気まぐれ刊・読者だより

うつつ ペラ市

第1話 写真しりとり

 近頃の小学生ってみんなスマホを持ってるのが当たり前、みたいなご時世じゃないですか。私が小学六年生の頃も既にそんな風潮で、もうすぐ中学生ってことで大抵のクラスメイトはスマホを買ってもらってたんです。まあ『スマホは中学一年生になってから』って理由で買い与えていない家庭もごく少数存在したんですが、そういう家庭でも学習塾や通信教育なんかで必要だってことでタブレット端末を購入済みだったりするので、結局クラス全員それなりの通信端末を一人一台所持していたんです。

 好奇心旺盛な小学生がそんな目新しい玩具を手に入れたわけですから、それらを使った新しい遊びも独自に発展していきまして。当時私が属していた友達グループも例外ではありませんでした。その遊びっていうのが、『写真しりとり』っていうライングループを使ったものだったんですよね。

 ルールは出席番号順にしりとりをしていくだけ、っていうシンプルなものなんですが、独自ルールとして『言葉と一緒に自分で撮った写真も投稿する』というものがありました。例えばリンゴと言いたければ自分で撮ったリンゴの写真を、ネコと言いたければネコの写真を、みたいな感じですね。そして順番が回ってくれば次の人にバトンタッチして自分の番になるまで待機します。単純な遊びですが、小学生が自力で撮影できるものなんて限られているので結構頭を使っちゃうゲームではありました。


 事件が起こったのは、冬休みの終り頃でしょうか。その日も、夕方6時くらいにライングループに集まって、いつものように友達皆で写真しりとりをしていたんです。友達から『豆腐』の写真が回ってきたので、私は『太もも』ってことで、自分の太ももの写真を次の友達に回したんです。その時はだいたい数分ぐらいのスパンだったと思います。

 そしたら、10秒もしないうちにその友達が返信してきたので私はわが目を疑いました。だって『も』から始まる言葉を考えて、それの写真を撮影して、ライングループに投稿する、この一連の流れが10秒でできるわけないじゃないですか。「もしかして降参のメッセージかな?」と思いつつ、私はその投稿を確認しました。

 それは、写真ではなく動画ファイルでした。サムネにはどこかの高原というか草原というか、青々とした緑が広がる風景が表示されていました。『写真しりとり』なのに動画を送信してくるのはルール違反なのですが、『も』から始まる言葉を添えていない時点で「ああ、誤爆したんだな」と私は解釈しました。だから私は何も気にせず動画ファイルを開いたのです。一体どんな動画を誤爆したのか、あとでからかってやろうと楽しみにして。


 その動画は、まるでテレビアニメのハイジに出てくるようなだだっ広い平原を映し出していました。青空の下に広がる緑の絨毯と、遠くに見える山々。とても綺麗な光景だったので、私も思わず見惚れてしまったほどです。ただ、音声は一切ありませんでした。長さは二分ほどだったと思います。

 しばらくすると画面の中央あたりで何か白いものが動いていることに気づきます。最初は野生動物の撮影映像なのかと思ったんですけど、どうにも様子がおかしい。映像がズームインで拡大されてようやく分かりました。それは白い上下セットの衣服を着た人間でした。遠くの方から、白人の男性が必死になってこちらへ走ってくる様子を撮影した動画……それがその動画の正体でした。

 この人はこんな何もない場所で何をしているんだろうか? そもそもどうして走っているんだろう? 色々疑問が浮かんできましたが、私の興味はすぐに別の方向へ向きました。何故なら男性は走りながらカメラに向かって手を振り出したんです。それもかなり大げさな仕草で。走り過ぎて疲労困憊なのかふらふらになりながらも、口を大きくパクパクさせながら。音声なしの動画なのでその人が何を言っているのかわかりませんが、それでも何を伝えようとしているのかは何となく理解できたんです。彼はカメラマンに向かって助けを呼んでいるんじゃないのかと。

 只ならぬ雰囲気に胸騒ぎをおぼえつつも、私は男性から目が離せなくなっていました。動画が一分ほど経過したところで、カメラの画面外から黒い塊が飛び出してきました。大きさ的に犬や猫といった動物ではなく、もっと大きなものです。それは男性の背後めがけてすごいスピードで接近してきて、徐々に輪郭がくっきりしていき……そこで私は息を呑みました。

 そこにいたのは巨大な熊だったんです。

 体長3メートル近くはあったでしょうか。全身が真っ黒な毛で覆われていて、遠くからのアングルのため細かいところまでは見えなかったんですが、男性を獲物と認識しているらしく、鋭い牙をむき出して今まさに襲いかからんとしていました。

 そして、次の瞬間。必死で助けを求める男性の背中めがけて熊の太い右前足が振り下ろされ……。

 そこで私は動画を停止ボタンで止めました。心臓がバクバクいっていて、呼吸も乱れまくりです。汗も止まらないし、喉はカラッカラだし、とにかく気持ち悪い。


 なんでこんな胸糞悪い動画を投稿しやがったのか、私は友人に文句を言ってやろうとそいつに電話を掛けました。イタズラだとしても限度があるだろうと。彼はスマホを持っていなかったので家の電話に掛けたんですが、通話中で出てくれず、仕方ないので私はグループトークでメッセージを送りました。『お前の投稿した動画 見たぞ ふざけんな』って。グループ上には、その動画以降誰からも投稿がされていませんでした。

 すると、すぐに別の友人から電話がかかってきました。私に豆腐の画像を回した子です。彼は確かスマホを所持していたはずなので、ラインの通話機能を使えばいいのに、と思いながらも私はその着信に出ました。彼は大慌てでこう言ったんです。

「あいつ、ラインのアカウントを乗っ取られたのかもしれない」と。

 あの詳細不明の動画については投稿した本人も全く身に覚えがないとのことでした。ちょっとトイレに行くためにスマホを放置していたらいつの間にか勝手に投稿されていたらしいです。遠隔操作等でこのような芸当ができるのかはそういう方面に明るくないので分かりませんが、あまりにも気持ちが悪かったのでその子はアカウントを削除、ライングループも解散してしまいました。結局あの動画が一体何だったのかは分からないままで終わってしまいました。


 ……後に知ったのですが、昔流行った映画のジャンルで、事故や処刑のシーンを撮影して編集する、本物の死体を映そうがやらせ映像で観客を騙そうが許される『モンド映画』と呼ばれる悪趣味なジャンルがあったそうです。……はい、偶然にも『も』から始まる言葉です。

 ……あの動画もやらせのフェイク動画だったらいいのにな、最近はそんなことを考えています。

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