第24話

「お前、何してんの?」



 フウカを囲んでいたうちの1人が、そんな風に声をかけた。背の高い男の子と、その子の影に隠れた男の子。それから女の子が1人。みんな小学生くらいの年齢に見えた。フウカは地面にしゃがみ込んだまま、男の子を見上げている。



「変な頭!」



 男の子が、フウカの頭を小突いた。俺は慌てて2人の間に入り、フウカの腕を引く。彼女はよろけながら立ち上がったが、子供たちの側を離れようとしなかった。ぐい、と手を引かれる感覚がする。


 3人はじっとフウカの方を見ていた。彼らには、フウカがどう見えているのかわからない。双方にどんな影響があるのかわからず、俺はじっと様子をうかがうことしかできなかった。



「何してるの?」



 髪を2つに結んだ女の子が声をかけてきた。フウカは俺の方を見上げて、なんと答えるのか迷っているみたいだった。



「てゆーか、お前だれ? 見たことない」



 フウカのことを小突いた男の子は、ふてぶてしい顔をしてぶっきらぼうに言葉を投げる。


 この島に住む子供は少ない。小学校と中学校が一緒になった建物が1つあり、十人程度の学生がそこに通う。それから幼児が何人かいるだけだから、この島に住む子供はみんな顔見知りだ。


 この子たちには、フウカがただの知らない子供に見えているのかもしれない。小学生特有の生意気さはあるが、敵意を持っているようには見えなかった。



「私、ハナ。あなたはなんていうの?」



 髪を2つに結んだ女の子が一歩近づいて、フウカの前にしゃがみ込んだ。フウカはぎゅっと俺の手を握っていた力を少し緩める。



「……フウカ」



 フウカが自分の名前を告げると、ハナという子は嬉しそうに微笑んだ。



「フウカちゃん! よろしくね」



 ハナはフウカに向かって手を差し出す。フウカは恐る恐る俺の手を離して、彼女の手を握った。ここに来たばかりのことは握手も知らなかったというのに、ずいぶん人間の文化になじんだものだ。



「俺、ツキ。こっちが弟のユキ」



 生意気そうな男の子は、そう言ってハナの隣に並ぶ。彼の後ろからは、ユキと呼ばれた少年が困ったような顔をのぞかせていた。



「な、遊んでやるよ」



 ツキはフウカの腕を乱暴につかむと、そのまま走り出した。ハナとユキもその後ろを追う。一瞬何が起きたのかわからなかった俺は、少し遅れて追いかけた。


 子供の足は速い。あの小さな体のどこにそんな体力があるのか、一切速度を緩めずに走っていく。30代の体にはきつい速さだった。本部にいた頃よりも随分体力が落ちてしまった。


 必死に追いかけて辿り着いた先は、雑草の生えた空き地だった。少し前に黒災の起きたその場所は、廃墟が崩れ去り、それ以降何も建てられていない。どうやら子供たちの公園代わりになっているらしかった。


 そこにはハナ、ツキ、ユキ以外にも何人か子供たちがいて、何もないのに楽しそうにはしゃいでいる。フウカもその中心にいた。


 子供たちはフウカのことを普通に受け入れているようだ。はしゃぐ声があたりに響いている。フウカはそんな子供たちに囲まれながら、嬉しそうに駆け回っていた。


 今フウカに必要なのは、自分と同じ立場で遊んでくれる子供だったのかもしれない。とはいえ、あくまでも研究対象である彼女をこんな風に民間人と接触させていいものか。


 そんなことを考えながら見るフウカの後姿に、もういない娘の姿が重なる。こうやって、投影して感情移入していくのが良くないのだと自分でもわかっている。けれど、幼いあの子を思い出した瞬間に、俺はもうフウカを連れ戻せなくなってしまった。


 このフラッシュバックが、フウカが引き起こしているものであればいいのにと思った。彼女の認知の歪みが、自分に好意を持たせるために思い出させているのだと。もしそうならば、俺は無慈悲にフウカを閉じ込めて、外に出したりはしないのに。


 けれどそうじゃないとわかっている。フウカの影響が及ばない部分で、俺が勝手にフウカと娘を重ねている。


 人間の感情というのは、厄介なものだった。

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