第5話 無銘の結晶

 ソフィアが女の子に駆け寄る。

 ぐしゃぐしゃに泣いた顔。

 よほど怖かったのだろう。

 女の子の頭をなでると、女の子はソフィアに抱き着いてきた。


「おねえちゃん!」

「うぇ!? えっと、何があったのかいまいち理解してないんですけど……」

「まどうしは、ひどい人がなるんだって言われて」

「ひどい人?」


 ガシャン!!

 鎧の男は起き上がるとソフィアに走る。


「このクソガキがぁぁぁぁ!!」


 風を引き裂き、その剛腕ごうわんを振りぬく。

 ガン!!

 水晶のように透き通った結晶の壁。突如現れた壁に拳は阻まれる。


「あぁ!?」

「この人に言われたんですか?」


 ソフィアの腕の中で、女の子がうなずいた。

 そしてソフィアは鎧を眺めると、何かに納得する。


「なるほど、どうりで」

「なんだ? なんか文句でもあんのか!?」


 文句ならある。

 女の子を泣かせたこと。沢山の乗員を傷つけたこと。乗客を怖がらせたこと。


 だが納得したのは別の事だ。

 ソフィアは興味なさそうに言い捨てる。

 

「ただ。つまらない龍装りゅうそうだな、と思っただけです」

「はぁ?」


 ソフィアは女の子を抱いて立ち上がる。

 そして冷ややかな目を鎧の男に向ける。


「オリジナリティがありません。どこかで見たような設計のつなぎ合わせは、素人が教科書を見て作った継ぎはぎだらけの裁縫さいほうのようです。あ、もしかして本当に教科書でも見ながら作ったんですか?」


 最後の方はあおり気味だ。

 ブチっと、血管が切れた音がした。ような気がする。

 

「お前、バカにしてんのか」

「してますよ。とても」


 鎧の拳が振るわれる。

 ガン! ガン! ガン!

 しかし、二度、三度振るおうとも結晶の壁は壊れない。


「クソがぁ! テメェら! このクソガキを袋にしろ!」


 襲撃者たちが武器を振り上げてソフィアに走る。

 しかし遅い。

 

 ソフィアの白衣が液体の様に動き足元に広がる。

 そこから花弁の様に結晶の銃が開く。

 ズバババン!!

 銃は一斉に音を鳴らすと襲撃者たちはうめき声をあげて倒れた。


「安心してください。ゴム弾みたいに軟らかめにしてますから。骨は一本くらい折れてるかもしれませんけど」


 そしてソフィアは鎧の男に、


「どうですか? 私の龍装は。貴方のよりときめくでしょう?」

「っざけんじゃねぇぇ!!」


 こりずに拳を振るおうとした。

 しかし、その腕は動かなかった。


「鎧に結晶が!?」


 鎧に結晶がまとわりつき、もはや一歩も動けない。


「それでは、貴方と遊んでいる時間もないので」


 ソフィアが手を伸ばす。再び白衣が動きソフィアの手元に集まる。

 そして音を立てて周りの空気を引き寄せると、そこに結晶で作られた巨大なパイルハンマーが形成される。

 パイルハンマーはギリギリと音を立てて、先の潰れた杭を引き絞る。


「そのつまらない性根と龍装。鍛えなおしてあげます」

「待て! 止め――」


 ズドン!!

 轟音を立ててパイルハンマーが鎧の男を殴りつける。

 鎧はバラバラになりながら吹き飛んだ。


「これがロマンの味です」





「な、なかなか、やるわね」


 しんとした沈黙を破ったのはゴスロリ少女だった。

 顔は汗だくで、ぜぇぜぇと息を切らしている。

 なんだか、先ほどから疲れている姿ばかり見ている気がする。


「お疲れのようですね?」

「キミが私を置いていくからでしょ! なによあの結晶のバイク、カッコいいじゃない! 私も乗せてよ!」


 文句なんだか褒めてるんだか分からないことをゴスロリは叫んでいた。

 そこに、もう一つ叫び声が響く。


「ウォォォォ!! ご無事ですかぁぁぁ!!」


 エンジン音かと聞き違えるような男性の叫び声。

 ソフィアには危機馴染みのある声だった。

 そちらの方を見れば、老人が凄い勢いで走ってくる。


 それは黒焔重工から来ていた護衛だ。


 その老人に反応したのはソフィアだけではなかった。

 ストルは老人に気づくと、ぼろぼろの体を引きずって前に出る。

 次期社長である自身が心配されていると思ったのだろう。


「心配をかけたな! 俺なら無事だ!」


 周りの乗客から冷ややかな目を向けられるが、ストルは気づかない。

 そして老人は、ストルの真横を抜けてソフィアに走り寄った。


「お嬢さヴァ!!」


 老人は結晶の壁に勢いよくぶつかる。

 そして壁にはピシリとひびが入る。龍装に何発殴られてもヒビすら入らなかった壁に。

 当の老人は何事もないようだ。


 ソフィアは老人の化物ぐあいに少し引いた。


「どうして、このボレアスの愛情をこばむのですか!!」

「いや、ぶつかられたら死にますよ」


 ソフィアは冷ややかに呟いた。

 とてもお世話になっている方なのだが、この勢いには相変わらず慣れない。

 この老人はボレアス。筋肉でパツパツになった執事服を着た、とても元気な老執事だ。


 そんな老執事にストルが噛みつく。


「おい、どういうことだ!」

「おや、ストル様。ストル様もご無事、ではなさそうですが、命が助かって何よりです」

「そんなことはどうだっていい! どうして俺よりもこの女の心配をする!? こいつは誰なんだ!?」


 ボレアスは不思議そうに首をかしげるとソフィアを見る。


「お嬢様、何も話されていないので?」

「わざわざ話しませんよ」


 ボレアスは『そうですか?』と呟くとストルの方を向いた。


「ストル様、こちらはソフィア様。ボルバー様の姪ですぞ」

「はぁ!? 姪!? そんな奴がいるなんて聞いたことがないぞ!」

「最近までずっと引きこもっておりましたからな! ただボルバー様の仕事は手伝っておりましたから、何もしていなかったわけではありませんぞ」


 ストルは目を見開くと、ソフィアとボレアスを見回す。

 ストルとしては自分が会社を継いで当然だと思っていた。

 そこに突然現れた姪。危機感を覚えるには十分だろう。

 ソフィアは会社に興味などないが。


「仕事を手伝ってた……? ボレアス、ボルバー叔父様の跡継あとつぎは俺だよな? 叔父様は子供ができないから」

「ストル様を跡継ぎに? そのような話は聞いたことがありませんが。確かにボルバー様は子供ができない体です。だからソフィアお嬢様のことを我が子の様に可愛がっておりますぞ」

「わ、我が子の様に?」


 茫然自失ぼうぜんじしつ

 ストルはぼんやりと後ずさると、ふらふらと船へと戻っていった。


 なんだか、いっそ可哀そうでもある。

 ソフィアは機会があれば教えてあげようと考える。

 そもそもソフィアは我が子の様に可愛がられてなどいないと。


「嘘つかないでください。私はボルバーさんに感謝してますけど、可愛がられたことなんてありませんよ。顔を合わせても『何か困ったことはないか』とか『体調はどうだ』くらいしか聞かれませんでした」

「ボルバー様は不器用な方なのです」

「不器用で納得できないくらい不機嫌そうでしたよ」


 話がひと段落したとき。

 ソフィアの視界にスッとゴスロリ少女が入ってくる。


「ちょっといいかしら。気になったことがあるのだけど」


 ようやく息が整ったのだろう。

 またおかしな、おそらく本人はカッコいいと思っているポーズをとっている。

 そのポーズは毎回とるのだろうか。


「黒焔重工には名前も顔も、性別さえも分からない凄腕の魔導師。『無銘むめい』が居たはずよね? フフ、名前が分からないから無銘、カッコいいわ」


 無銘と言う名前はゴスロリ少女の琴線きんせんに触れたらしい。

 ソフィアはそんな魔導師の事は知らないが。


「はぁ、そんな方が居るんですね」

「え、キミは知らないの? すごい有名な魔導師なんだけれど……そちらのおじさまはどうかしら?」

「もちろん、存じ上げておりますぞ」


 答えたボレアスをソフィアはチラリとみる。

 汗が凄い。そんなに暑いのだろうか。


「ソフィアさんは最近まで引きこもって居た。つまり今は違うという事ね。そして先ほどの戦闘でのやり取りを見た限り、龍装を作れるほどの魔導師である。なのに黒焔重工にその様な魔導師が居るという話は聞いたことが無い」

「その通りですな。お嬢様が表にでることはありませんでした」


 ソフィアは再びボレアスを見る。

 とてつもなく汗をかいていた。足元に水たまりができている。


(え、なんでそんなに汗をかいているんですか。そんなに暑くないですよね)


 ドン引きだ。

 ソフィアはボレアスからそっと離れる。


「ところで最近、無銘が黒焔重工を離れたという噂を聞いたわ。あら、そういえばソフィアが引きこもりを止めたのも、つい最近って話だったわね。もしかして――」

「いかほどお支払いすればよろしいですかな?」

「え?」


 予想外の金銭の話にゴスロリ少女の声が止まる。

 ボレアスはズイっとゴスロリ少女に近づく。

 その大きな体には威圧感がある。


「ボルバー様は無銘様の生活をおびやかすことを望んでおりません。黙っていていただけるならば、ボルバー様はいくらでもお支払いするでしょう」

「あ、いえ、別にお金が欲しいわけじゃないの。ただ確認がしたかっただけ。ちょっと目が怖いのだけど」


 ボレアスの鋭い目つきから逃れるように、ゴスロリ少女はソフィアに向き直る。


「ソフィアさん。キミにお願いしたいことがあるの」

「……え、お願い?」


 いきなり話しかけられてソフィアは驚く。

 二人の話に興味がなかったため、ぼんやりと遠くを眺めていた。

 いきなりなんだろうか。ソフィアは言葉を待つ。


「私と一緒に、この古龍に眠る宝。『夜空の石』を探してほしいの」

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