閑話 旅に出ようヨ! ハハッ

アスガルドの女神視点


 アスガルドで生まれ育ったあたしにとって、アスガルドは楽園であるとともに監獄だ。

 自由などない。


 それには理由がある。

 あたしにはがあるのだ。


 何と言ってもあたしはかわいい。

 老若男女問わず、あたしのかわいさが分からない者などいない。

 それは人だけに限らない。

 生きとし生けるもの全てがあたしの魅力になんだから。


 見た目がちんちくりんな小さな女の子なのに妙に捻くれているって?

 女は小さくても女なの。

 見てくれに騙されてはいけないのよ?

 今はこんなちんちくりんなイズンだけど、かつては違ったの。

 はっきりとは覚えてない。

 ただ、一つだけ、鮮明に覚えていることがある。

 それは金色に輝く林檎を持ったあたしが大きな戦を起こしたという避けようのない事実だけ。


「だから、林檎なんて嫌いなの」


 見上げた木にっているのは黄金の輝きを見せる禁断の果実。

 この果実こそ、神々の力となる黄金の林檎だ。

 あたしが何の報いか、林檎の管理者たる女神なんだから、全く、信じられない。


「つまんないなの」


 みんな、あたしがかわいいから、ちやほやしてくるだけだ。

 それにこの黄金の林檎が大事なんだろう。

 彼らが見ているのは本当はあたしじゃないのでは?

 あたしが持っている黄金の林檎が欲しいだけなんじゃない?


「ハハッ。だったら、試してみれば、いいんだヨ。ハハッ」

「?」


 甲高い奇妙な声は頭上から、聞こえてきた。

 嫌な予感に林檎の木から、後退って距離を取る。


「ハハッ。怖がることはないヨ。僕はただの林檎だヨ。怖くないヨ。安心だヨ」


 林檎の木が身を捩じらせるように幹をくねらせて、喋っている。

 ありえない。

 いや、林檎が黄金色なのも十分にありえないんだけど、それ以上にありえない事態。


「怪しいヤツはみ~んな、そう言うなの」

「ハハッ。僕は黄金の林檎だヨ。安心安全がモットーだヨ」


 怪しいにも程がある。

 しかし、ここは神の国アスガルドだから、何があってもおかしくない……?

 いいや、おかしい。

 どう考えてもおかしい。

 あなた、木じゃないの!


「ハハッ。細かいことを気にしたら、駄目サ! ハハッ」


 ユサユサと葉っぱを揺らしながら、愉快そうに答える林檎の木がいるなんて、もはや、悪夢よ。


「ハハッ。僕と一緒に旅に出ようヨ! きっと楽しいヨ! ハハッ」

「……旅なの?」


 それは考えたことがなかった。

 悪くはない考え。

 家出をすれば、いいのだ。


「そうなの。旅に出るなの」

「ハハッ。決まったみたいだネ。よろしくネ。ハハッ」


 林檎の木がまるで太陽のように眩い光を放つもんだから、あたしは思わず、目を閉じてしまう。

 あのまま、目を開けていたら、目が潰れてもおかしくない、光の強さだった。


「いないの」


 黄金の林檎の木がなくなっていた。

 代わりにあたしの腕の中に収まっていたのはとうで編まれたバスケットだ。

 黄金の林檎がぎっしりと詰まっている。

 試しに一つを取り出してみると不思議なことにバスケットの中に新しい林檎が生まれてくる。

 間違いない。

 このバスケット……あの変な木!


「よ~し。どうせなら、うんと遠くに行くなの」




 その日、アスガルドから、一人の女神が姿を消した。

 愛らしく、誰からも愛される彼女とともに彼女が管理していた林檎の木もまるで最初から、存在しなかったかのように消失していた。

 女神の名はイズン。

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