第27話 出たのだわ

 血のようにどこまでも朱く、澱んだ泉。

 身を浸すにはあまりにも気味が悪いのですけど、仕方ありませんわ。

 わたしが女王ヘルになるのには通らなければならない道のようですから。


「ひゃん。ら、らいじょうぶですわ」

「大丈夫、リーナ? 変な声出ているけど、本当に?」


 冷たいのではなく、気持ち悪い人肌くらいの温度で肌にねっとりと絡みつくような……。

 思っていたのと違ったのでつい変な声が出てしまったのですわ。

 でも、レオが心配してくれたから、ありですわね!


 失敗したのは髪型ですわ。

 髪が長いので編み込んでポニーテールにしただけでは普通に濡れてしまいましてよ。

 水面に着かないように編み込みのアップにするべきだったかしら?

 もう遅いですけども!


 プラチナブロンドの髪がまるで花が咲くように水面に広がっていくのですけど……。

 おかしいですわね。

 血の色を髪が吸ったとでも言わんばかりに薄い桃色になっていくような気がしてなりませんの。


 単なる気のせいかしら?

 その時、わたしの意識はふっと暗幕でも下ろされたように暗闇に閉ざされましたの。




 徐々に覚醒していく、目覚めとは違う奇妙な感覚。

 まるで魂そのものが別の空間に移されたとでもいえば、分かりやすいかしら?


『汝。力を求めし者か?』


 頭の中に直接、日々体来るような不思議な声。

 耳障りでもなければ、心地良くも無い。

 強いて言うのなら、無機質で何も感じさせないのにどこか、威圧感を感じる声とでも言うべきですわ。


「いいえ」

『汝。力を求め……え? いらないの?』

「はい」


 わたしを害せる者はこの世界に片手の指もいませんでしょう?

 これは自惚れている訳でもなく、事実ですわ。

 これ以上の力など、必要あるのかしら?


 力の伴わない正義は無力。

 意味がありませんもの。

 だからといって、過度な力は必要ありません。

 悲劇を生むだけですから。

 必要ないのですわ。


『コホン。もう一度、問おう。汝、力を求めるか?』

「いりませんけど?」

「え? 本当? いらないの?』

「ええ」

『えー。マジでー。それは困るのだわ』


 先程まで発していた威厳は一体、どこへ行ったのやら。

 急に人間味を帯びた女性というにはまだ、幼い感じを受ける声色。

 年代で考えたら、わたしと同じくらいか、ちょっと上といったところかしら?


『あーしはバステトなのだわ……かつて、女神と呼ばれた者だわ』


 ま~た、女神ですの。

 女神の大安売りでもしているのかしら?

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