第五話 人食い澱退治 兎姫の浮気と駆け引き

登校する二人 だが新たな妖魔が

「では、いってきます」

「いってきます」


 郷間神社に見習い禰宜である剣司と見習い巫女である舞の声が響いた。

 だが、二人とも禰宜の服装も巫女の服装もしていない。

 朝のお勤めの時は着ていたが着替えていた。

 それぞれ黒の学ランに紺をベースにしたセーラー服、県立大輪高校指定の学生服だ。

 裏では妖魔退治を行っているが、二人とも高校に通う高校二年生だ。


「おう、勉学もキチンとな」


 二人の義父であり父である浄明が声をかけて送り出した。

 社会に出ても問題ないようにと二人に高校に通うよう勧めたのは浄明だった。

 いくら裏の仕事、役目があっても社会と隔絶されてはならない。妖魔を倒すのは社会の為であり、社会を知らなければならない。

 それにお役目以外の道もある、と教えるためだった。

 だから高校生活に差し障りがないよう、神社の仕事やお役目の予定を調整している。

 時に厳しく、抜けているところのある浄明だが、このような気配りをしてくれて二人は感謝している。


「もう少し、近いと良いんだけど」

「仕方ないよ。ウチは山に近いもん」


 バスに乗って溜息を吐く剣司を舞が慰める。

 郷間神社は山間部と平野部の境界部分にあり、学校のある町まで遠い。

 なのでバスでの移動で時間がかかる。


「自然豊かでいいか」


 人気も少ない山間部は妖魔退治の鍛錬に絶好だったが、通うのに時間がかかるのはどうにかして欲しい剣司だった。

 バスに揺られて二人は、終点のバスターミナルで降りる。

 ここから高校まで歩いて行く。


「ところで、身体の方は大丈夫?」


 剣司は舞に尋ねた。

 下手をすればセクハラだが、二人にとっては秘密であり重要な問題だった。


「大丈夫。今のところ力は安定しているから」


 舞は笑って答えた。

 二人は郷間神社の本来のお役目、妖魔退治を行っている。

 十代後半と若いが、湯数の手練れで幾多の妖魔を打ち払った。

 しかし、先日妖魔の討伐に失敗し舞は、暴れる妖魔を止めるべく自分の身体の中に封印した。

 だが、封印するために多くの力を割かなければならない。


「もし必要なら早く言ってくれよ。力を渡すから」

「だ、大丈夫」

 

剣司の言葉に舞は顔を赤くして答えた。

 舞だけでは足りない力、精気を剣司から補充することが出来る。だが、そのためにはキスをする必要があった。

 二人は相思相愛の許嫁であるが、父親が厳しく、不純な行為は禁止されている。

 そのため隠れてやらなければならない。


「けど、舞は我慢する方だからな」


 幼い頃に舞の家に引き取られた剣司は、舞とは一つ屋根の下で生活しているので舞の性格を知っている。


「なんなら、そこの路地裏でする」

「大丈夫だって」


 脇道を指さして言う剣司に舞は、強い言葉で言った。


「うん?」


 だが通学路を歩いている途中で、おかしな気配を舞は感じた。


「妖魔?」


「たぶん」


 舞が緊張して答えと剣司は、通学路を離れ路地裏に入ると担いでいた竹刀袋から愛刀である碧薄を取り出した。

 高校では剣道部に所属しているため、竹刀袋を持っていてもおかしくないため、刀を隠すのに最適だった。

 舞は先を進み妖魔の位置を探る。


「どこに居るか分かる?」


「うううん。右に左に移動しているみたいで、何処にいるか」


「まさか」


 二人は路地裏の小さな小道にいる。両側は別々の建物であり、移動できるはずがない。

 いくら妖魔でも壁抜けが出来る種類は限られる。

 そのような危ない種類ではない古都は放たれる邪気、妖魔が放つ精気から分かる。

 舞は妖魔の放つ邪気を視線で追って探す。

 そして気が付いた。


「分かった! 下水管を伝って移動しているのよ!」


 舞が叫んだ瞬間、排水溝からスライム状の物体が飛び出してきた。


「人喰い澱!」


 ドロドロの不定形の身体を持ち、人間や妖怪を包み精気を吸い取る妖魔だ。

 人喰い澱は身体を伸ばして舞に襲い掛かる。


「きゃあっ」


 手足に絡まれて舞の動きが鈍る。


「離れろ!」


 剣司は刀を鞘から抜き、舞に絡み付いた人喰い澱を切り落とした。

 だが、すぐに切断された断面が伸びて繋ぎ合い、元に戻る。


「切り落とせない」


 剣司が驚いている間に人喰い澱は、舞の身体を包み込んで行く。


「がはっ」


 顔まで包まれ舞は息が出来ず苦しむ。

 だが、気力を振り絞り、印を結び、術を構築する。

 舞を中心に人喰い澱の周りに術式が展開する。

 術式が輝き光が溢れると、人喰い澱は消滅した。


「あの状態で破魔封印したのか」


 通常なら祝詞を上げて消滅させるのだが、無詠唱でも可能だ。

 だが、膨大な精気を使うため通常は多用しない。

 そのことを思い出した剣司は舞に駆け寄る。


「! 舞!」


 舞はぐったりと倒れたままだった。

 だが、剣司の呼びかけにうっすらと目を開けた。


「久しぶりじゃな」


 傲慢な角度に上がった口端から妖艶な声を漏らし、細く吊り上がった瞳で舞は剣司を見つめた。


「! 兎姫!」


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