第5話 精霊術師の仕事

 傑の指示に従って精霊ドームから出ると、近くから悲鳴が聞こえてきた。


「な、なんだ!? 何が起こった!?」


 周囲の反応もあり出雲たちは慌ててしまう。

 何が起きたかもわからないまま悲鳴だけが木霊していると結奈が、あっちの方に逃げたわと指を差して叫んでいた。


「あの女の人のバックを取った引ったくりが逃げたわ! 早く捕まえないと! 警察を――」


 結奈が警察をと言いかけた瞬間、空から誰かが振って来て逃げる犯人を捕まえた。


「琉衣ちゃん!? 琉衣ちゃんが犯人を捕まえたわ!」


 空から降って来て犯人を捕まえたのは獅子堂琉衣だった。

 精霊ドームにいたはずなのだが、空を飛んで来たとしか思えない。試合ではそんな素振りを見せなかったが、飛べるということは聞いたことがない。しかし隣にいる結奈が目を輝かせて喜んでいるということは、未発表の精魔法だったのだろう。


「空を飛べるなんて聞いたことがないわ! さすが琉衣ちゃんね!」


 犯人を捕まえて警察に渡している琉衣は、仮面越しでも笑顔に見える。

 優しい声色で話しかけながら盗まれた鞄を被害者の女性に渡すと同時に、フィラがどこからか出したサイン色紙をも渡しているようだ。


「あ、ありがとうございます……まさか獅子堂さんに助けてもらえるなんて……」

「気にしないで。これも仕事だし、困っている人を見過ごせないから」


 その琉衣の言葉に周囲の人たちが称賛の拍手をしていた。

 猫の仮面の上からでもわかるほど、嬉しそうにしているのがわかる。これが結奈の言っていた可愛さかと、出雲はしみじみと感じていた。


「今、琉衣ちゃんのファンになったわね?」

「え!? ど、どうして急に!?」


 なぜわかった!?

 特に顔には出してなかったのに……たまに察しがよすぎるのが怖い。

 横にいる結奈が「これをあげるわ」と一枚の写真を手渡してくる。一体どんな写真なのだろうか。一抹の不安を抱えながらも受け取ることにする。


「これはなに?」


 受け取った写真には、琉衣が花畑の中を走っている姿が映っていた。

 どういう意味があるのだろうか。この写真をもらっても仕方がないのにと考えていると、「尊いでしょ」と結奈が下から顔を覗き込んできた。


「琉衣ちゃんのこんな姿が見れて尊くない? そう思うでしょ?」

「あ、あの、そ、そうだね……」


 圧が凄い。

 この数時間で一気に結奈が怖くなった。花畑を走っている写真をもらってどうしろと? 喜べばいいのかな?


「嬉しいよ。ありがとう」

「いいの。同じ琉衣ちゃんを愛する仲じゃない」


 出雲の肩に手を置いて結奈は微笑んでいる。

 リラは小さなカメラを手にして、女性と話している琉衣を撮影しているようだ。勝手に撮影をしていいのかと思うが、今は気にしていられない。目の前にいる結奈の狂気をどうやり過ごすかの方が重要だからだ。


「とりあえずありがとう。後で見ておくね」

「絶対に見なさいよ! 琉衣ちゃんの全てが詰まっているんだからね!」

「わ、わかった……」


 圧が凄まじい。

 それほどまでに獅子堂琉衣のことが好きなのはわかったけど、いつからだろう。

 初めは精霊遊戯のことや精霊魔法を嫌っていたと思うけど、気が付いたら自然と話すようになっていた。獅子堂琉衣のおかげだろうか。


「さ、もう夕方だし帰りましょう」


 結奈が左腕に付けている時計を見ながら言ってくる。

 確かに既に十七時を時計の針が差していた。カラスの鳴く声が聞こえてくる時間だ。先を歩く二人に追いつくために出雲が小走りになっていると、一人の男性が結奈の前に現れた。


「楽しそうだな」


 精霊ドームから離れて駅の方へ歩くと、突然一人の男性が結奈に話しかけてきた。

 白いタンクトップを着て、鍛え上げられた筋肉を見せつけているようだ。黒髪の短髪と鋭い目つきが威圧感を強烈に与えてくる。


「あんたは! どうしてここにいるのよ!」

「お前が精霊遊戯を見に行っていると聞いてな。わざわざ来てやったんだ」

「来なくていいわよ! 早く消えて!」


 短髪の男性を睨みつけている結奈は、右手を払って消えてと叫んでいる。

 また、リラでさえも消えてと叫んでいるので、嫌っているのが理解できた。どういった関係なのだろうか。結奈に兄がいるなんて聞いたことがない。


「そう言うな。依頼を受けて今度精霊遊戯をするから、参加登録をして相手をしろ。お前に拒否権はないからな。ちなみにお前は負けろ」


 結奈に負けろと言った瞬間、リラが鬼の形相をして「させない!」と叫んだ。

 だが、短髪の男性の前髪を隠している精霊によって手で虫を払うかのように簡単に吹き飛ばされてしまい、地面に何度も身体を打ち付けて力なく倒れてしまった。


「り、リラ! 大丈夫!? 返事をして!」


 苦しそうに咳き込んでいるリラは、逃げてと小さく言葉を発していた。

 結奈はその姿を見るとすぐに駆け寄り、涙声で必死に声をかけている。


「リラ! リラ! 返事をして! よくも……絶対に許さない!」

「別にお前に許される必要はない。お前たちは俺の道具だからな。道具に謝るご主人様がどこにいる?」

「どこまでも横暴で自分勝手な人だわ……」

「気にするな! 今は逃げよう! リラさんだって早く休ませないと!」

「あんたは絶対に許さない!」


 力なく倒れているリラを抱いた結奈は、踵を返して走っていく。

 出雲は後方に走って行く結奈を見ずに、真っ直ぐに短髪の男性を睨みつけていた。


「お前は結奈の彼氏か?」

「違う。ただの幼馴染だ」

「幼馴染か。あいつは今や俺の道具のようなものだ。関わると痛い目を見るぞ?」

「結奈は道具じゃない! あんたは結奈とどんな関係なんだ!」


 出雲の言葉を聞いた短髪の男性は右手で顔を覆って爆笑をした。

 なぜ笑うのか意味がわからないまま、笑い終えるのを待つしかなかった。数秒か数十秒かが経過すると、笑い終えた短髪の男性が口角を上げて「俺は」と発する。


「俺はあいつの所有者だ。親が借金の肩に売ったのさ、最悪だよな。笑えるよ」

「売った……? そんなことは犯罪のはずだ!」

「俺には関係ない。売った親が悪いだけだ。今までは自由にさせていたが、これからは俺のために働いてもらう」

「そんなことはさせない! 俺が結奈を助ける!」

「お前、精霊がいないだろ? それで何ができる? 関わったら痛い目を見ると言っただろう!」


 その言葉と共に、短髪の男性の精霊がリラに使ったのと同じ技を放ってきた。

 放たれる技は簡単に言うと強烈な突風だ。男性が簡単に浮かんでしまうほどの風なので、周囲にある建物のガラスが今にも割れそうな音を放っている。


「よく耐えるな。アイラ、終わらせろ」

「はい。朧様」


 精霊はアイラという名前で、短髪の男性は朧という名前らしい。

 自身の精霊に対しても横柄な態度で接しており、パートナーとは言えない関係だ。


「精霊に様って呼ばせているんだな」

「それがどうした? 精霊も道具だろ? 俺の身体から出て来たんだから、俺が所有者だ。精霊もあの女も好きに使う道具になるのは当然だろ?」


 話しながら朧が前に出ると、アイラが精霊術を止めた。

 吹き飛ばされるのを踏ん張って堪えていたが、やはり精霊魔法は凄まじい。精霊遊戯で間近で見ていたよりも、目の前で実際に見ていると恐怖が湧き出てくる。


「よく吹き飛ばされなかったな。アイラ、風拳だ!」


 指示のもとに精霊魔法を発動しようとしている。

 振り上げている朧の右拳に風切り音を放っている風を纏わせると、アイラは静かに後方に下がった。


「次は命を保証しない。関わるのはやめることだ」

「それでも俺は――」


 言い終えるよりも前に目の前に朧が現れて、全身に想像もしたことがない痛みが走った。瞬きもの間に距離を詰められたらしく、腹部を殴られていた。

 それは今まで受けたどの痛みよりも鋭く、言葉では表せられない。それほどまでに朧の放った拳の威力が高い証拠でもあった。


「ぐっふ……がぁ……!」


 後方に勢いよく吹き飛び、地面を数回跳ねて力なく地面に倒れてしまう。

 

「動けないだろ? 威力は弱めたが俺の必殺技だ。すぐには起き上がれないはずだ。これに懲りたらもうあの女には関わるな。命の保証はしないぞ」

「ま、待て……俺はまだ……」


 声が出ない。全身が痛くて力も入れられない……息も吸うのもやっとだ。

 俺は、結奈を救えないのか? さっきまで笑顔で楽しそうだった結奈を救いたいけど、俺には精霊がいないから戦う土俵にも立てない。


「く……そ……」


 そこで出雲の意識は消えた。

 倒れた時から朧やアイラが何をしたかはわからない。

 静かに開いた目の中に入ったのは、暗い世界に一筋の光が地面と思われる場所を照らしている光景だ。そこには朧に腕を掴まれて引っ張られている結奈の姿があった。嫌がりながら抵抗をしているようだが、力の差からか引き剥がせていない。


「ゆ……な……」


 声を出そうとするが出ない。

 駆け出して助けようとするが、地面に倒れているようで力が身体に入らずに立ち上がれない。ただ嫌がって引っ張られている結奈を見ているしかなかった。


「俺が……必ず……」


 振り絞って言葉を発すると、暗い世界でも意識を失ってしまったのだった。

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