第1話 道中の考え事

「暇だ……」


 領都を出るまではのんびりと小さな窓から見える街の風景を眺めていた。

 領都を出てからもしばらくは普段目にすることのない街の外の風景を見て楽しむことができた。

 けれど、それも長くは続かない。

 当たり前だ。

 いくら物珍しいからといって、同じような風景が数十分も続けば飽きもする。


「明日から、いや、今日の午後から何か暇をつぶせるものを用意しよう」


 見飽きた風景が流れる窓から目を離し、1人決意する。

 ただ、荷物として積み込んだ本は既に読んだものばかりだし、できるとすれば刺繍か編み物くらいだろうか。

 それ以外だと諦めて昼寝をするくらいしか思いつかない。

 一応、馬車の御者たち以外にも騎乗した護衛が周囲に付いているけれど、彼らと話をするわけにもいかないだろうし。


「とりあえずは、まだ見ぬ新居のことでも考えて時間をつぶすとしますか」


 そう決めて新居についての情報を思い出す。


 新居はラビウス領の外れにある森近くの町にある屋敷だ。

 ラビウス領は王国の端に位置するので、いわゆる辺境と呼ばれる地域になる。


 屋敷については、何代か前の侯爵家当主の弟が使用していたらしい。

 なんでも、彼は相当な研究バカだったらしく、静かな環境と研究資源となる素材を求めて、辺境の森の調査という名目で資金を奪い取っていって屋敷まで建てたのだとか。

 一応、森から採れる素材の調査は捗ったらしいので、最低限の成果自体は出していたのだとは思う。

 実際、そのおかげで、屋敷のある町は素材を求める冒険者たちでそこそこ潤っているらしいし。

 ただ、辺境の森に冒険者たちが集まりだしてからは、ほぼほぼ研究に没頭するようになったらしいけれど。

 まあ、研究の片手間の調査で自家に利益をもたらす成果を出していたのだから、優秀な人だったのだろう。

 研究バカだっただけで。


 そんな人が残した屋敷には、当時の研究資料などが残されたままらしい。

 何故整理もされずに放置されたままになっていたのかは謎だけれど、まあ、辺境の屋敷を片付ける手間を惜しんだのかもしれない。

 あるいは研究資料に価値を見出さなかっただけか。

 まあ、優秀だったとされる研究バカの残した研究資料には興味があるので、あちらで暮らすときの暇つぶしに利用させてもらおう。

 仮に理解できなかったとしても放置するなり、処分するなりすればいいだけだし。


 そんなことをぼんやりと考えていたけれど、やはり長くは持たなかった。

 まあ、ここ数日は色々とバタバタしていた関係で、ちゃんとした情報をほとんどもらえていなかったので仕方ないとは思う。

 新たな屋敷に思いを馳せようとしても、何の材料もない状態では、それはただの妄想と変わらないような気がするし。


「はあ、こんなに暇を持て余すのは赤ちゃんだったころ以来かも……」


 お母様が亡くなってから忙しかったことの反動もあるのだろうけど、急にやることがなくなるとどうしていいのかがわからなくなってしまう。

 お母様が亡くなったことや環境が変わることに対する精神的なものもあるかもしれない。


「あの頃はどうやって暇をつぶしていたんだっけ?」


 あの頃。

 生まれ変わったことに気づいて、自分の置かれた状況に戸惑っていた頃。

 赤子の身体では言葉を話すことはもちろん、自由に動くことすらできなかった。

 出来たのはただ泣き声を上げて、周囲へと訴えることだけ。

 そうするとお母様が私を抱き上げてあやしてくれたっけ。

 お母様の腕の中に抱かれていると、理解の追いつかない状況に対する戸惑いや不安がきれいに消えていった。


「お母様……」






 結局、昔のことを懐かしんでいる間に眠ってしまっていたようだ。

 昼食のために休憩を取る際に、護衛の人に声をかけられて目を覚ました。

 寝起きのぼんやりとした思考のまま昼食を受け取り、馬車の中でそのまま食事をとることになった。

 で、気づいたら荷物から暇つぶしのための道具を取り出してもらうように頼むのを忘れていた。

 そのことに気づいたのは、休憩を終えて馬車が動き始めてからだ。


「やってしまった……」


 思わず後悔の言葉が出てしまうが、もう遅い。

 移動中も適宜休憩が挟まれるが、馬車から荷物を降ろすような時間はない。

 まあ、目的の物がどこに積まれているのかがはっきりとわかっていれば不可能ではないけれど、あいにくと荷物を積み込んだのは私ではない。

 さすがに短い休憩の間に荷物をかき分けて探し出せなんてことは言えない。

 今日のところはあきらめるしかないようだ。


「仕方ないし、これからのことでも考えましょうかね」



 これからのこと。

 私の将来について考えたとき、まず最初に思い浮かぶのは政略結婚のための駒として使われることだ。

 何を隠そう私の保有魔力は侯爵家の子供の中でも1、2を争うほどだったので、当主である父としてもこれを活かそうと考えることだろう。

 であれば、娘である私は政略結婚のためにどこかの有力貴族に嫁入りさせればいいとなる。


 というようなことを思ったりするんだけれど、実はこの可能性は低いのかなと思っていたりする。

 なぜなら、この年になるまで割と放置されて育てられてきたから。

 さすがに、ラビウス侯爵家の名を名乗ることを許されていたので、最低限の貴族教育は受けてきていた。

 けれど、それは本当に最低限のものだ。

 週に2回ほど家庭教師のおじいさんが屋敷にやってきて、貴族として必要な知識を教えてくれる。

 加えて、貴族家の令嬢として必要なマナーなどは屋敷にいたエリーをはじめとした侍女たちから教わる。

 これが私の受けてきた貴族教育なので、少なくとも高位の貴族家に嫁ぐことは難しいと思う。

 引っ越し先の屋敷で本格的な教育を施される可能性がないとは言わないけれど、さすがに現実的ではないだろうし。


 他に思いつくのは、侍女か女騎士といったところだろうか。

 私はお母様の意向によって、侯爵家の娘にもかかわらず様々なことを学んできた。

 掃除、洗濯に料理といった家事全般から、簡単な家具の補修や衣服の仕立て直しや修繕、果ては戦闘訓練や魔物の解体、薬草や鉱石の採集方法まで。

 はっきりいって、貴族教育とは比較にならないほどの力の入れようだった。

 たぶん、お母様が元冒険者だったということもあって、万が一、私が1人で生きていかなければならなくなっても大丈夫なようにということだったのだろうと思う。

 かなり色々なことを叩き込まれたので侍女や女騎士になることも可能だろう。

 たぶん、教わった内容的には冒険者が一番向いているのだろうけど。



 まあ、色々と考えているけれど、今の時点では全部ただの妄想でしかない。

 というよりも、父であるラビウス侯爵が私の将来をきちんと考えているのかすら怪しい。

 これまでの扱いから考えて、私に対する期待が大きくないことはわかる。

 おそらく、何かに使えればラッキーくらいにしか思っていないんじゃないだろうか。

 そもそも私はラビウス侯爵家の六女で、上には男女共に5人の兄、姉がいる。

 さらに、下にも弟、妹がいて、今後も増えそうな気配があるのだ。

 どう考えても、妾の子である私よりも、正妻や側室の子供たちの将来の方が優先されるだろう。


 そう考えると、本当に私の扱いはどうなるのだろうか?

 一応、ラビウス侯爵家は代々妻子をたくさん持つ家系ということで、色々なところと縁を繋いでコネを作っている。

 王家や有力貴族から田舎の弱小貴族、騎士団や軍、城の官吏に有力な商家など、そのつながりは実に様々だ。

 なので、就職先、あるいは嫁ぎ先に困ることはないとは思う。

 だからといって、放置というのはやめてもらいたいところだけれど。

 直前になって、騎士団に入団しろとか、どこそこの家に嫁げなんて言われても困る。

 さすがにある程度前から準備をさせてもらわないと。

 まあ、そう考えると、お母様から受けていた各種教育、訓練は案外理にかなっていたのかもしれない。

 少なくとも、王家や高位貴族に嫁ぐとかいう無茶ぶり以外には、意外と対応できそうな気がするし。


「でも、やっぱり有力なのは侍女か軍閥の貴族へ嫁ぐ線かしらね。

 一応、女騎士という可能性もなくはないけれど、どちらかというと女騎士の場合は王家や高位貴族のご令嬢の護衛になることが多いらしいから、礼儀作法的にNGっぽいし」


 私の魔力を活かすことを考えれば、軍閥の貴族家へ嫁ぐ可能性が高いのかもしれない。

 魔法の才能や魔力というものは遺伝による影響が大きいらしいから。

 まあ、その場合は跡継ぎを生むために嫁ぐことになるので、個人的にはあまり歓迎したくはない。

 どういう扱いになるかは嫁ぐ家次第なんだろうけど、自由がないのは辛い。

 それに最悪の場合は、かなり年の離れたおじさんに嫁ぐなんてこともあるかもしれないし。

 さすがに跡継ぎ目当てであれば、子供が作れないレベルのお年寄りはないだろうけど。


 そういう意味だと、私の希望は冒険者になるのだろうか。

 お母様に影響された感がすごいけれど。


「まあ、私の希望が通ることなんてないんでしょうけど」


 ラビウス侯爵家の名を名乗ることを許されたということはそういうことだ。

 庇護を受ける代わりに、その意向に逆らうことはできない。


「それを考えると、今のうちにやりたいことをやっておいた方が良いのかしらね」


 どこかに就職するとしても、嫁ぐとしてもそれは成人してからだろう。

 この国の成人年齢は15歳だから、おおよそ7年の猶予がある。

 平民だと12歳から見習いだったりで働きだすらしいので、それまでの猶予と考えても4年はある。

 領都から離れた辺境の町であれば、四六時中みっちりを教育を受けるような日々になることはないだろう。

 たぶんこれまでよりも余裕のある生活ができるはずだ。

 であれば、その期間にやりたいことをやる。

 やりすぎると将来がつらくなるかもしれないけど、まあどうにかなるでしょう。


 そんなことをぼんやりと考えながら、移動初日の道中を過ごした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る