第19話

「ゴウお前、ここに来る前、アニークスにいたらしいな?」



 アニークスというのは、ロボットの開発を行っている会社だ。アニークスの開発しているロボットの中には人型のものもあったはず。ゴウが昔、駅にいる案内ロボットを作る担当をしていたという話を思い出した。彼の経歴書にもその名前があったはずだ。



「ああ、いたけど」



 ゴウがいぶかし気な顔をしてこちらを見る。俺の言いたいことはまだわかっていないらしい。



「フウカに腕を用意してやれないか」



 そこまで言って、ゴウはようやくハッとした。それから首を横に大きく振る。派手な動きで、頭が取れてしまうんじゃないかと思うほどだった。



「いやいやいや、無理だろ。やめたのももう10年近く前の話だし!」



 駄目もとで言ってみただけだったが、ゴウの焦りように申し訳なくなる。やはり、彼の元職場まで巻き込めないか。



「無理ですか」



 俺が次の案を考えていたとき、そう言いだしたのはシグレだった。シグレはゴウにじりじりと近寄り、彼の目の前に立つ。



「どうしても、無理ですか」



 シグレの真剣な目に、ゴウはたじろいだ。なんだか少し迷っているようにも見える。



「そもそも、あいつに腕をつける必要があるんすか?」



 机に置いてあった鉄パイプをもてあそびながら、ナオヤはそんなことを言った。シグレとゴウがナオヤに視線を向ける。



「つけなおして、どうするんすか? そもそも、壊れていくものかもしれないじゃないですか。それをわざわざロボットのものにしてあげなくていいでしょ。つくかもわかんないし」



 ナオヤの棘のある言い方に、シグレは頬を膨らます。



「フウカがみんなと同じ腕が欲しいって言ってるのを、叶えて上げたいと思うことの何が悪いの!?」



「あーあー出たよ、ほらまたフウカオーラにあてられてるじゃないですか!」



 フウカによる認知の歪みは、言いづらさからか彼らの中で『フウカオーラ』という呼称になったらしい。なんだか俗的になってしまったなとは思うが、少なくともこの部署内で分かればいいと容認している。



「私が、フウカにしてあげたいと思ってるだけ! それ以外のことは関係ないもん」



「そのしてあげたいって思うことが、あてられてるって言ってんすよ」



 2人の意見は相変わらず合わない。だからこそ、外から冷静に見れる。ナオヤの意見もシグレの主張も、どちらが正しいとは言えないのだ。


 とはいえ、今回のことは最終的にゴウが了承するか否かだ。ちらりと彼に視線を向けると、困ったような顔をして2人の言い争いを眺めている。


 犬と猫がにらみ合っているような状態だった。今にも噛みつきそうな2人の間に、ぴょこぴょこと歩いてきたフウカが割り込む。



「ナオヤもシグレも、けんかしちゃだめだよ」



「……一体誰のせいだと」



 ナオヤの言葉の意味を、フウカはわからないというように首をかしげてシグレの足元にくっつく。シグレがそっと、フウカのバケツ頭を撫でた。


 ひりついていた空気が消えて、ゴウが思わず笑った。



「いいよ、どうなるかわからんが頼んでみる。調達できるかもわからんし、それがフウカの腕になるとも限らんが……」



 ゴウのその言葉に、1番嬉しそうな声を上げたのはシグレだった。ナオヤは不服そうな顔をして俺の方を振り返る。



「いいんすか、隊長」



「ああ、本部には報告しとくし。ダメだったら止められるだろ」



 ナオヤは味方がいないとわかってまたむすくれた。



「別に、お前の意見が悪いわけじゃない。危惧するべきところは危惧すべきだと思う」



「でも結局フウカ優先なんだもんなー。今にこの部署が襲われても知りませんからね」



 ナオヤの視線は、シグレの足元ではねているフウカに向けられている。その目線が、かつての娘のものと重なって、俺は思わず吹き出した。



「なんだよ、お前1番年下の座を奪われて拗ねてんのか?」



「はあ? 違いますけど!」



 俺らの話が耳に入っていたのか、少し離れた場所にいたゴウも笑った。シグレも手を口元に当てて肩を震わせている。



「あーもー、俺ほんとこの人ら嫌い……」



「大丈夫だぞ、ナオヤ! お前のことも大事だからな!」



 派手に笑うゴウは、ナオヤに近づいてその背をばしばしと叩いた。ナオヤの顔が羞恥で赤くなっていた。

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