炎熱の精霊魔法士

天羽睦月

第1章

第1話 人間と精霊

 桜が咲き誇る春の季節。

 窓から差し込む光が暖かく、布団から出たくない日々が続いていた。ぬくぬくとしながら布団を被って暖かな光を感じていると、小さな羽を動かしながらジャージ姿の小さな生命体が布団を剥がしに来たのである。


「まだ起きる時間じゃないよ……もう少し寝てるぅ……」

「だーめ。早く起きないと朝ごはん食べれないよー?」


 そんなことを言われても布団を剥がされるわけにはいかない。

 気持ちよく寝ているんだから、この幸せを手放せるわけがない。しかし、そんなことはお構いなしにとに、小さな生命体が布団を剥がしにかかってくる。

 そう――俺、黒羽出雲の布団を剥ごうとしているのは、母親の精霊だ。毎朝起こしてくれるのだが、母親に似て若干強引な面を有している。


「フィルさん、布団返してよー」


 目を擦って欠伸をしながら文句を言うが、すぐに却下をされてしまう。


「後五分で起きる時間なんだから、早く起きなさい。真紀さんが怒るよー?」


 二枚の羽を動かして宙に浮いているフィルに文句を言うが、「朝ごはん無くなるよ?」と言いながらデコピンをしてくる。


「相変わらず母さんみたいな性格だよね」

「真紀さんの精霊だからねー。ほら、早く起きて二階に来なさいよねー」


 そう言いながら、ジャージ姿の精霊――フィルは部屋を出て行った。


「相変わらずだな……母親が二人いるみいだ。」


 フィルが言った真紀とは出雲の母親の名前だ。

 精霊はパートナーである人間のことを名前で呼ぶ。これは共に生まれ共に死ぬ精霊の習性らしいが、詳しいことはわかっていない。


「着替えるか。今日は特に用事があるわけじゃなかったはずだけど、どうしてこんな早い時間に起こされたんだ?」


 今日はただの休日。何もないただの土曜日だったはずだ。

 特に誰かと約束をしてはないし、ゆっくりと休もうとしていたのに……何か予定があるとか伝えた覚えはないんだがな。


「とりあえず下に降りるか」


 再度欠伸をしながら、着ているジャージを捲って腹部を掻きながら階段を下りる。

 出雲の暮らしている家は三階建ての一軒家だ。一階が親の部屋で二階がリビング、そして三階が出雲の部屋と物置部屋となっている。父親は海外で仕事をしているため、母親とフィルに出雲の三人暮らしだ。


「おはよー。今日は何も予定がないから、寝てるつもりだったんだけど……」

「やっと起きたのね。おはようー」


 目を丸くしてしまった。

 どうしてここにいない人がいるのか。なぜ食卓テーブルの前に置かれている椅子に座って、オムライスを食べているんだ? 意味がわからない。

 左の窓側にあるテレビや、右の壁に沿うように設置してある冷蔵庫。そして、幼馴染の結奈が座っている椅子や食卓テーブルがリビングにはある。


「結奈がどうしてここにいるんだ?」

「ほら、思い出して? 何か忘れないー?」


 オムライスを食べながら話しかけてきたのは、夕凪結奈という同い年の幼馴染だ。

 肩にかかるまでの空色の髪をし、愛さと綺麗さを併せ持つ誰が見ても美少女と言う容姿をしている。幼馴染の出雲でさえ、たまにその仕草に心臓を高鳴らせるほどだ。

 ちなみに無地のシャツに青色のミニスカートを着ており、ベージュ色のカーディガンを羽織っていた。とてもよく似合っている服を着ている。


「思い出してって言われても、何か約束したっけ……」


 食卓の前に立って顎に手を置いて考えるが、一向に何も出てこない。

 結奈と何か約束したっけか? 特に約束はしてないと思うんだけどな。何かしたのなら覚えているはずだし、結奈はなんのことを言っているんだろう。


「思い出せないの? ほら、先週に約束したじゃない。もう忘れたの?」


 結奈が溜息をついていると、キュウリの欠片を持ちながら笑顔で一人の精霊が出雲の頭頂部に座った。


「いーくんはすぐ忘れるからねー。結奈ちゃんを泣かせたら許さないよ?」

「相変わらずリラさんは怖いですね……」


 頭の上に座ってキュウリの欠片を食べているのは、結奈の精霊であるリラさんだ。

 白いTシャツにミニスカートとラフな格好をして、美味しそうに食べている。大きさ的には母親のフィルより一回り大きい三十センチ程の大きさをしている。


「俺の頭に座るのはリラさんだけだよ。そこ好きなの?」

「結構好きだよ。いーくんの髪は柔らかいから座り心地いいんだもん」

「それはよかった。食べかすを落とさないようにしてね」

「気を付けてまーす」


 リラと話していると、クスクスと小さく結奈が笑っている結奈の姿が見えた。

 食べる手を止めて見ていたようで、仲が良いねと笑顔で言っているようだ。怒っていないのかなと安堵をしたが、その考えは間違っていた。


「それで、思い出した? 私とのや・く・そ・く」


 笑顔のまま怒っているようだ。

 豪快にオムライスを食べ始めた結奈は、カチャカチャと音を立てつつ視線を出雲から外さない。真っ直ぐに見つめられる視線に恐怖を感じながら、約束をしたことを思い出そうと必死に脳をフルに稼働をさせて思い出すしかない。


「あの時か? いや、違うな。ならどの時だ? 全然思い出せない……」


 どうしても思い出せずに結奈の顔をチラッと見ると、右手を強く握り締めていた。

 その手に持つ箸が今にも砕け散りそうな音を発している音が聞こえる。早く思い出さないと結奈が完全にキレてしまう。そんな予感を肌でヒシヒシと感じる。


「ヒントをあげるわ。ヒントはね、先月。これだけよ」

「あ、ありがとう。先月、先月に何かあったっけ……」


 先月ってなんだ!? たったそれだけで思い出せるなんて――。

 出雲が頭を抱えていると、電源が入っていたテレビに映っている若い男性アナウンサーがある単語を発した声が耳に入った。


「さあ、本日は皆さまが待ち遠しいと感じていた第九十八回、精霊遊戯が開催されます! 既に激戦を勝ち抜いたチケット当選者の方々が会場にたくさん来ています!」


 マイクを持った若いアナウンサーが、身体を駆使して盛り上がりを伝えてくる。

 その様子を見ていると、結奈とした約束を思い出すことができた。なぜ忘れていたのかわからないが、とても大切な忘れてはならない重要なことだ。


「そうだった! 結奈と一緒に精霊遊戯に行こうって話しだったんだ! どうして忘れてたんだ!?」

「やっと思い出したのね。こっちが忘れてたか聞きたいし、遅すぎよ」


 大きな溜息を吐いている結奈にごめんと頭を下げた瞬間、リラが「急に頭を下げないで!」と叫んで羽を動かし、飛びながら危ないと何度も連呼していた。


「やっと思い出したのね。遅すぎるわよ……もう開場しちゃってるし、今から行って間に合うかしら?」

「俺が忘れていたせいでごめん! まだ開場したばかりだから、間に合うよ! 早く行こう!」


 結奈に近寄って行こうというが、他にも忘れてるでしょと言われてしまった。

 まだあるというのか。もう結奈が怖くて思考すらできない。恐怖から泣きそうな顔をしていると、後頭部を軽く叩かれてしまった。


「あんたが悪いのに、どうして泣きそうになってるのよ。結奈ちゃんもごめんなさいね、後でキツク言っておくからね」

「真紀さん……いえ、私がキツク言うから大丈夫です!」

「そう? ならお願いしようかしら」


 うふふ、と二人は笑っている。

 とても怖い。いつもこの二人が揃うと肩身が狭くて冷や汗が出てしまう。俺は一生逆らえないんだろうなー。静かに尻に敷かれて過ごそう。


「チケットなら私が二人分持っているわよ。出雲ぉ~どうするぅ~」


 母親の真紀が髪をかき上げて不敵な笑みを浮かべている。腰にまで届く茶色の髪をしており、目鼻立ちがハッキリしている四十代前半とは思えない若々しさがある。

 黒いパンツスーツを着ているので、土曜日だというのに仕事のようだ。普段は休みのはずなのだが、フィルさんに家事をさせているのが休日に仕事がある証拠だ。


「フィルごめんねー。急な仕事が入ったから後のことはよろしくね!」

「任せてよー。仕事頑張ってね!」

「ありがと! あ、チケット渡しとくね! 楽しんできなさいー」


 チケットを受け取ると、真紀は慌てて家を出て行った。

 親がどんな仕事をしているかは知らない。以前に聞こうとしたのだが、公務員とだけ言われただけで、仕事の内容は教えてくれなかった。


「真紀さんスタイルよくて身長も高くて羨ましいなー。出雲より高いんじゃない?」

「俺が百七十センチで、母さんが百七十五センチだから、五センチ差だよ」

「結構違うじゃない! 私も真紀さんみたいになりたいなー」


 幼少のころから結奈は母さんに憧れている。

 スラっと伸びた手足や身長の高さが羨ましいようだが、そんなことはない。結奈自身も出雲より少し低い身長を持ち、女性らしいスラっとしている手足を持っているからだ。それに可愛くて綺麗でもある。


「結奈は可愛いんだから、それでいいんだよ」

「きゅ、急に何を言うのよ! そんなこと言ったって、忘れてたことは許さないんだからね!」


 自然と口から出ていた。

 本当の事なんだけど、これじゃ許してくれないか……お金を下ろして会場でグッズを買ってあげるしかないな。せっかく貯金をしてたのに……。

 肩を落としながら、自室で服を着替えて結奈と共に家を後にした。

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