2話 ボーイミーツガール(真)

「…?あれ…?」


 眼を開くと真っ青な空が視界を埋め尽くしていた。

 背には草の柔らかな感覚と、独特の香り。

 どうやら僕は地面に寝転がっているようだ。

 おかしいな。僕はもっと寂しい所にいたはず。

 そう、そこで僕はを聞いて。世界を救うためにここに来た、はずだ。


「あ、起きた。オハヨ。言葉、分かる?」


 視界の蒼穹に一人の少女が割り込む。

 黒い長髪と黒曜石のような瞳。ニホンジンとして見慣れているはずなのに、目を奪われた。ちょっと洒落にならないレベルの美しさだったから。

 はて、ニホンジン?…?


「あ、うん。えっと、君は…?」

「尋ねる前に、名乗るべき。キミ、名前は?」


 確かに。それはそうだったかもしれない。


「えっと…キズナ。陽川 絆はるかわ きずな、です。…多分」


 頭に思い浮かんだ音をなぞる。

 舌が動き方を記憶しているように違和感なく動いた。


「ふふっ。なにそれ。多分って。自分のでしょ?」

「そうだけど。なんか記憶が曖昧なんだ。そんな風に名乗っていたような気がするだけで」


 そう。多分、僕はそう名乗っていた。その筈なんだけど、自信はない。


「ふーん。そ。なら、ソレがキミの名前。それで正解。名前はそういうモノ。…キズナ。キズナ、ね。イイ響き。私は好き」


 少女は真っ直ぐに僕を見つめながら。名を肯定し、褒めた。

 当然、僕は赤面してしまった。耳まで熱い。

 

「そう、かな?…ありがとう。そんなに真っ直ぐ言われると、その、少し照れくさいけど…」

「なんで照れる。いみふ。照れるべきは、キズナの名を考えた人。変なの」


 うん?…それは、正しい、のか?

 いや、否定する要素はない。じゃあ、間違っているのは僕、か?

 なんか違う気がするけど。

 まぁ、いいや。


「それで、君の名前は?」

「…うーん?ルネ、かな。多分」


 するとどうだ。彼女は少し前の自分と同じようなことを口にした。

 はぐらかすため、とかではなさそうだ。本当に自信が無さそうな様子だ。

 さっきまで同じ状態だったんだから良く分かる。


「なんだい、それ。多分って。自分の名前じゃないか」


 だから。からかう気持ちで同じように繰り返したのだけれど。


「そう。私も覚えてない。キズナとおんなじ」


 どうやら、彼女には、冗談とかは余り通じないらしい。


「……そっか。まぁ、それならそれがキミの名前だ。名前はそういうモノなんでしょ?…ルネ、か。可愛らしい響きだね。僕は好きだな」


 それでも続けた。なんか悔しかったから。

 言っているコッチが恥ずかしくなるような台詞だ。


「そっか。名付けた者は、誇らしいはず」


 やっぱり、彼女にはこれっぽっちも通じなかったが。

 まぁ、いいや。切り替えよう。


「えっと、ところで君は何でここ…というか僕を?」

「逃げてたら、寝てる人がいた。だから、危ないと伝えようと…あ」


 ん?軽い質問から広げていって情報を集めようと思ったんだけど。

 今、なんて?

 聞き捨てならない内容が無かったか…?


「逃げてた…?」


 そして詳細を聞き出す前に。


「BuMoooooooooooooooooo‼」


 咆哮。

 巨大な咆哮が大気すら震わす。

 今まで見たことも無いような巨大な猪が、血走った目でコチラを見ていた。


「ごめん、巻き込んだ。キズナ、戦える?」


 何もしなければ、あっさり死ぬだろうことくらい分かる。

 ただ、戦い?そんな経験はない気がするな…。

 でも確か、誰かから貰ったはず。確かアレは。


「多分、魔術?が使えると思う」

「曖昧だね」

「記憶が無いから」


 恐怖に飲まれないように、と無意識で思ったのだろうか。苦笑交じりの軽口が交わされる。不思議とそれだけで気分が軽くなった気がした。


「私が注意、惹きつけるから、魔術をアイツに。最高は眼。無理なら足。100歩譲って側面。じゃ、よろしく」

「あ、ちょっと…!?」


 言うが早いか、彼女は真っ直ぐ超巨大猪に飛び込んでいく。

 どこから出したのか分からない、巨大な鎌を片手に持って。


 あれで仕留めるつもりなのかとも思ったが、違った。

 猪の身体を覆う毛皮は想像以上に頑丈らしく、鎌の鋭利な刃を物ともしていない。

 或いは、魔法のような力で防御力を高めているのか。

 だが、猪は少女を無視することはせず、防御に回っているところを見るに、当たり所さえ良ければ仕留められるのかもしれない。

 そのために隙をつくれと、そういうことのようだ。


 体の奥の奥に意識を集中する。

 なんとなく、こうすればいいのだと理解できたから。

 自分の身体の中心を認識し、そこに燃え上がる炎を思い浮かべる。

 さすれば、業火の炎熱が敵を――!



◇◇◇



 あのあと、僕の掌から迸ったのは小さな火の玉に過ぎなかった。

 しかし、それはそれなりの速度で猪へと向かい、右前足に運よく着弾。

 猪が体勢を崩したところで、ルネの一閃が走り、気付けば猪は動かなくなっていた。

 一滴の出血も、それどころか目立った傷跡すらないというのに。

 理解不能の現象が起きたということだけ、正確に理解できた。


「助かった。ありがと。一人じゃキツかった」

「どういたしまして…と言いたいけど、今回はどっちが助けられてたかわかんないや。あのまま寝転がってたら猪に潰されて死んでただろうし。お相子だよ」


 これは間違いない事実だ。いくら僕の元に猪をデリバリーしてきたのが逃げてきた彼女だったとはいえ、それは偶然で、責めるべきことでもない。

 それより、彼女に助けられたという事実の方を重要視すべきだろう。


「そうかな?そうかも。じゃあ、感謝して」

「え?」

「お相子なのに、私は感謝した。不平等。貴方も感謝しなきゃ、釣り合わない」


 やはり彼女は少しばかり独特な思考回路をしているらしい。


「ふふっははは、そうだね。うん、ありがとう、ルネ」

「よろしい。これでお相子」


 記憶のこととか不安なことも多くあったが、心の底から笑いが溢れた。


「でも、今のは…せん、せん…前菜?」


 前菜?……あぁ。


「先兵とか斥候とかそういう感じ?」

「そう、それ。キズナ物知り。凄い」

「いやぁ、それ程でも…ってそんな場合じゃないでしょ!もっとヤバいのが来るんでしょ!僕達で勝てるの!?」

「無理。ひゃくパー」


 呑気に会話している余裕なんか無いじゃないか!


「でも大丈夫。策はある。一発逆転。天才的作戦」

「それは?」

「エヘン、聞いて驚け。この先、大きな街あり。そこで助け求める。私たち、勝つ。天才的。褒めて」


 それは、ただの他人任せではないか…?

 というか、それならさっさとその街に向かわないと!


「凄い凄い!凄いから、さっさとその街に行こう!どっちなの!?」

「あ、足挫いてる。歩けない。助けて」

「うわああああああああ!話が!微妙に!通じない!」

「あ、街はあっち」


 それを聞くや否や、問答無用でルネを片手で横に抱えて走り出す。

 以前の僕はこんなこと無理だった…ような気がするが、今は出来ると不思議な確信があったのだ。


「キズナ。後方。火柱見えた。天まで届いて、超デカい。まだ遠いけど、余裕はない。加速を申請。遅すぎ」


 横に抱えられ、頭は後ろを向いているルネがそう教えてくるが…。


「誰の!せいで!遅くなってると!…てか、火を吐くの!?ソイツ!?」

「吐く。超吐く。さっきの火柱は、威嚇。仲間の死体で、激オコ」

「あ、もうさっきの場所まで来てるのね!今更だけど、このまま街に行っても大丈夫なの!?街の人を巻き込まない!?」


 なんか、怪物を手引きしたとかで捕まったりしない?大丈夫?


「ダイジョブ。この先の街、交通の要衝。警備隊もいる。あの猪程度、造作もなし」

「信じるよ!その言葉、信じるからね!」


 こんな感じで、僕の異世界生活は幕を開けた。


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