初共闘作戦

「アルベルティーヌ様。よろしいでしょうか」


 ノックしても返事がない。

 扉を開けようにも鍵がかけられており、強行突入も出来なくはないが、逆効果である事は想像するまでもなく、憚られた。


「シルヴェストール」

「奥様」

「少し、よろしいかしら」


 シルヴェストール・エルネスティーヌ。


 元ヨーロッパ領レッドサファイア王室。元フランス王家ブオナパルテ一家担当の護衛騎士であり、第二王女アルベルティーヌの護衛騎士。

 アルベルティーヌと同じく祓魔師協会マキナ祓魔師エクソシストでもある。


「シルヴェストール。たった今から、あなたをアルベルティーヌ護衛騎士の任から解きます」

「それは一体、どういう……」

「アルベルティーヌの様子を知っているでしょう。彼女はもうダメです。これから人間など比にもならない程恐ろしい魔性と戦わねばならないのに、一度の敗北で挫折し、ズルズルと引き摺っているようでは、今後の活躍は見込めません」

「しかし奥様、それでは私は……」


  #  #  #  #  #


 後日、十二天将、白虎。金刀比羅ことひら虎徹こてつが召集された。

 陰陽師への討伐依頼は本来、連合の役所のような受付で行なわれるのだが、十二天将ともなれば、陰陽師連合トップから直々に言い渡される。


おもてを上げなさい」


 依頼を言い渡す当人はすだれの向こう。

 しかし声は何の隔たりもないように通って、鋭敏な聴覚を持つ虎徹には充分過ぎるくらいに聞こえていた。


「金刀比羅虎徹。あなたに魔性の討伐依頼を言い渡します」


 魔性には様々な系統タイプがあり、最低をAとして最高をZとした階級ランクがある。

 が、その中でも特別なS階位ランクは、Zを超える強さを持つ。Sの中でも更に階級がわかれているのだが――


「場所は元日本領オブシディアン。長野県と呼ばれていた場所の山間部。そこにAからD級の魔獣型魔性を操るY級巨人ジャイアントがいる。君には、そいつらを狩って貰いたい」

「承知しました」

「そして、君のパートナーだが……」

「不要です」

「そうはいかない。これはデウスとマキナ、双方の間での取り決めだからね」


 デウス・X・マキナの決まり。

 それは魔性討伐の際、陰陽師と祓魔師エクソシストが二人一組のペアで挑む事。

 ペアは片割れが戦闘不能になるまで解消されないため、事実上、生涯を通してのペアとなる。組み合わせは訓練時代の成績を見て連合、及び協会が勝手に決めるため、相性は自分達で創意工夫し、合わせるしかない。


 単身で魔性と戦えるよう改造を施された虎徹にとって、ペアの存在は邪魔でしかなく、自分には不要と最初から蹴るつもりだったのだが、そうはいかないとトップ直々に言われてしまい、返す言葉を失ってしまった。


「相手はこの間の試験のアルベルティーヌ・ブオナパルテ……の、はずだったんだが、試験で君に負かされて以来、引き籠りになって使い物にならない。そこで、代役を立てる事とした。入ってくれ」


 背後の観音扉が開く。

 視力を封じた虎徹は振り返らなかったが、足音で記憶して憶えていた。

 王女の護衛役だったシルヴェストールが、虎徹より前に出て片膝を突く。


祓魔師エクソシスト、シルヴェストール・エルネスティーヌ。ここに」

「彼女は王族護衛騎士団出身で、元アルベルティーヌ王女の護衛役を担っていた。故にそれなりの実力は保証されている。君のパートナーには充分だと思うんだ」

「不要かと。ただでさえこちらは荷物を抱えているというのに、これ以上荷物を増やされても困ります」

「言うは易い。言うだけならタダだ。しかし一度も組まずして嫌だと駄々を捏ねられても、こちらも困る。君も十二天将なら、荷物の多さに文句を言うのではなく、より多くの荷物を抱えられる方法を模索しなさい」

「……畏まりました」


 傍から見れば、上司の言う事に逆らえない癖して他には我儘を言う、最悪な男に映るだろう。

 しかしそれもまた、改造によって施された処置。


 脳に刻み込まれた対象からの命令には絶対服従。一切抵抗出来ないよう電気信号を弄られた結果であって、決して彼の本意ではない。

 あったかもしれない彼の本音も本意も、全て連合が奪い取ってしまった。


 赦されない事だ。

 彼の拒否権を、自分達が奪ってしまった。

 それを、自分達は都合よく利用している。今までも、今も、これからも。


蘆屋あしや道満どうまんの名の下に命令を。金刀比羅虎徹、シルヴェストール・エルネスティーヌ。両名、直ちに現場に急行し、事態を収拾して来て下さい」

「畏まりました」


  #  #  #  #  #


 二日後、現場。


 現場へ向かうヘリコプターが飛ぶ。

 操縦士パイロットは魔性の存在に怯え、同伴させられたもう一組のペアは高所に怯む。


 座椅子に体を預け、外に意識を向けている虎徹の様子を、シルヴェストールはジッと観察する形で見つめており、恐怖の類は一切なかった。


 敵は巨人ジャイアントとの事だったので、ヘリコプターの高度は4000メートルを超える位置を維持している。

 酸素は薄く、気温は低い。過度な緊張状態も相まって、同伴させられたペアはガタガタと震えているのに対し、白虎ペアはずっと静かだった。二人の静寂が緊張を煽って、空気を悪くしていると言っても過言ではない。


 そんな静寂を破ったのは、空気を悪くしていた虎徹だった。


「行くぞ」

「え?」


 誰もが疑問符を浮かべる中、シートベルトを取って扉を開ける。

 ヘリコプターの巻き上げる暴風を呑み込んで荒れる機内。誰の声も届かないはずの騒音の中で、シルヴェストールの鼓膜が、小さな声で震えた。


「先に行く」

「え、ちょっ、待っ――!?」


 まさかと思った矢先だった。

 パラシュートも何も付けず、流れる風と星の引力とに身を任せる様にして、吸い込まれるように落ちて行く。


 予定も何も聞かされていなかったシルヴェストールは、とにかく一度ドアを閉める。

 無線で操縦士パイロットへ着陸を命じるが、応答が滞ったので外を見ると、隣の山岳を超える2000メートルくらいの背丈の巨人が、ゆっくりと起き上がっていた。


 体中に生えた木々。

 堆積した土砂を退かしながら起きた背中に深々と刻まれた大文字が、赤く燃え上がる。


 系統、巨人ジャイアント階級クラスY。

 デイダラボッチ。


 元日本領で見られる同系統の魔性の中では、最大級の大きさを誇る。

 到底、陰陽師一人で対処出来るはずもない。


 しかし、シルヴェストール含めた者達は4000メートル上空から見た。

 砕き割れる表皮。斬り飛ばされて爆ぜる片腕。片脚を斬られて失った巨人が倒れ、数千、数万分の一サイズに細断される瞬間を見た。


 時間にして、五分経ったか経たないか。

 どちらにしても、本来ならばあり得ない。単身での巨人狩りジャイアント・キリング

 先に行くと言い残していたけれど、行く必要のある後などまるでなかった。


 さすがの一言で片付けるには、あまりに強過ぎる。

 今まで何故誰も注目せず、何故誰も話題に上げなかったのか。

 陰陽師と祓魔師エクソシスト。分野は違えど、同じ組織の人間としてこれだけの実力者の情報を聞き逃すような事はなかったはずなのに。


「彼は、一体何者なんだ……」


 魔性の血は黒い。

 すぐさま揮発するため残らず、毒性もないが、ヘドロのような異臭が酷く、色味が悪い。

 しかし気色の悪さは見えず、臭いも感じない。ただ生温かい体液を浴びる虎徹の手には、数枚の用紙が握られていた。

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