第3話 冥界に咲く麗しき花

 兄妹が追放されてから、幾年月が過ぎただろうか。


 生きとし生ける者の生命を吸い取る死の支配する大地ニブルヘイム。

 その地を闊歩する獣は独自の進化を遂げていた。

 極寒の厳しい地であるにも関わらず、通常の個体のゆうに倍はある体躯に成長し、生存を激しく求めるかのように戦闘的に変化している。

 見た目通り、狂暴化した獣は魔獣、妖獣などと呼ばれていた。

 極稀にの影響により、ニブルヘイムを脱した個体が災厄を振りまく。

 その獣害は災厄の名に相応しい甚大な物だった。

 追放された子らはそんな極限の地でたくましく、生きていた。


 呪われし子――長兄のイザークフェンリルと末妹のリリアナヘル――の面倒を面倒を看たのは乳母スカージと呼ばれる巨人族の女性だ。

 彼女は霜の巨人ヨトゥンと呼ばれる極北に住まう部族を率いる戦乙女である。

 夕焼け空を思わせる赤毛を無造作にざんばら髪にしているが、思わず見とれてしまう男性が現れるほどにその容貌は美しい。

 だが、露わになっている二の腕は鍛え上げられ、太くたくましいものだ。

 そうでもなければ、勇猛な霜の巨人ヨトゥンをまとめ上げることは難しい。


 霜の巨人ヨトゥンは頑健な肉体と強壮なる力で全土にその勇名を轟かせた巨人の一族である。

 彼らの戦巧者ぶりは広く知られていたが、義理堅く人情に篤いことは意外と知られていない。

 そんな彼ら、霜の巨人ヨトゥンが兄妹を庇護したのは女神フリッグに恩義を感じ、恩に報いようとしたのも一因だった。

 ただ、それだけが理由ではない。

 数を減らしていく一方となっている霜の巨人ヨトゥンには、密かな野望を胸に秘めているのだ。


 勿論、武骨な霜の巨人ヨトゥンだけが兄妹を育てた訳ではない。

 彼らの母ゲェルセミが足しげくの地に通い、まだ幼き子らを育てていた。

 その為にニブルヘイムに本来、存在しない魔法の転移門が密かに設置されていることは知られていない。

 ゲェルセミ一人では到底、成し得ない。

 兄妹の祖母であり、ゲェルセミの母フリッグが、溺愛する娘の願いを叶えようと密かに動いたのだ。

 魔女の王フレイアとも呼ばれる魔法の大家であるフリッグにとって、転移門の構築は造作もないことだった。

 ただ、彼女にとって大きな誤算はフリッグ自身がニブルヘイムに侵入出来なかったことである。

 このことに腹を立てたフリッグが腹いせ紛れに強力な大魔法を放ち、とある事件が起きていたことに誰も気が付いていなかった。




 このゲートを通って、ゲェルセミは定期的に子らの世話をする為にニブルヘイムを訪れていた。

 ゲェルセミが訪れていたことも大きく影響したのだろう。

 母方の血を色濃く受け継いだ末妹のリリアナの魔法の才は無意識のうちに研ぎ澄まされていたのだ。

 リリアナが有する膨大な魔力が流れたことでニブルヘイムに不思議な影響が表れ始める。

 極寒の何も育たない地でありながら、彼らが暮らす居住区の周辺だけが特別だった。

 穏やかな気候に恵まれ、いつしか花の咲き誇る過ごしやすい土地に変わっていた。


 しかし、リリアナの下半身は醜く爛れ、動きすらままならない。

 そこで自由に動かない足の代わりになるようにと手先が器用な霜の巨人ヨトゥンの一人・メニヤが木製の車椅子を作った。

 車椅子に乗ったリリアナと次兄イェレミアスヨルムンガンドの仲睦まじい姿に日頃は野蛮さを隠そうともしない霜の巨人ヨトゥンですら、目を細め温かく見守っていたほどである。

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