第27話

 島民の誰もがフウカの姿を覚えた頃、6月に入り雨の降る日が増えた。そのせいか、部署に遊びに来る子供の姿も減った。


 フウカは毎日窓に張り付いては、降り続ける雨を見ながら島の子供たちを待っている。駄々をこねるでもなくただじっと待っているその姿に、なんだか切ない気持ちが湧きあがった。


 ナオヤなどは事務所が静かでいい、と相変わらずだが、シグレはフウカの落ち込みがうつったように沈んだ顔をしている。雨のせいで湿気もひどく、どこか鬱々とした空気が続いていた。


 ナオヤが制服のボタンを開け、パタパタと胸元を扇いでいる。露骨に態度に出ているのは彼くらいなものだが、全員気怠そうに仕事に向かっていた。首元にあたる襟すら鬱陶しい。


 フウカは窓際に椅子を置き、窓を叩く雨を飽きもせず眺めている。子供たちは雨だからしばらく来ないと説明しても、そうするのをやめない。雨が止む気配もなかった。灰色したぶ厚い雲が空を覆っている。


 少し前には落ち着きなく事務所内を走り回っていたフウカが、こうまで大人しいと心配するシグレの気持ちもわかる。けれどこれはきっと俺達にはどうすることもできない悩みだと思った。


 子供の関係は、大人から見るとひどく不安定なときがある。きっと梅雨が明ければまた子供たちが遊びに来てくれて、フウカも前みたいに元気を取り戻すと俺らは信じているが、その頃にはもうフウカに興味を失くしているかもしれない。


 俺たち大人は安定を好むが、子供はいつも前に進んでいる。それは時として残酷でもあった。



「ねえパパ」



 仕事の集中力が途切れて考え事に没頭していると、背後から声がかかった。フウカは寂しそうな声をして、ずっと窓を見上げていた頭を俺の方に向けている。



「みんな、私のことがきらいになっちゃったから来ないの?」



 その言葉に、俺よりも早く立ち上がったのはシグレだった。フウカの冷たい腕をつかみ、そんなことないよと首を振る。



「雨だからみんな家にいるんだよ。フウカのことが嫌いになったわけじゃない」



 シグレがそう言っても、フウカは頭をかくんとうなだれていた。シグレはその不安をなんとか消そうと、明るい言葉をかけている。けれどそれはフウカの耳に届いていないように見えた。



「……私が、みんなといっしょじゃないから?」



 それからは、一瞬だった。シグレが触れていたフウカの腕が落ち、足が崩れ、ついに胴体から頭が転げて、フウカの体がバラバラになった。


 ガシャンと大きく無機質な音が事務所に響く。バケツがカラカラと床の上を回る音だけが後に残っていた。


 やがて静寂が訪れて、雨の音が耳に入ってきた。誰もが声を出せなくなっている。


 一体何が悪かったのか、何が原因だったのか、さっきまで寂し気に窓の外を眺めていた少女は無残な姿になり果てた。そもそも『少女』と認識していたそれは、今では一つ一つが関連を持たない無機物にしか見えない。


 グレーのバケツと、青いブルーシート、それから大きな石、ロボットの手足。それらが方々に散ってぴくりとも動かない。



「……フウカ?」



 意外にも、その名を口にしたのはナオヤだった。それを聞いてハッと我に返ったかのように、シグレが彼女の残骸から一歩後ずさる。口元を手で押さえて、体を震わせていた。



「何が起きたってんだよ……」



 ゴウの独り言が、静かな事務所に響く。俺は何も言えなかった。ただ頭の中には、これをどう報告すればいいのかという考えがわだかまっていた。


 目の前で、自分をパパと呼ぶくらいに慕ってくれていたものが崩れ去ったというのに一番に考えるのが仕事のことだというのが自分でばかばかしかった。フウカに冷たい態度をとるナオヤに内心呆れていたくせに、愛着がなかったのは自分のほうじゃないか。


 静かだった。4人の誰もが息をのむ音が聞こえる程静かだった。

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