第4話 冒険者ギルド 夜勤引継編

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 グレッグが去っていった後、取り巻きはぶつぶつ不満を漏らしながらも解散した。そんなに俺を傷付けたいのだろうか。ちょっとよく分からない考え方である。


 揉め事を上手く取りなしてくれたナキトには謝意を伝えたが、「……別に」とそっぽを向いて適当なテーブルに座ってしまった。もうこれ以上話しかけてくれるな、ということだろう。


 切り替えるとしよう。


 冒険者の依頼受理を粗方片づけた後は、先にも述べた通り、酒場開く為の準備がある。


 酒場経営は冒険者ギルドを経営する上で必須の設備ではないが、多くのギルドが採用している経営戦略の一つである。


 冒険者者の慰労や士気向上を目的とした酒場であるが、特にウィスタリア支部ではかなり手の込んだ料理を提供している。


 ついては真向かいにある料理店『絶品亭』の存在が大きい。『絶品亭』は名の知れた商会が経営しており、質が高く、衛生管理が行き届き、更には安価と非の打ち所がない料理店である。昼時は軽食の販売のみに抑える代わりに、夜は料理人と食材を寄越して下さる、大変ありがたい提携先であった。


 そんな形態だからか、ウィスタリア支部は他の冒険者ギルドとは内装がかなり異なるらしい。他所はわざわざテーブルや椅子の配置替えやギルド職員が食器をキッチンで洗い直す作業がなく、職員と酒場経営の棲み分けが明確にされおり、普段から両方を利用できるようなレイアウトであるとか。


 因みに規模を少し大きくして、スプルース王国全体で考えれば、他国と異なるのが冒険者事情である。


 この国では冒険者の夜間依頼は有事の際を除き控える事を推奨されている。というのも夜行性の魔物は基本的に獰猛な習性がある為、ランクの制定が難しい。


 推奨という文言故に数年前まではあったのだが、下級や上級の冒険者の事故率が著しく高かったことから冒険者ギルド間では禁止に等しい規則を結んでいる。因みに上級まで禁止等の制限を設けると、上級と銅級の経済的、立場的な格差が広がり、やがては不正の横行に繋がる。その様に危惧したギルドは敢えて全面禁止にしたのだろう、と以前ユリナさんが丁寧に教えてくれた。


 その代わり誰が魔物を駆除するのかというと、国家魔導騎士団という団体で……と少しばかり脱線してしまった。要は本来であれば冒険者も休憩中の夜間は冒険者ギルドも閉めているはずだろう、と考えてしまうのがこの業界に入ったばかりの俺だった。


 しかし、世の中はそんなに甘くなかった。依頼達成の報告書や残作業、翌日分の依頼(掲示用)の作成、緊急窓口はそのままに、ウィスタリア支部限定で酒場のウエイターの作業がある。日勤と比べると楽ではあるが、やるべき事はしっかりあるのだ。


 「お疲れ様ー」

 「おはようございますー」


 夜勤組が出勤してきた。後半は職員総出で酒場のセッティングを行ったこともあり、随分と早い時間に終わった。さっさと帰るべく引き継ぎをするか。


 「――と、ここぐらいまでは終わりました」

 「りょーかい。やっぱユリアさんすごいわー」


 ユリアさんは夕方頃に折を見て翌日分の依頼作成に着手する。8割方完成した書類を渡すと、いつものように夜勤組からユリアさんへ称賛の声が上がる。


 「ありがとうございます……でも今日は午前中お休みをもらっていましたし、ヒサギさんにも頑張って貰いました」

 「んー。ユリアさんがそういうんなら頑張ったんだろなー」

 

 ユリアさんは少し頬を赤らめていた。賛辞を受けることに未だ慣れていないようだ。


 夜勤組の人は苦笑して俺を見る。ユリアさんが褒めている手前、俺に不満を口にすることができないのだろう。目が何かしら言いたげだった。


 「こら。本当にヒサギくんもちょっとずつ成長しているんだからね?」

 「分かってますよー。でもねー……」


 エルナさんが表情の機微に気づいたのか、窘めるように夜勤の人の肩を叩いた。


 「全然気にしていません。お疲れ様でした」


 些かの嫌悪感を持たれるのは生きている以上仕方がないことである。万人に受ける人なんて存在しない。


 グレッグを筆頭にかなりの冒険者連中から顰蹙を買っている様子から、寧ろ俺自身に問題があるのかも知れないしな。


 俺は最後に挨拶をして、事務室を過ぎ、奥にある階段を上った。


 2階は通路を真中に、両側3つずつ部屋がある。階段から程近い部屋は、右手は簡易な水浴びができ、左手は衣類を洗う洗濯室だ。奥の4つは仮眠室兼住み込み用のベッドが備え付けられている。


 今住み込みで働いているのは俺一人だ。木製の通路を進み、一番奥の右手にある扉を開く。


 俺は明かりをつけないまま、ベッドの上に畳んだ部屋着を手に取り、水浴びへ向かった。


 

 +++

 汗を流し終えた俺はベッドで横になっていた。


 明日は夜勤だ。残っている洗濯や夕食等は仮眠を終えてから考えるとしよう。


 数分じっとしていると、次第に意識がなくなっていた。


 ……。


 起きると、まだ外は真っ暗だった。月明かりを頼りに、自室の扉を開けて通路に出る。


 「お疲れ。寝てたのか?」

 「ああ。レオは、洗濯か?」

 「そうだ! ついでにお前もやるか?」


 ホーゼンを抱えたレオに出くわした。


 「よろしく頼む」

 

 俺は素早く部屋から仕事着を持ってくると、レオとともに衣服の洗い場へ入った。


 洗い場にはタイル貼りの床の上に、大きな桶が一つ置いてある。特筆すべきは桶の中にある、小さな穴が幾つも空いた水晶玉だろうか。これは水魔法【水浄】という魔法が組み込まれた魔道具である。使用可能回数は10回。銅貨3枚程度で購入できることもあり、手洗いの洗濯に革命を齎したとさえ呼ばれる逸品である。商品名は『らくらく水晶玉君』、ひと呼んで水晶玉だ。


 桶の中へ衣服を入れると、俺は水晶玉へ向けて軽く魔力を放出した。魔法を行使する前段階の魔力は、全生物が保有するエネルギーといえる。


 水晶玉は微かに輝くと、穴から白濁の水をどんどん吐き出す。そうして桶一杯になった水は淡く光っている。後は一時間程度待てば衣服は綺麗になっているだろう。


 「……腹減ってねえか?」

 「たった今降りるところだった。一緒に食おう」

 「おうよ!」


 レオは豪快に返事し、俺たちは一階の酒場へ向かった。


 

 「酒は頼まねえのか?」

 「もちろん頼むぞ」

 「おお!」


 テーブル席が満席だった為、俺とレオはカウンター席に横並びで座った。繁盛しているようで何よりである。


 こうしてレオと飯を食べるのは初めて出会って以来の2度目である。あの時はエルナさんやユリアさんともずっと距離があった。レオは歓迎会を提案してくれたが、俺が断りその後は2人で軽く夕食を交えた程度であった。


 しばらくするとエールが注がれたジョッキが2杯届けられる。


 俺とレオはウエイターに会釈し、同時にジョッキを持ち上げた。


 「お疲れさん、乾杯」

 「乾杯」


 カン、と小気味のいい音が鳴り、琥珀色の液体を喉に流し込んだ。


 早々にジョッキの中程まで飲んだレオは、そっと手を放し、正面を向いたまま口を開いた。


 「どうだ、最近は。慣れたか」

 「ああ。お陰でな。懐も暖かくなってきた」

 「がははっ! そりゃあいい」


 レオは実に楽しそうに笑う。その豪胆すぎる笑い声のせいか、テーブル席の客がこちらを一瞥した。


 辺りは静まり返ったが、ただそれも一瞬の出来事で、すぐに元の喧騒に戻った。


 「まあその分レオやエルナさん達には迷惑をかけている、と思っている」

 「なんだそりゃ」

 「俺は……身なりか、顔か、話し方か。どれかは分からないが、嫌われる傾向にあるようだ」

 「ああ……そんなこと」


 酒の席故か。ふと零れた言葉を、レオは丁寧に拾った。おそらく今日の出来事を大方把握しているのだろう。突然胸中を吐露したことに対して、然程驚いた様子を見せなかった。


 「お前にゃ独特の雰囲気があるからなあ。そりゃエルナ達よりは時間は掛かるだろうけどよ、お前の頑張りはいつか認めてくれるさ」

 「そんなものか」

 「そんなもんだ。……オレなんてお前の比じゃねえくらい嫌われてたからな」

 「……そんな風に見えないが」


 驚いた。レオの快活な性格は見ていて気持ちの良いものだ。もしたった1人だけ万人に好かれる能力を持つ人物が存在するとすれば、それは敬虔な聖職者ではなく清濁併せもったレオだろうと思う程に。


 「昔はもっとギラついてたからってのもあるけどな。……オレが認められたきっかけなんて、それこそたまたまだ」


 レオは遠い目をしてそう語った。


 ここで働き始めた頃、一度エルナさんに本気で怒られたことがある。それは冒険者の前でレオと話していた時だ。レオ、と何気なく呼んだ。それだけで温厚な彼女が怒った。


 ギルドマスター、金級冒険者の肩書きを持つレオには、もう一つ大きな偉業があった。


 それは、魔王の側近、四人しかいない幹部の一柱・ダンタリオンの討伐。


 今から十数年前、魔王が使者と称して幹部を2人この街に送った。


 魔族の中でも飛び抜けた戦闘力を持つ幹部は、遊び半分で街を蹂躙した。


 内1体は早々に帰ったものの、ダンタリオンは残って人々の虐殺を始めた。


 そんな化け物を相手取って見事討ち取ったのが、レオを含む5人の金級冒険者パーティだった。

 

 だが、その過程でこの街の凡そ200人もの命が奪われた。その中には、レオのパーティ3人も含まれていた。


 当時まだ幼かったエルナさんが、両親とはぐれてどうしようもなくなっていた時、レオ率いるパーティが助けてくれたようだ。だからこそ俺の軽率な一言で、冒険者連中からの威厳が失われるのを嫌って怒った、とはエルナさん本人の弁である。俺は以降口調は変わらずとも職務中は必ずレオを『ギルドマスター』と呼んでいる。


 そうか。つまりレオ自身は、この街で多く出た犠牲と引き換えに信頼を得たのだと考えているのか。


 同じく英雄扱いされていた俺だが、直接的に称賛を浴びた経験がなかった故に、理解が難しい考え方であった。


 ただ、それでも。


 「……レオがもしどうしようもない性格なら、今のギルドは廃れていただろうな」

 「どういうことだ?」

 「善悪に喩えるのは好かないが……お前は間違いなく、善人だろう?」


 ここに来る前の死ぬ間際。ずっと考えていたことを捻じ曲げてでも。


 レオはそんな軽薄ではないと言い切れる。


 「そうなんだよ」


 かと思えばレオはニヤリと、どこかで見た悪どい笑みを浮かべ、肯定した。


 「オレもお前に同じことを言いたかったんだよ」

 「……なるほど」


 前言撤回。レオは、やはり悪いやつで、必ず一枚上手にいかないと気が済まないようだ。


 その後は他愛もない話を続け、食事を楽しんだ。


 2時間ほど過ぎ、レオと解散すると、すっかり忘れていたことを思い出した。洗濯である。


 急いで向かうと、夜勤組の1人が俺とレオの衣服を干していた。


 退勤間際に軽く話した夜勤の人である。


 彼女は俺を認めると、気まずそうに視線を逸らした。


 「いやー、まーあれはなかったよね。ごめん。気をつける」

 「いえ、全然気にしていません。干してくださってありがとうございます」

 「まーじゃあ、これから敬語なしってことで手打ちにできないかなー、つって?」

 「……わかった」


 酒場でウエイターをしていて、話が耳に入ったのだろうか。いや、彼女は引き継ぎを行った相手だから事務作業だ。では何故だろう。


 様々な憶測があったが、彼女の話し方を見て分かった。普通に反省していたのだ。


 頑張れば認めてくれる、か。


 「よろしく、ヒサギン」

 「……なんだそれは」


 なるほど確かに。そういった節も、なくもないかも知れない。

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