誉がある。極楽ごくらくへ行くのも可能でしょう。ですが、人としての名前がないのも如何いかがなものかと思うのです。人としてありふれた幸せを知らない彼女に、人としての幸を味わってほしいのです」

「直文。それは彼女に二度苦しめと言っているのだぞ?」



 言われて、唇を噛む。

 そうだろう。人の世なんてどうしようもない。けれど。あの花火だけの光景を見て終えるなんて勿体無い。たくさんの美しい風景と暖かな人に出会って。

 ううん、違う。違うんだっ。



「……幸せになった彼女に俺が会いたいのですっ!」


 強く告げた。……我にかえって、俺は後悔をする。

 我欲をばりばりに出してしまった。いや、こんな願いを出した時点で俺は愚かだ。地獄にはいかないだろうが、極楽にはいくはず──

 


「良いぞ。むしろ、彼女には人として生を受けると答えが出ている。極楽に向かうには少し人の生きた時間が短すぎる。それに、頓与殺とみよさつの化け物についても件もあるしな」


 上司はさらりと言う。


「……えっ」


 間抜けた声が出る。上司は俺に向いて微笑んでいた。


「だが、彼女に幸ある生を送らせたいのであれば、凶を払わなければならない。その時が来たなら、お前がもっと働かないとだ。それでもいいのか?」


 その時とは何時なのだろう。だが、彼女が人として幸せな生を受けられるならそれで良い。


「構いません」


 即答に上司は嬉しそうに笑っていた。






 上司の部屋から去っていく。木造の廊下を歩いていると、縁側で茂吉が座って涼んでいた。俺に気付き、声をかけてくる。


「なおくんお疲れー。隣で涼む?」

「うん、そうさせもらうよ」


 少し間を取って座る。密着すると暑い。


「直文さ」

「ん?」

「あの巫女の子と仲良かったけど、成仏と言うか。別れてよかったの?」


 聞かれて、少し考えた。切ないけれど、これが正しいのだと思う。



「これが正しい在り方だ。次、彼女は人へ転生する。知らない場所でやって来る凶は俺が払う」


 答えると、茂吉から返事が来ない。首を向けるとあり得ないと言う顔をされた。


 なんで。


「……お前、本当にわかってないの?」

「何が?」

「ちょ」


 慌てるもっくん。どうしたんだ。

 

「直文。お前さ、彼女をどう思っていたんだよ?」

「彼女を? ……優しくて、笑顔が素敵な女の子。傍に居て色んな場所を見せてあげたかった。次は、幸せになってほしいなと思っている。傍に俺が居なくても幸せであってほしい子だよ」


 素直に吐くと、茂吉は呆れている。


「……お前さ。なんで顔に表情が出たんだと思う?」


 俺の顔に表情がでた? 彼女のお陰と言うのは分かる。でも、それには別の要因があるのか。そう考えると、難しいな。 


 腕を組んで悩ましく考える。もっくんは頭を掻いていた。


「あーもう、焦れったいなぁっ……!」


 茂吉は俺が答えを出すより、先に答えを言う。両肩を掴まれて、真っ直ぐと教えられる。






「──お前はあの子が好きだったんだ。

直文はあの子に恋をしたんだよっ!」






 目を丸くする。

 流れる一筋の涙と共に、が落ちた。





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