一反木綿討伐 舞が巻き付かれて いきなりピンチ!

「大丈夫?」


 心配そうに舞は剣司に尋ねた。

 昨日、舞の実父であり剣司の養父、そして剣の師匠である浄明からキツい鍛錬を受けた。

 手荒い鍛錬で終わった時には剣司はボロ雑巾だった。

 舞が術を使って手当をしたが、まだ傷跡が残っている


「平気だよ」


 剣司は、舞を心配させないように笑顔で答えた。


「それより舞の方は」

「私は大丈夫だけど」

「違うよ。精気の方だよ」


 舞の中に封印されている妖魔、兎姫は舞の精気によって封じ込められている。

 舞の精気が弱まると、封印が解けて舞は乗っ取られてしまう。

 そして舞の精気は封印に使われるため、出力が制限されている。

 いつもなら完治しているはずの剣司の傷が残っているのも、舞が十分に精気を出せず、術を使い切れないからだ。


「だ、大丈夫よ」


 舞は顔を紅く染めながら気丈に言うが剣司は心配だった。

 精気を出し切れないこともあるが、舞への精気の補充も出来ていない。

 舞の精気を補充するには、口移しで精気を送り込む、つまりキスをすることだ。

 だが昨日の稽古の後も養父浄明の監視が厳しく、精気を分ける、キスをする時間が作れなかった。

 今朝も監視が厳しく、まだ与える事が出来ない。


「さあ、行きましょう」


 舞は先に歩いて行ってしまった。

 どうもキスをすることに抵抗があり、ムードが高まらないとしてくれない。

 特に討伐の最中は責任感が強く、己を律しているためか、キスに抵抗感があるようだ。


「仕方ないか」


 剣司は不安だったが、舞を相手に無理矢理キスするわけにもいかず、舞の後を追いかけるしかなかった。


「いたわ」


 舞が指さす方向に、ひらひらと布のようなものが浮いていた。

 だが風に飛んでいかない、むしろ逆らって進む姿は明らかに意思があった。


「一反木綿か」


 布の形をした妖魔だ。

 人に巻き付いて精気を吸い取ったり、締め殺す事がある。

 今回も、人に巻き付いて精気を奪い取っており、討伐の指令が出ていた。


「すぐに斬って片付ける」

「待って剣司!」


 舞が止めるのも聞かず、剣司は駆け出した。

 先日の失態、舞を危険に曝し、舞の身体に妖魔を封印する羽目になったことを剣司はいまだに悔いていた。

 汚名返上の為にも、舞を危険に曝さないためにも自分一人で解決しようと猪突猛進した。


「たあっ」


 剣司は刀を抜き、一反木綿を両断しようとした。


 スカッ


 だが、剣司の身体が触れる寸前一反木綿の身体がふわりと浮かび、避けられてしまう。


「にゃろっ」


 フワッスカッ


 剣司は切り返すが、結果は同じだった。


「ひらひらしていて捕らえられない!」


 一反木綿は布のような身体をしているため、剣司の刀が作り出す風圧に押されて、簡単に避けてしまい斬ることが出来なかった。


「ビイイッ」


 笑うような声が一反木綿からして剣司は更に刀を振るうが、ことごとく避けられてしまった。


「待って、今、抑えるから」


 舞は無意識に変身した。

 胸の部分が大きく開いたハイレグスーツに、白い長手袋に大きな袖、脚は太ももまである朱のインナーに白いブーツ姿の退魔巫女の衣装に変わった。

 郷間神社の中で有数の才能を持つ舞にしか出来ない変身だ。

 大きく開いた胸の前で白い手袋に包まれた両手を合わせ、祝詞を唱る。

 封印して一反木綿の動きを抑えようとした。


「ビイイッ」


 だが、その動きに気が付いた一反木綿は舞に狙いを定め、舞に迫った。


「危ない! 舞!」

「えっ、きゃあっ!」


 剣司が気が付いた時には遅かった。


「ビイイッ」


 祝詞を唱えることに集中していた舞は、背金する一反木綿に気が付くのが遅れ、身体に巻き付かれてしまった。


「い、いやあ、ううっっ」


 舞の豊満な身体に一反木綿が纏わり付き、脇などに滑り込み、各所の凹凸に締め上げて動けなくしていく。


「ちょ、ちょっと、やめて、あうっ、ううっ」

「ビイイッ」


 舞が嫌がっても一反木綿は、舞の身体に巻き付くのをやめない。

 それどころか更に絡みを強くし、口には猿ぐつわまで噛まし、祝詞を唱えられないようにして、封印を防いでいる。


「クソッ」


 刀で一反木綿を切り捨てたい剣司だが、舞に密着しているため出来ない。


「うううっっっ」

「くうっ」


 一反木綿に精気を吸い取られている舞が悲鳴を上げるが、剣司は見ていることしか出来なかった。


「ビイイッ」

「ううっ……」


 急激に精気を一反木綿に吸い取られたため、舞は気絶してしまった。

 頭を項垂れ、締め上げられた身体の力が抜けていく。

 その時、舞の身体が光り始めた。


「なっ」


 強烈な光に思わず剣司は片腕で目を守ろうとする。


「全く、無様な有様じゃな」


 そして聞き覚えのある声が光の中心から聞こえてきた。


「大言壮語して、その程度とはのう」


 ポニーテールがたなびくシルエットは舞だった。

 だが、光が収まりつつある中、形作られた衣装は退魔巫女の衣装とは全く違う形だった。

 ショルダーオフの黒いハイレグ。

 胸元から下がり背中丸出しの開口部は縁取りされたファーによってより強調される。

 二の腕から伸びる黒い長手袋の袖口もファーが付いておりアクセントとなっている。

 切れ込みの深いハイレグカットから伸びる足は黒タイツが包み、膝丈まである長い黒のハイヒールロングブーツに入って行く。

 肩から左右に大きく張り出した金縁シースルーの陣羽織は威嚇的だが、肩と腋を露わにしており扇情的だ。

 首元の留め金からは表黒裏赤のマントが伸び端にはファーが付いている。

 長い前髪とポニーテールで束ねられた後ろ髪の分け目から頭からは長く白い耳が伸びる。

 まごうことなきバニーガール姿だった。


「もう少し強くなっておれ」


 だが一番の違いは、舞の雰囲気だった。

 スレンダーな身体だが、背筋は先ほどより伸び、傲慢にも近い自信に満ちた姿勢。

 挑発的に張り上げる胸。

 微笑みつつも不敵に端の上がった口。

 何より傲然と見下す吊り上がった細い瞳。

 舞とは別の人格のようだった。

 事実、全くの別人格だった。


「久しぶりじゃのう、小僧」

「兎姫」


 舞の中に封印されている妖魔の名前を剣司は呟いた。

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