第9話 危険な賭け

「い、一色朧にアイラが吸収された!? そんなこと聞いたことない!」


 精霊が人間と分離してから吸収されるなんて聞いたことがない。

 そんなことがあれば大問題になっているはずだ。だけど疑問が残る。朧が言っていた依頼や実験とは、人間と精霊の合体なのではないかと思ってしまった。


「薬で何かをして精霊と人間を合体させたのか!? いや、考えても仕方がないか。暴走状態の朧をどうにかしないといけないしな!」


 頭部を抑えて苦しんでいる朧は、身体から出ていた靄が収まると両腕から黒い光を放っている篭手が出現した。


「な、なんだあれ!? 精霊と融合をしたからなのか!?」


 わからない。

 精霊が関係をすることはわからないことだらけだ。だけど、脅えてなんていられない。朧を倒すまでは倒れてなんていられないからだ。


「俺も精霊を――ルナを出さないと。ルナ! 力を貸してくれ!」


 空に向けて手を伸ばすが、何も起こらない。

 横目で見えた結奈が何をしているのかという不思議な目線を送っているが、見なかったことにする。


「やっぱりだめか……」


 どうすれば現実世界にルナを呼べるんだ!

 心の中で名前を何度も呼んでいると、腹部を殴られて勢いよく後方にあるバリアに衝突してしまった。


「ぐぁっ! がっふ!」


 腹部や背中の痛みが我慢できず、力なく地面に倒れてしまう。

 苦しい。ルナを呼ぶのに夢中で、一色朧を見てなかった。俺は馬鹿か……戦闘中に視線を外したら攻撃をしてと言っているものじゃないか。


「どうすれば……どうすれば暴走状態の一色朧を倒せるんだ……」


 砂利を掴みながら立ち上がると、精神世界に行った時と同じ頭痛が襲って来た。


「ぐぅ……この痛みは……」


 ルナと会った時と同じ頭痛だ。もしかしたら今なら話ができるかもしれない!

 だけどもしルナじゃなかったらどうすればいい? いや、こんな切羽詰まった時に野暮か。結奈を救えればどうだっていい。そのためにここにいるんだ。


「俺はどうだっていい。今は一色朧を倒せればいいんだ! 来い! 俺はここだ!」


 力を籠めて叫ぶと、誰かが背後に現れて両手で身体を触ってくる。

 やっぱりそうだ。ルナではなくて、喰わせろと言っていたもう一人の得体の知れない浮いている女性だが、精神世界で見た姿ではない。全身を黒いローブで覆い、フードで頭部を隠していた。今は力さえ貸してくれれば姿などどうでもいい。


「俺に力を貸してくれ!」

「―――――」


 やっぱり何を言っているのかわからない。

 俺の精霊なのか? 生まれた時に精霊がいない人間に宿る何かなのか? だけど、現れたということは力を貸してくれるということだろう。


「喰わせろ――精霊の力を――喰わせろ――」

「精霊の力?」


 今度はハッキリと聞こえた。

 精神世界で喰わせろと言っていたのは、精霊の力の事だったのか。ちょうどいい。一色朧の精霊の力を喰って、暴走状態を鎮めるんだ!


「力を貸せ! 一色朧を鎮めて勝つんだ!」

「喰わせろ――」


 同じ言葉を発しながら出雲の横の地面に降り立った黒い精霊は、右手に巨大な鎌を出現させて一色朧に一直線に向かっていった。


「俺には何もないのか?」


 精霊が出たのにも関わらず、精霊魔法が扱えない。

 もしかしたら精霊魔法を扱えない体質なのではないかと焦っていると、黒い精霊が突然振り向いてきて輝く小さな球体を飛ばしてきた。


「な、何をするん――」


  衝撃などもなく、出雲の身体の中に吸い込まれた。

  一体何をしたのかと考えていると、突然視界が歪んで気持ち悪くなってしまう。


「き、気持ち悪い……な、何をしたんだ……」


 黒い精霊がしたことが理解できない。

 身体に入った輝く小さな球体には、どんなに意味があるんだ? 精神世界からおかしな行動をしているから信頼はできないけど、まさか何かをしてくるとは。


「うげぇ……頭痛ほどじゃないけど、痛みと気持ち悪さがヤバイ……」


 砂利を掴んで気を紛らわせようとするが、微々たるものだ。

 気持ち悪さが最高潮まで達すると、出雲の身体から眩い光が放出されてサッカーフィールド全体を照らしてしまう。


「がっは……な、何だったんだ……光が……」


 眩い光が放出されたと同時に気持ち悪さも治まっていた。

 不可思議な現象ばかりで戸惑っていると、一色朧と戦っている黒い精霊が「戦え」と何度も連呼をしている声が耳に入ってくる。


「わかってるよ……俺だって戦わないといけないんだ!」


 右手に掴んでいる砂利を投げ捨て、戦っている一色朧に向けて駆け出した。

 精霊魔法が使えるかなんて関係ない。武器を持っていようが関係ない。理不尽で横暴で、人の人生を容易に狂わせる人間が許せない。ただそれだけだ。


「俺はお前を許さない!」


 黒い精霊と戦っている一色朧に向けて駆け出すと、右拳に光が集まって光の剣が形成された。


「これは、光の剣?」


 どういうことだ? これはあの黒い精霊の力なのか? いや、考えても仕方ない。今は使えるモノは使うしかない! 使わないと勝てないんだ!


「受けろ! 俺はお前を許さない!」


 ジャンプをして体重と共に腕を振るうと、黒い精霊が左に避けて光の剣が一色朧の左腕に装着してる篭手に勢いよく衝突をした。

 すると、耳を劈くほどの轟音と共に無残にも篭手が砕け散ったのである。


「す、凄い……これが黒い精霊の力なのか?」


 凄まじすぎる。

 この威力は不動の三強にも匹敵をするんじゃないか? いや、ド素人の俺の考えじゃダメだな。すぐに調子に乗る癖を直さないと。

 首を左右に振って集中をした出雲は。目の前で驚いている一色朧を見据える。


「早く降参しろ! お前は終わりだ!」

「お、ワリじゃない……オれは依頼をスいこうスるンだ……」

「依頼って、その姿になってまでしなきゃいけないことなのか!?」


 止めろと叫ぶ出雲に対して、一色朧は雄叫びを上げて威嚇をしてくる。

 相手側も負けられない理由があるのだろう。だが、それが結奈を道具として利用していい理由にはならない。


「終わらせよう一色朧。結奈を返してもらうぞ!」

「オれのカぞくのタめに――カつンだ!」


 残っている右の篭手に風拳を発動させた。

 しかしそれは今までの風拳には見えない。なぜなら一色朧自身の血を混ぜて赤色の風を纏っている殺傷力を増した、風拳に見えるからだ。


「喰わせろ――喰わせろおお!」


 出雲が構えるよりも先に、黒い精霊が鎌を投げつけている。それは綺麗な直線を描いて一色朧の風拳に直撃をすると、光の剣と同じく篭手を砕いた。

 やはり光の剣は黒い精霊の力なようで、見た感じ光属性といったところだろう。光属性は攻撃的な精霊魔法はないとされている。例えば周囲を照らす魔法や、目くらましなどの戦闘補助の魔法だというのが一般的だ。


「喰わせろ!」


 篭手を砕いた鎌を掴んだ黒い精霊は、流れるように一色朧の腹部を貫く。

 力、速度、技術。全てが一色朧より黒い精霊の方が上回っていた。出雲がしたことと言えば光の剣を出して左手の篭手を砕いたくらいだ。黒い精霊が一色朧を倒したと言っても過言ではない。


「オれはカぞくのタめに……」


 腹部から大量の血を吹き出しながら、一色朧は地面に力なく倒れた。

 先ほどから家族と何度も言っているのを聞いていた出雲は、バリアの外にいる仲間が家族なのではないかと想像をしてしまう。


「いくら仲間が家族だと言っても、他にやり方があっただろう!」


 顔を歪めて血を流している一色朧を見ていると、黒い精霊が近寄って背中に右手をあてている。


「何をするんだ? もしかして、とどめを刺す気か!? やめろ!」

「喰わせろ――」


 眩い光を放ちながら、一色朧からアイラを黒い精霊が引き抜く。黒い靄を全身から放出しているようで、一目見ただけで危険だと判断できる。

 黒い精霊はアイラから放出されている黒い靄を全て吸い取ると一色朧の身体にアイラを置いて、出雲の元まで静かに歩いて来た。


「何をしたんだ!?」

「喰っただけだ――それに私の名前はヘカテーだ――」


 黒いフードの先にはルナと同じ綺麗な顔があった。

 精神世界では顔が無かったが、現実世界に来たことで姿が形成されたのだろうか。ヘカテーは、切れ長の茶色の瞳が印象的な端正な顔立ちの美女だった。スタイルは黒いローブでよくわからないが、ルナと同程度だと想像がつく。


「強引に使用をした。お前は反動を受ける」

「強引って、ヘカテーが使えるようにしてくれたんじゃないの?」

「違う。私は仕方がなく使えるようにしただけだ」

「仕方がなくって……やる前にどんなことが起きるのか教えてよ……」


 どんな反応が来るんだ? 全身筋肉痛とかその程度の反動なら嬉しんだけどな。

 軽い程度でお願いしますとヘカテーに言おうとすると、血だまりの中に倒れている一色朧に近づいていた。


「何を――」


 手を伸ばしてヘカテーを止めようとした瞬間、盛大に血を吐き出してしまった。

 唐突で前触れがなく大量の血が地面に滴り落ちる。現在起きていることが理解でいない出雲は、地面に円を描いている自身の血を見てこれが反動なのかと思うしかなかった。


「ああ……魔力の枯渇による精神的ダメージか……」


 魔力の量は個々人によって違う。

 それにより同じ魔法でも消費量が違うのだが、出雲の場合は光属性の消費量が多いために魔力を搾り取られてしまっていた。そのため、精神的疲労が限界を超えたのでダメージが抑えきれずに反動として出てしまったのである。


「これが反動か……諸刃の剣か……でも、勝てて結奈を救えたからいいか……」


 地面に倒れてバリアの外にいる結奈を見つつ、意識を手放してしまった。

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