規格外番号(ナンバーズ)参、アイアン・メイデン
両名、最初こそ何事かと思い、晴明に至っては不機嫌さえ見せていたが、耳打ちされた内容に、一瞬前までの感情は払拭された。
「アイアン・メイデンがブルーエメラルド領内に?! ちょっと待って! 何でそんな事になるの?! あそこには今、試用期間中の
「他四天王を招集。ブルーエメラルドへ直行させなさい」
「今からじゃ間に合わな――」
「どの手を打とうとも全て後手。ならば最善手を取るだけの事。星将よりは四天王の方が、白虎とは連携が出来る。何より今、
★ ★ ★ ★ ★
突き立てた五指が、未だ痺れている。
かれこれ1時間近く攻防を続けているが、先の胸倉を狙った一撃以降、手の感覚が戻らない。
辛うじて手刀は繰り出せるし、切断の術式も支障がない程度には出せる。
結果的に戦闘そのものは出来ているのだが、相変わらず痺れが取れず、全力での攻撃を仕掛けるには未だ不完全な状態が続いていた。
「虎徹さん!
「出そうにも――暇がない」
隠れていた枯れ木諸共、虎徹の体を両断せんと振り被って繰り出された鋼鉄の斬撃が飛ぶ。
虎徹は深く屈んで攻撃を躱したが、枯れていながらも巨大な木が綺麗な切り口を残して両断される。
深く屈んだ分高く跳躍した虎徹が斬られた木を持って叩き付けるが、鋼鉄の体は傷一つ付かず、寧ろ木の方が微塵に砕けた木っ端を散らしながらへし折れる。
その隙に速力に全
が、鋼鉄の体にはやはり響かず、下顎、顔面を打っても微動だにしない。
逆に打ったシルヴィの装甲の方に亀裂が生じ、裏拳の容量で繰り出された肘の刃を受け止めようとして、砕かれながらも体に入るのだけは阻止した。
攻防は確かに続いている。
が、明らかに一方的な展開だ。
攻めるは魔性。2人は防戦。時折反撃こそしてみるが、一切の攻撃が通じない。
最初の虎徹の斬撃は、ただの偶然だったのかと思えるくらいの一方的展開が続く。
武装が破壊されたシルヴィへと、メイデンが迫る。
手刀さえ本物の刃に変わる。肘から手にかけて伸びる巨大な戦斧となって広がり、鋼鉄のそれにも負けず劣らぬ白い
が、斬撃は空を斬るに終わる。
直後にシルヴィの襟首を掴まえながら飛んでいた虎徹の斬撃術式がメイデンの全身に叩き込まれてその場に押し留め、2人は一時離脱兼戦略的撤退に成功した。
無論、完全に退く訳ではない。
そもそも
2人の視線の先には、感じられる力の残滓を頼りにこちらを探す規格外の魔性がいた。
「……どうするおつもり、ですか?」
「奴は魔性の中ではゴーレムに区分される。だが、本来のゴーレムと大きく違う部分が2つ。命令を施した主人が存在しない事。そして、核となる部位が存在しない事だ」
「ゴーレム……
「だから、作った」
「え……」
敵を欺くにはまず味方から、などという考えは虎徹にはない。
そもそも教えるつもりもなかったのだから、騙す騙さない以前の話だ。
だがそのお陰で、メイデンにさえ気付かれる事なく術式は仕掛けられた。鋼鉄の体故、攻撃のほとんどを警戒せずに受けてくれるが、狙って繰り出せば当然構えられる。
「今回の長期間任務で、俺が受けた依頼はもう一つあった。それがこの、対アイアン・メイデン専用特式陰陽術……そうだな。告死術式……“
「もしかして、ネーミング勉強しました……? わざわざ」
「――必要と聞いたのだが」
「いえ、何でも……」
きっぱりと言い切られてしまうと、返って恥ずかしく感じてしまう。
ほんの少しだけ彼が照れて恥じらう姿を想像していたけれど、仮面の奥は全く変わっていないどころか真剣に返されてしまったものだから、火照った頬を包み込んで、シルヴィは頑張って自身を宥めた。
「ともかく、術式は仕掛けた。疑似的な核だが、破壊すれば即死こそしないまでも、相当な損傷を与えられるはずだ。無論、術式が未完でなければだが」
「……今日この日まで、あなたはずっと試していたのでしょう? 大丈夫です。あなたは不完全なままで実践するような、軽率な人ではないです。何処か不備を見つければ徹底的に分析して、一つの欠損も無くなるまで改良し続ける。そんな人です、あなたは」
「……」
「え、っと……」
「すまない。返す言葉が見つからなかった」
「……大丈夫です。とにかく、あなたなら大丈夫だと、私は信じています。やってやりましょう、虎徹っ」
「ん」
少し悩んで、虎徹は差し出された拳に拳を出して応える。
直後に2人を見つけたメイデンの髪が鎌となって伸びて来て、丁度2人の間を両断。
鎌の柄となっている髪の束を掴んだ虎徹が切断術式の応用で握り砕き、シルヴィはその隙にメイデンの側面へと回る形で疾走。地中から噴出する鉱物を錬成し、纏う。
鉱物の
黒衣に獣の牙、爪を全身に纏ったような意匠。
白銀の
これが今の彼女――シルヴェストール・エルネスティーヌの全力。全開。
「武装錬金・
自身の限界を超えるなどと、言うのは簡単だ。
だが実際にそんな事が出来たら、成長するのに苦労なんてしない。
その代わり、自身の限界を常に出し続ける事は、難しくも出来ない事ではない。
今の限界、死之型は常に自分の実力の十割を出し続ける事を強いる武装。つまりは諸刃の剣だ。これで勝てなければ後がない上、全く敵わないなんてなったらこれ以上の絶望もない。
だが、絶望する可能性よりも強く、シルヴィは信じていた。
他でもない、彼の可能性を。
(狙うは胸部……体が変形する奴の、数少ない無変形部分。そこに全力の一撃を叩き込め)
陰陽師の力を
だからペアを組んだ術師はまず、互いの力を覚えるところから始める。
が、2人はそれをしなかった。しかし今までに2人が重ねて来た経験値が、共に同じ戦場を駆けた数が、2人の体に刻み込んでいた。
わざわざ記憶はしていない。だからこそ忘れない。体が、
「“死之型・
継之型に匹敵する速度で翻弄しながら、右手に力を収束させる。
拳を作ると肉食獣の顔を模した形に変形した
が、メイデンの反撃が先に届く。
髪を形成する鋼鉄の細い筋が反り返り、剣山の如く揃ってシルヴィを刺す。
全身100近い数の針を受けたシルヴィの体は弾き飛ばされたが、刺された傷は1つとしてなかった。
「すみません!」
「構うな。敵に集中しろ」
「はい!」
危なかった。
虎徹が針の先端を全て斬ってくれていなければ、突き飛ばされるだけで済まなかった。
手の甲から肘にかけてを円刃に変形。
襲い来るメイデンへと、再度拳に力を籠めて応戦。振り払われた円刃にぶつけた拳は斬られる事なく、両者を強く弾き飛ばす。
衝撃と反動で、両者の装甲、刃が砕け散る。
飛び散る破片の侵入を嫌ったメイデンの瞬きが瞼を1度閉じ、再び開けた瞬間に両者の間に入っていた虎徹が、全身を破片に斬られながら肉薄。
反射的に反応したメイデンの指が鋭利に伸びるが、虎徹はほとんど回避しない。
陰陽魚の面を半壊させられ、頬を穿たれながら詰めた虎徹の立てた2本の指が、メイデンの胸倉へと落とされて、コンマ数秒遅れて飛んだ斬撃が、刻まれた術式とぶつかって爆ぜた――。
その光景を、遠くから見ていた影。
腰の左右に、長さの異なる刀剣を3本ずつ。
過去に祓ったS級7位の龍種から作った髪飾りを付け、群青色の長髪を風に揺らす。
デウス・
十二天将四天王、
組織内陰陽師の中でも、剣を取らせれば右に出る者は無しと謳われる、神速剣の使い手。
「あれが、金刀比羅虎徹……」
龍の如き鋭い双眸が、眼光を光らせる。
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