第9話 時を越えて届け
駅の傍に自転車を預けると、おじさんはじゃあね、と言って中へ人を探しに行ってしまった。
駅前の広場をキョロキョロしていると、ハナが側にやってきた。
「ちょっと、梓、なんで親父さんの自転車に相乗りして来たのよ?脚どうしたの?」
「捻っちゃって、成り行きで通りかかったおじさんに拾ってもらったの。それより、おじさん元治さんを見送りに来てるって言ってるの、どうしよう?」
「ええ?!」
2人は顔を見合せた。
「元治さんはここに来たの?」
「それが、見つけられなくて」
「おば…茜さんは?」
「うん、その建物の二階に隠れてる」
見上げると、隣の建物の倉庫の窓からそっと覗いてる茜が手を振った。
「とにかくその足じゃ元治さん探せないでしょう?私が探してくるから」
「わかったよ、ここにいる」
梓は、待合の椅子がひとつ空いたので、座らせてもらうことにした。
しばらくした時、息を切らせて待合室へ走ってきた男の人がいた。
(あの人だ!)
梓は、立ち上がって手を振った。こちらを見て、怪訝そうな顔をした元治がこちらに近づいてきた。周りを見渡すが、ハナや茜の父は追っては来ない。
「建物の外に出ていいですか?」
考えていたとおりに建物の外、隣の倉庫の2階から覗ける場所に元治を連れて出た。
「茜さんから、手紙を預かって来てます」
手もとに用意していた手紙を渡すと、元治さんはそれを受け取った。
「約束を果たせなくてごめんなさい、と伝言を預かってます。身体に気をつけて、とも」
「ああ、ありがとう、君は?」
「遠縁の者です」
「俺の方からも手紙を届けてもらっていいだろうか?」
「それは、無理です」
「え?」
「その、私ももう行かないといけなくて、茜さんも明日が嫁入りだから、返事は受け取れないって言ってました」
梓の言葉に、少し顔をひきつらせた元治は、ため息をついて襟元から出した手紙と、同じ封筒に入れていた櫛を取り出した。
「これを渡そうと思ってたんだけどな」
「いつか、きっと気持ちは届くと信じて、返事を書いてはどうですか?」
梓は言った。
「わかった、君、遠縁なんだよね?もし、今度会うことがあったら伝えて欲しいことがある」
「なんでしょう」
「どうか、笑って生きて欲しいって、あの子の笑い声が好きだった。妻に似てると思ったことが始まりだったけど、違った。いつの間にか、あの子の笑顔がみたいって、いつも思ってたんだ」
元治が櫛をしまう間、そっと倉庫の上を見上げた。そこには茜はいなかった。ふと見ると、元治のすぐ後ろの角にそっと隠れて、茜がいた。
「届けてくれてありがとうね」
梓は何も言えなかった。頑張って、というには、戦争の悲惨さを後の世で学んでいて、知ってしまっている。元気で、と言っても、亡くなることも知っている。
「はい」
そう返事するしかできなかった。元治が改札をくぐって行く姿を、いつの間にか隣に立って茜が見送っていた。振り返ろうとした、元治の顔が完全にこちらをむく前に、茜はその場にしゃがみこんだ。その肩が震えていた。元治はホームへと行ってしまった。
「終わったかな?」
ハナがそばにいた。
「どこ行ってたの?」
「元治さん呼び付けて、目の前で腹痛起こして茜のお父さんにすがりついて、介抱してもらってた」
ハナの迫真の演技を想像して、梓は笑えてきた。
「上手くやったんだね」
いつの間にかタケルが来ていた。
「みんな、本当にありがとうね、最後に姿が見られて良かった」
涙を拭いつつ、茜が言った。
「笑って生きてって、言ってたよ?」
「…うん、聞いたよ。タケルちゃん、この時代の私に、それを伝えてあげて?」
「さっき、向こうで聞き取っていたから、もう伝えてきたよ」
「どうだった?」
「うん、まだ泣いてたけど、ちょっと安心した顔してた」
「そう、なら良かった」
私は、ほっとした。傷む足は疼くけど、頑張って走ったかいがあった。
「さあ、帰ろ?術で蔵まで戻るからそこの倉庫に戻って?」
四人は倉庫の物陰に隠れると、タケルの妖術に身を任せた。白い光を放って、次の瞬間、しんとした蔵へと戻ってきていた。
「さあ、ゆきと茜ばあちゃんの時代へ戻るよ」
「あれ?ミシンは?」
「あ、ほんとだ!」
さっきまで泣いていた茜が顔を上げた。
「結納の後、荷入れでこの家に持ってきてると思うんだけど…」
蔵の外でどやどやという音が聞こえた。
「ごめんください!婦人会のものです!」
茜がはっとした。
蔵の窓から外をのぞきこんだ4人は、聞き耳を立てた。
「金属を供給して頂きます、お鍋や鉄くず、金物を1軒につき3つ出していただきます」
「少しお待ちくださいね」
茜のお姑になる人が腰をあげようとした時、
「こないだ、こちらに荷入れがありましたね?その中に、ミシンがあったとか」
「ああ、はい」
「それも出していただきます」
「あ、いや、まだうちの持ち物ではないので、それはまた今度に…」
話の雲行きが怪しくなった。
「どういうことなの?」
小声でタケルに問いかける。
「もしかしたら手紙を渡したりしたことで、時空のバランスが変わったのかもしれない」
「そんな!帰れなくなっちゃう!」
四人はヒソヒソ話した。
「俺があの人たちの気を引くからさ、お前たちその間に…」
「泥棒!誰か来て!」
表通りの方で声がした。それがタケルの声だったので、みんなが顔を見合わせる。
「この時代の俺だ、助けてくれてるんだよ、きっと」
婦人会の人達と、茜のお姑になる女性も表を見に出たので、四人は家の玄関から中へと上がる。
「他の足止めは俺がやるから、ミシンの部屋へ!」
茜が新婚当時に、寝室にしていた部屋へと向かい、そっと覗くと、誰もいない。思い切って襖を開けた。ミシンに被せてあった布を取り除くと、針も糸もかかっていなかった。茜は、
「ちょっとどいて!」
引き出しを開けて、針を取り出した。
一緒に入っていた工具で針を取り付けると、押入れからだした裁縫箱を開けて糸を取り出した。
「なんだよ!まだモタモタしてたの?」
「針も糸もまだかかってなかったのよ!タケルちゃん、これ下糸!」
茜が糸の巻かれたボビンと櫛をタケルに渡す。それを手に包み、タケルは何かを念じた。ぼう、と手元が光り、すう、と消えた。
ボビンケースに下糸を戻し、ミシンに取り付けた。
「ミシン、使えるよ」
茜が振り返った。
「帰る時は、茜さんが踏んで」
櫛を茜の髪に刺しながら、タケルは言った。茜はうなづく。
茜の背に手を置いた3人は、しっかりと抱き合った。
「じゃあ、行くわよ?」
茜はミシンの歯車を回し、ペダルをを踏み始めた。
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