第4話 残り99日 勇者、しくじる

 勇者アキヒコは、目覚めたベッドの上で、思いもしなかったものを見つけた。

 全裸のロンディーニャ姫である。姫は一糸も纏わず、滑らかな白い肌を晒して幸せそうに眠っている。

 アキヒコは眠り続ける姫を見つめ、ゆっくりとシーツをかけた。


 やってしまった。

 瀕死で異世界に勇者として降臨したとはいえ、新婚である。

 新婚旅行の最中だったのである。

 昨晩は歓迎の宴が開かれ、ご馳走を腹に詰め、酒を浴びるほど呑んだ。


 記憶にない。

 だが、王女であるロンディーニャが裸で寝ている。

 アキヒコがベッドから出ると、自分も裸であることに気づいた。


 床の上に昨晩着ていた服が脱ぎ散らかしてある。

 動揺しながら下着を身につけたところで、扉が強引に開かれた。


「な、なんだ?」


 後ろめたさが爆発したアキヒコは、声を裏返した。


「勇者アキヒコ様、中庭をおいでください……おや、昨晩はお楽しみでしたか」


 兵士が告げた。その後で、ベッドの膨らみを見つけたのだろう。兵士は言いながら、にやりと笑った。


「……誰ですか?」


 けたたましい物音に、ロンディーニャが頭をあげる。シーツを被っているので、姫も兵士も互いに分からないはずだ。

 アキヒコは慌てて兵士の背中を押し、部屋を出た。


「わかった。中庭だな。すぐに行こう」

「そのままの服装でいいのですか?」


 アキヒコは、パンツとシャツしか着ていなかった。王宮内を歩く服装ではない。


「急いでいるのだろう。服装にこだわっている場合ではないだろう」

「さすがは勇者様です。では、先にお行きください」

「どうして?」

「勇者様の服を回収して、追いかけます」


 つまり、兵士が勇者の部屋に入るということだ。


「いや……駄目だ」


 少なくとも、お楽しみだった相手がロンディーニャ姫だとは知られたくなかった。


「どうしました? 勇者様ですから、お楽しみの相手が誰であれ、問題はないと思いますが」

「いや……中庭の場所がわからない。案内してくれ。服は、別の人が届けてくれるだろう」


 兵士以外の誰かがアキヒコの部屋に入っても、仮にロンディーニャ姫をみつけたところで、状況証拠しかない。いくらでも誤魔化せる。


「そうですか」


 兵士が承知したのをいいことに、アキヒコは兵士の背中を押して中庭に急いだ。


 ※


 王宮の中庭は、花壇と人工の池で品のいい庭園を演出していた。

 兵士が一方を指差す。

 兵士に指さされなくても、なにかが起こっているのがわかった。人々が集まっているからだ。


 王宮であるから、普通の平民はいないだろう。

 アキヒコが近づくと、高貴であろう人々はすぐに場所を開けた。

 着飾った紳士淑女たちだが、皆アキヒコを知っている。


 ただし、アキヒコは知らなかった。いや、覚えていなかったのだ。

 明らかに、飲みすぎである。


「おお、勇者よ。いいところに来たんだもん」


 王の話し方は独特だった。丸を2段重ねにしたような王の容貌は忘れることができないが、見なくても話し方で誰がいるのかわかる。

 これほど特徴が多くなくては、王は務まらないということだろうか。


「どうしたのです?」

「池に奇妙な女が写っているのだもん。魔物に囲まれて……まるで魔王なんだもん」


 王が指差した水面に視線を向ける。

 水面に、映るはずのない光景が写っていた。

 王宮の中庭とは全く違う深い森の中で、恐ろしい魔物に囲まれた、人間と見紛う女がひとりいた。


 アキヒコが見た途端、水面の女が振り返り、見つめ返された。

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