閑話1-1 孤児院運営会議

 これはカイトが15歳になったばかりの頃の話である。


 孤児院の院長であるカトレアは悩んでいた。

 というより困っていたという方が正確か。


 孤児院の才子であるカイトが授かったジョブが希少職だったからである。


 戦闘や生産面では普通かそれよりちょっと良いくらいだが、学問面ではまさに天才と言えるほどの能力を持っているカイトが、である。

 しかも【遊び人】という掴みどころのない名称の希少職。


 「やはり会議で相談しましょう・・・。」


 そうしてカイトのために『孤児院運営会議』が開催されるのだった。


ー▼ー▼ー▼ー


 孤児院の運営に携わっているのは5人。

 48歳のカトレア、【交渉人】で院長を務めている。

 31歳のフレッド、【軽戦士】で護衛を兼ねて戦闘訓練の教員をしている。

 25歳のリード、【料理人】で孤児院の食事の一切を管理している。

 24歳のサリナ、【育成士】で戦闘以外の教員を勤める。

 最後に21歳のシンシア、【回復魔術士】で修行を兼ねて救護係を務めている。


 カイトは生まれてすぐに孤児院の前に捨てられていた。この街では珍しい黒髪。

 カトレアは孤児院を開設したばかりで、迷いもなくカイトを受け入れた。名付けたのもカトレアだ。


 カトレアは30歳で孤児院を開いた。自らも違う街で孤児だったこともあり、並々ならぬ使命感を持っていたのだ。そして【交渉人】というジョブを活かしてこの街に孤児院を作ることに成功した。

 【交渉人】はジョブとしては珍しい。戦う力もほとんどなく、ほとんどが戦闘技術か生産技術を身につける中で、【商人】というその両方を持たない中級職で、さらに【算術】でもなく【目利き】でもなく、会話に力を注ぎ込まないと【交渉人】にはなれないからだ。当然先達について交渉に赴くと、荒事、と言っても条件にダンジョン素材を要求され、戦う羽目になるなどだが、に巻き込まれることも多く、【マナゴールドアタック】で身を守る必要があり、お金も多くかかる。


 そんなカトレアの開いた孤児院で最初に保護したメンバーの一人がフレッドだった。

 フレッドは王都の東にある『ドラゴリア』という街の商家の3男で、後を継ぐことは期待されておらず、戦闘力を主に育てられた。

 ところが13歳になった頃、護衛の練習を兼ねて同行していた実家の行商団が盗賊に襲われた。

 フレッドは囮にされ置き去りにされた。盗賊は子供よりも逃げた行商団を追ったのだが。

 それでも傷付き、命からがら辿り着いたのはノースアクアリム。そこで出会ったのがカトレアだ。

 甲斐甲斐しい看護によってフレッドの命は助かり、孤児院によって保護された。

 その恩義を返すべく、ジョブを得てから孤児院のために働き続けているのである。


 リードには特にそんなエピソードはない。5年前、【料理人】を得た後、ちょうど結婚で前任の【料理人】が退職する予定だった孤児院の募集に乗っただけだった。もちろん修行を兼ねて。

 そこにいたのがカイトだった。

 カイトは独特な感性で様々な調理法をリードに提案した。

 わずか10歳であるにも関わらず、目から鱗が落ちる発想を次々とするのだ。

 おかげで料理の腕はあがり、めきめきとレベルも上昇している。


 サリナは孤児院出身で、【職人】希望だったが【農家】になってしまったため、カトレアに相談したところ、教師を兼ねて務めないかと誘われたため、孤児院に戻った。

 せっかく拾い直してもらったのだからと全力で教師役を務めていると、【農家】の訓練もしていないのに順調にレベルが上がり、今では【育成士】に就いている。教えるには最適のジョブで本人も喜んでいるようだ。


 最年少のシンシアは、3年前から孤児院に勤め始めた。それ以前は【魔法士】の攻略者として、小さなクランに所属していたが、余りにも戦闘が苦手だった。そのため成長が遅れ、それを理由にクランを解雇されたのだった。その後管理局から紹介された孤児院に勤め、そこにいたカイトに魔法を使うことを強請られ、使用していくうちに【魔法士】をマスター。【回復魔法士】に転職できたのだ。それからは救護係として働き、今では【ヒール】だけでなく【リジェネレーション】も使えるようになっている。

 

 「それで今日の会議はやっぱりカイトのことか?」


 フレッドは威厳を出そうと敬語は使わない。カトレアと一対一であれば使うのだが。


 「ええ、カイトが今後どのようにするかは分かりませんが、どんな道を選んでもサポートできる体制を整えたいと思って。」


 カトレアが答える。


 「【遊び人】、希少職ですか。まさかカイトくんが・・・。」


 シンシアが残念そうに呟く。


 「でもカイトは何も気にしてないわよ?今日も色々調べていたみたいだし。」


 サリナが言う。

 実はサリナが【育成士】になったのもカイトが関わっている。

 勤め始めたころからカイトは賢く、好奇心に溢れていた。

 何に関しても「なんで、どうして」と尋ねてくるのでサリナも必死に対応したのだ。

 そのために調べ物をしているとレベルがあがりやすく感じた。【農家】の仕事ではないのにそこまで上がるとは思ってもいなかったのだ。

 【交渉人】同様【育成士】も比較的珍しいジョブだ。【農家】を得た人間は【栽培士】や【採取士】になることが多く、【育成士】を得るためのノウハウが存在していないからだ。


 「まさかカイト君が希少職になるとは思いませんでしたけどね。でも食欲も普通にあるし、我々程は気にしていないかも知れません。」


 孤児院の食事を一手に担っているリードは、その食事量や食事の様子から子供の異変に気づくことも多い。


 「ええ、あの子は悲観もしていないし、希望を失ってもいないわ。それでもやがて壁は立ち塞がるでしょう。その時どんな手を差し伸べてあげられるか考えておきたくて会議を開いたの。」


 「とりあえずどんな壁が現れるか考えましょうや。まぁ当然レベルが上がらない焦りなんかは生まれるだろうな。」


 「将来に悲観して絶望する時が来るかも知れません。」


 「カイトがそんなに柔だとは思わないけど、情報が足りないとか言うかも知れないわね。」


 「発想力があるので、発想は出来ても実現する力がなくて嘆くのでは?僕に新しい調理法を頼むのも根本はそこでしょうし。」


 皆がそれぞれありえそうな未来を語る。


 「あと一年はここに置いてあげられるけど、例外は作れないので、孤児院で働いてもらうにしても何かしら必要よ。あの算術の力でも十分と言えば十分なんですけどね。とりあえずカイトが孤児院の職員を望むかも分かりませんので。今出てきた可能性に対応できるように、いくつかこの場で決めてしまいましょう。」


 「とりあえず俺はカイトに貸し出す武具を用意することを進言するぜ。どうせ足掻くためにダンジョンに潜ろうとするだろうからな。」


 「それなら私はジョブについて書かれた資料を取り揃えることを提案するわ。あの子の発想力ならとんでもないことを発見しそうだし。」


 「私は・・・怪我をしたらすぐ復帰できるようにしっかり治してあげられればなと。武具と知識があれば何とかしそうですし。」


 「僕もそうかな?カイトが食べたいものを作ってあげるのが一番の支援な気がしますね。」


 「貴方達誰もカイトが潰れるなんてこと思ってないのね・・・。まぁ私もそうなんですけど。」


 「なんだかんだ言って乗り越えそうだよなぁ。」


 「あの子には何かある気がしますから。」


 「とても普通とは言い難いわよね。」


 「多分一番驚かされてるのは僕ですよ・・・。」


 「それでは私は、カイトがこの街を発つまで孤児院に留め続けることを支援としましょうか。」


 「この街を発つ・・・確かにあいつならやりかねんな。」


 「1年経過を条件に入れないってことは、自立することは確信してるんですね。まぁカイトなら分からなくもありませんけど。」


 「寂しくなりますね・・・。」


 「いやシンシアさん、まだ決まったわけではないですから。僕もカイト君がいなくなったらと思うと残念ですが。」


 特に荒れもせず、全員一致でカイトを支援することになった。


 そうしてカイトはたびたび増える書物を読み漁り、いざダンジョンに向かう際には誂えたような装備を身にまとい、一度も折れることなく【遊び人】を育て上げたのだった。


 ちなみにシンシアは毎晩カイトが寝付いたあとに【リジェネレーション】をかけるのが日課になった。

 もちろんカイトは早い段階でそれに気づいたのだが、同情されているだけだろうと追及することはなかった。

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