第13話 痺れるぜ

「……とんでもない数ですね」


 そこは魚人竜たちの巣。

 大きな円柱状の空洞。そこの床にびっしりと魚人竜たちが寝てる。


 その巣をソフィア達は遠くの物陰から覗いていた。

 はっきり言って見づらい。

 遠くから、しかも四角く開いた入り口から中を覗けるだけ。

 これでは中の様子が良く見えない。

 もう少し近づきたいのだが、


「これ以上近づくと見つかる危険がありますね」


 見つかってしまっては意味がない。

 するとルイエが指さす。


「あの辺だけ魚人たちがいないわ。あそこから覗けるんじゃない?」


 巣の一角。

 確かにそこだけ穴が開いたように魚人竜たちがいない。

 そしてパイプにおおわれた壁の隙間から光が漏れていた。


「行ってみましょう」


 ぐるりと周って行ってみる。


「うわ、ここも凄いわね」


 バチバチと電気がはじける。

 そこはクラゲ竜の巣だった。


 だが幸いなことに、壁沿いに人が通れる程度の隙間がある。

 ソフィア達は壁に張り付きながら、そこを進んだ。


「ここから中が覗けます」


 そこは壁に空いた窓。

 パイプが伸びてほとんど塞がれているが、中は覗ける


「デカいのも寝てるわね」


 巣の中央。そこには巨大な魚人竜が猫の様に丸まっていた。

 そして床と壁を覆いつくすような魚人竜たち。

 その数100は超えるだろう。

 正面から戦うのは無理。


 そして巣の奥。

 そこには巨大な扉がある。

 魚人竜たちはアレを守っているのだろう。

 あそこに夜空の石が。


「これ、ジュリアスも取れないんじゃないですか?」


 ソフィアには目覚めの剣の戦力がどれほどか分からない。

 だがこの大量の竜を殲滅できるほどの戦力があるのだろうか?

 別にソフィアたちが何もしなくても、夜空の石に届かない可能性もある。


「あのクズなら、他の人間をおとりにして、その間にゆうゆうと取るんじゃないかしら」


 ジュリアスならばやりそうだ。

 結局、ソフィアたちが先に入手する方が安全。


 だがこの大量の魚人竜たち。

 これをどうしたら。


 その時。

 魚人竜たちが一斉に、ぐるりと首を動かした。

 らんらんと輝く目が見つめるのは壁。


 ソフィアたちとは逆方向の壁だ。

 その方向に魚人竜たちは走り出す。


「アぁぁぁ! 止めろ! 来るな!」


 ベキ! バキ!

 音を立てて壁が引きちぎられる。

 そこから引きずり出されたのは男。

 ジュリアスの部隊に居た顔だ。


 おそらくは水に流されて、はぐれたのだろう。


「やべで! ゆるじ――!?」


 ぐちゃ、パキ、べちゃ。

 思わずソフィアたちは目をそらした。

 人が生きたまま食われていく様など見たくない。


 あれが魚人竜に捕まった者の末路。

 自分たちが捕まったら。そう考えるだけで背筋がゾッとする。


「あいつら、なんであの人の居場所が分かったのよ」


 ルイエが青い顔をして、震えた声で呟いた。

 どうして壁の中にいた男が分かったのだろうか。

 明らかに目で見えていなかった。


 そしてもう一つの疑問。


「どうして、私たちは見つかってないの」


 そう。ソフィアたちだって男と条件は同じだ。

 見えないはずの壁の中。

 不自然なほど周りに魚人竜たちはいないが、そこまで距離が離れているわけじゃない。

 見つかっても、おかしくないはず。

 いや、一つ明確に違う部分がある。


 ソフィアは後ろを見る。

 そこではパチパチと電気をはじけさせているクラゲ竜たち。


「ルイエさん、これで勝てます」



 少し後。魚人竜たちの巣。

 ズバババン!!

 連続した炸裂音。

 魚人竜たちの頭部に風穴が空いていく。


「グルァァ!?」


 巨大魚人が目を覚ます。

 音の方角、入り口をにらみつける。


 そこに居たのはソフィア。

 いつもの白衣姿ではない。

 結晶で作られたパワードスーツ。

 背中には大きな羽根。その両手には機関銃。

 そして動きやすいよう、長い髪をポニーテールにまとめていた。


「ちょっと地獄まで付き合ってもらえますか?」


 殺到する魚人たち。

 ソフィアはくるりときびすを返すと、羽根から空気が噴き出す。

 ソフィアの足にはローラースケート。

 地面を滑る。

 これならソフィアの方が早い。


 その時、ウォォォンと唸り声に似たエンジン音が響いた。

 ちらりと後ろを向く。

 それは巨大魚人。前を走る魚人たちをき飛ばしながらソフィアに迫る。


「大きい割に早すぎません!?」


 ソフィアはくるりと回転する。

 一気に巨大魚人に向けて飛翔する。


「あなただけ来られても困るんですよ!」


 ズドン!

 ソフィアのサマーソルトがあごに決まる。

 顔を天に向けてひっくり返る巨大魚人。

 蹴り上げた勢いのまま、ソフィアは跳躍し魚人たちから離れる。


「並んで付いてきてください」


 そしてそのまま滑り出す。

 後ろでガシャンと大きな音が鳴った。当然、あの程度で倒せるものではないだろう。


 ソフィアは広い通路を右に左に曲がっていく。

 このまま行けば目的地までもうすぐだ。


 ソフィアは後ろを見る。

 ……巨大な魚人はドコに行った?


(引き離しすぎた。どうする、一度戻りますか?)


 その時だった。

 バコン!

 前から音が鳴った。


 前を向けば巨大魚人が壁を壊して姿を現す。

 先回りされた!?

 そう思った時には遅かった。


 その巨大な腕が振るわれて、ソフィアは乱暴につかみ取られる。


「う、くぁぁ!!」


 ミシミシと体が締め付けられる。

 蹴られた恨みを晴らすようにゆっくりと、いたぶるように。


「性格悪いんですよ!」


 ボン!

 音を立ててソフィアが爆発する。

 羽根を除いて、つけていた装甲を爆発させた。


 爆発の勢いでソフィアは逃れると、巨大魚人の股下を走る。

 そこにあったのは巨大な湖。

 ソフィアは湖に飛び込む。


 これから冷却に使われるのだろう水。

 冷たい水の中をソフィアは潜っていく。


 後ろからもバシャバシャと音が聞こえる。

 魚人たちが追ってきている。

 底に着いた。

 上を見上げれば魚人の群れ。

 不気味に輝く瞳。おびただしい数の瞳がソフィアを見つめている。


 巨大魚人がソフィアに迫る。

 その剛腕で再びソフィアを捕まえようとした。その時だった。


 バシャンと大きな音が鳴る。

 それは大きな魔道具が降ってきた音。

 それと同時に。


「う、あぁぁぁ!!」


 ソフィアのくぐもった叫び声が水中に響く。

 だがそれ以上に苦しんでいるのは魚人たち。

 巨大魚人も頭を抱えて悶えている。


 正体は電流。

 魔道具から放出される電流が、湖全体を包み込んでいる。


 さて、鮫には電気を感知する器官が存在する。

 鮫たちはその器官によって、暗闇や砂に隠れた獲物を探し出す。


 それと同じように魚人たちも電流によって敵を探していた。

 だから壁の中に隠れていた男も発見できた。

 一方ですぐ近くに電流が発生していたソフィアたちは発見できなかった。


 この感知する器官は便利なようで弱点にもなる。

 人間だって目に強い刺激を受ければ失神することがある。

 空気中の微弱な電流でさえも感じ取れる、とても敏感な器官。

 そこに大量の電流を流し込んでやれば――


 ガツン、ガツンと魚人たちの死体が沈んでいく。

 巨大魚人は耐久力が違うらしい。

 浮かび上がろうとする巨大魚人だが、


「グルァァ!?」


 しかし手足に絡みついた結晶が逃がさない。

 ソフィアは水中でパクパクと口を動かした。


『逃がしません』



 魔道具から放出される電流が収まったころ。

 湖からぷっかりとソフィアが浮かんできた。

 そしてぷかぷかと浮いたまま岸に流れ着く。

 湖の底には屍の山が出来ていた。


「ソフィア!」


 走り寄ってきたルイエはソフィアを引き上げる。


「うっ、思ったより重いわね」


 なんとか引き上げる。

 良かった。息はしているようだ。


「ら、らいしょーふれすよ」


 大丈夫ですよ。と言いたいらしい。

 電流にやられたせいか舌足らずだ。


「人には無害だって言ってたじゃない! なによあのバリバリ!」


 事前の説明で、人には問題ないくらいの電気しか流れない。そうルイエは聞いていた。

 だが実際にはバリバリと凄い音が鳴っていた。

 魔道具を落としたルイエからしたら心配で仕方がないくらい。


「無茶するときはちゃんと説明してよ」


 泣きそうな声をルイエは絞り出した。

 よほど心配だったのだろう。

 もう少し説明しておくべきだったか。

 ソフィアは後悔する。


「……言いたいことは山ほどあるけど、とりあえず休みましょうか」

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