短編・SS集

桜莉れお

さくら

「なにしてんの」

「桜、見ている」


――いや、今8月なんだが。


思わずそんな言葉が口からまろびでそうになる。

小さくも大きくもない、どこにでもある公園での話。


ジージリジリ。

アブラゼミが産声を上げている音をBGMのように聞き流す。

じっとりと湿気と共に真夏の日差しに照らされるという苦行を強いられる、そんな日だった。


「なんというか変わってるね、――って」

「面と向かって言うそっちも変わっているんじゃない?」

「まぁそれは言えてる」


ちょうど木陰になっている木製のベンチに腰を掛ける。

確か、今日は真夏日がどーのとかテレビで言っていたことを思い出した。

ちょうど、真夏日を肌で感じているということだ。全くもって忌々しいとしかいえない。


「――、これからどうするの」

「あー、……」


名前を呼んだ彼女は、じっと自身の爪を見ながら、親指で何度もコーティングされたであろう薄ピンク色のネイルをなぞる。

そして彼女は口を開き、答えた。


「とりあえずアイス食べにコンビニ行く、暑いし」

「ここらへんにあったっけ」


こんな真夏日にずっと外にいるとアイスを食べたくなるのは分かる。

特に冬なら炬燵に入ってアイス、夏ならかき氷とかThe氷みたいなアイスを一気に食べては頭が痛くなるっていう流れは皆がやるやつだ。


ただ、ここらへんといっても、徒歩圏内には高校とその隣にある小さな駄菓子屋ぐらいしかない。

それ以外はありきたりな住宅街。

ただここ数年で新築のアパートであったりと、新しい団地が形成されている。

昔は大きい公園があって、遊んだよなーなんて昔を懐かしんでみたり。


「多分。まあどっかしらにはあるよ」

「そっか」


まあそうだよな。思わずそんな言葉が出てくる。

意外となんとかなるしな、そういうの。


「味何にしよ」

「この間出てた桜餅味にしたら」

「夏はガリゴリちゃんのレモンスカッシュでしょ」

「えー、定番のソーダがいいじゃん」

「つか、今の時期に桜餅出すのはウケる」


立ち上がって、今日暑いねーなんて笑いながら。あははー、と笑い声が青空の元に響く。

さわさわ、と近くの木の葉が揺れる。

春とかなら、木漏れ日が降り注いで眠くなるだろう。

残念ながら現在は夏。木漏れ日なんて優しいものではなくジリジリと直射日光を身に受ける。

ジージリジリ。

そんな鳴き声の主は、バタバタと遠くへ飛んで行った。


ふぅ、と思わず肺の空気が漏れる。

そしてずっと手に持っていたぬるい缶コーヒーをグイっと傾けて飲み干した。

周りに誰もいない中、思わずそんな言葉が口から出た。




「いや、そもそもここらへんに桜の木ないんだが」


何を見てたんだ、あの隣に座ってた女子高生……。


「うわ、もう時間かよ」


腕時計を見ると、休憩時間を普段より多く取ってしまったらしい。

俺は午後からの仕事に向かうべく重たい腰を上げ、会社へ足を懸命に動かした。

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