アベンジャー・マギア

彼岸花

始まりの竜

 パチパチと、軽快な弾ける音があちこちから聞こえてくる。

 もう月と星の明かりしかない夜遅くだというのに、その村は昼間のように明るかった。何故なら村にある全ての家々が、大きな炎を吹いているのだから。

 炎は木で出来た簡易な家を蝕むように焼き、焼けて炭となった建物は次々と轟音を鳴らして崩れ落ちていく。倒れた家から出る火花は、炎の花が咲くようにあちこちに飛び散り、広がっていった。

 炎は勢いを衰えさせるどころか、一層激しく燃えていく。強い風が村の中心に向けて、絶え間なく吹き付けているからだ。新鮮な空気を食べ、育ち盛りだと言わんばかりに炎は大きくなる。今や炎は村を飲み込むほど育っていた。それでも足りないと言わんばかりに、村の傍にある畑にも火は燃え移っていく。畑の作物はどれもたわわに実っており、間もなく収穫出来た筈のものばかり。村人達が丹精込めて育てたものが、枯れ草のように瞬く間に燃え尽きていく。

 悪夢のような光景だ。だが、その光景に悲鳴を上げる者は一人としていない。

 村人達は家々や畑と同じく、真っ黒になって地面の上に転がっているのだから。

 黒くなった村人達は燃えていた。小さな人型を抱え込んで燃えているもの、崩れた材木の下敷きになったもの、道端で倒れているもの……姿勢はどれも違えども、全てが炎から逃げたり防ごうとしたりしていて、けれども叶わず燃えている。大きな声で叫んだであろう口の奥まで、今では黒く染まっていた。

 全てが燃えていた。間もなく、村の全てが灰に変わるだろう。

 ――――村の外に広がる森からそれを見ている、村人だった一人の少女を除いて。


「……………なん、で」


 ぽつりと、少女の口からは呆けた声が漏れ出る。

 燃えていく村を眺める少女の齢は、もうすぐ十になる程度。麻で出来た単純な衣服は、この村の子供服としては一般的なものだ。土で汚れている以外は綺麗なもので、火災の傍でなければ可愛らしさを感じられただろう。

 少女が此処にいるのは、ただの偶然だ。なんとなく今夜は寝付けなくて、そういえば夜の森には光るキノコがあるという話を思い出して、こっそり家を抜け出しただけ。森の動物は危険だよ、夜は危ないよと親から言い聞かされていたのに、そんなのへっちゃらだいと考えなしに言ってしまえる悪ガキだったというだけ。

 それだけの理由で、少女だけが夜の森にいた。

 それだけの理由のお陰で、悪い子だった少女の命だけが助かった。


「なんで……なんで……」


 少女の口から出るのは疑問の言葉ばかり。

 歳も十近くになれば、少女だって自分の村がどんな場所なのかなんとなく知っている。

 『王国』の領内に属しつつ、その西端に位置するような辺境。土地は痩せ気味で、村人が食べていく分を作るだけで精いっぱい。鉱石も取れず、燃料は周りに広がる木々から得ているだけ。森には危険な獣もいて、何年かに一度少女のような無鉄砲な悪ガキが食い殺されている。安定的に得られる水は井戸しかなく、『おふろ』なんて贅沢は出来ない。端的に言って貧しく、王都などの都市部と比べて快適とは言えない日々だ。

 しかし、だからこそ平穏である。

 村を襲う野盗なんていない。生きるのに苦労している村人に、強奪に耐える余力などないため死物狂いで抵抗するからだ。兵士に見付かれば打首の罪を犯し、苛烈な抵抗を抑え付けて得られるものが、干からびた種籾では割に合うまい。徴税も王都から遠いため集めるには労力が掛かり、その割に得られるものが少ないからと、向けられる目は厳しくない。割とと村長が語っていた。

 得られるものがないから奪わない。それが合理的な選択であり、理性ある人間ならば簡単に分かる事。言い方は悪いが、こんな村を襲ったところで疲れるだけだ。

 ならば。

 は、何かを得ようとしてこの村を襲った訳ではないのだろうか。


「……………ッ!」


 唖然としていた少女の顔が、恐怖で引き攣る。

 彼女は見てしまった。村の中心に居座るその姿を。

 身の丈は、果たしてどの程度あるのだろうか。村にあったどの建物よりも……いや、森に生える木々よりもずっと大きい。家一軒飲み込む炎が、ちんけな焚き火に見えてくるほどだ。

 炎に照らされたその身体は、小さくて青い鱗に覆われている。細長い首も、獰猛なトカゲのような頭も、身体と同じぐらい長く伸びた尾も、屈強な胴体も、身体に比べて細い腰や足も……全て鱗という鎧に包まれていた。鱗がないのは後ろ向きに生えている頭の四本の角と、鳥の翼のように変化した腕の皮膜ぐらいか。

 しかしどんなに強固な鱗の鎧を持とうと、炎の中に身を置くのは容易な事ではない。

 にも拘らずその巨大な存在は、悶え苦しむ姿を見せていなかった。だからといって堪えている様子もない。平然と、家々を灰に還す炎の中に居座り続けるのみ。


【キャーッ、キャッキャッキャッキャッ!】


 そして、笑っていた。

 口から漏れ出す心底楽しげな声、それと顔を歪ませて作る表情。更にキラキラと黄金色の瞳を煌めかせる。人間ではない存在が見せる姿が、人間と同じ意味とは限らないが……少なくともそいつは人間のように笑っているのだと、少女は感じた。さながら子供が巣から出てくる虫の行列を眺め、一匹一匹踏み潰すのを楽しむように。


【キャアアアァーッ!】


 更に楽しむように、そいつは笑い声と共に口を大きく開けて『息』を吐く。

 吐息は燃えていた。

 轟々と音を立てて、紅蓮の炎がそいつの口から吐き出される。村の半分を簡単に飲み込む大きな炎が、炭になっていた家々と人々を吹き飛ばす。火花が反乱した川のように押し流れ、村の周りにある森さえも焼いていく。

 派手に燃え広がる炎を見て、そいつはまた笑った。面白かったと言わんばかりに、また炎を吐いて村と大地を吹き飛ばす。燃える家を踏み付けて、飛び上がる火の粉に歓声を上げる。興奮したようにまた炎が口から吐かれた。

 吐息が全てを焼き尽くし、村と呼べるものがなくなったところでそいつは火を吐くのを止めた。満足したように翼をバサバサと動かし、また笑う。

 少女は理解した。そいつは何かを得ようとしたのではないのだと。ただ自分の楽しみのために、虫を踏み潰すように、この村を燃やしたのだと。

 自分の家族も、友達も、一時の楽しみのために消費されたのだ。


「こ、ろして、やる」


 やがて無意識に出てきた言葉は、殺意に塗れたもの。

 涙の溢れた目に宿るのは、炎よりも熱く、針よりも鋭い憎悪。噛み締めた唇、爪を立てて握り締めた腕から血が流れ出るも、痛みなど感じないほどの激情が胸で渦巻く。

 それでいてガタガタと足腰が震えている。腕も身体も震えている。今の自分が殺意を実現しようとしたところで虫と同じように潰されると、頭ではなく身体が理解していた。どれだけ心が憎しみに満ちても、身体はぴくりとも動かない。

 今はまだ足りない。力も知恵も勇気も。だから大人になって、その足りないものを得た時には……


「絶対に、殺してやる……!」


 憎しみに駆られた宣戦布告の言葉を、そいつにぶつけた。


【キャーッキャッキャッキャッキャッ!】


 されど少女の声は、そいつが上げた笑い声に飲まれて消える。虫の羽音などその程度だと、突き付けてくるように。

 ゲラゲラと楽しそうで、何処までもおぞましい鳴き声だけが業火の中で響いていた。


























 少女とその仇が出会うのは、これより十二年後。

 大人になった少女と、長い付き合いとなる『相棒』の出会いから、彼女の復讐が始まるのだ――――

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